R-18 WARNING
この作品には成人向け描写が含まれます。18歳未満の方の閲覧は固く禁じます。
四月四日のこんぺいとう 夜の部
【一、春の湯上がり】
お風呂から上がった時、居間にはマツバさんがハーブティーのカップを二つ並べて待っていた。
浴室で温まった体が、廊下のひんやりとした空気に触れてぶるりと震える。四月でもエンジュの夜は冷える。バスタオルを肩に掛けたまま居間に戻ると、マツバさんは私の姿を見て小さく目を見開いた。
「髪、まだ濡れてるじゃないか。風邪引くよ」
「これから乾かそうと思ってたんですけど」
「僕が乾かしてあげる。座って」
有無を言わせない口調だった。けれどその声色には威圧感などまるでなく、ただひたすらに甘い心配の色だけが滲んでいる。マツバさんは洗面所からドライヤーを持ってきて、居間の座布団の上に私を座らせた。自分は私の後ろに正座して、バスタオルで髪の水気を丁寧に取り始める。
「今日は、ずっとイヨリちゃんを甘やかすって決めてるから」
耳元で落とされた声に、身体がびくっと跳ねた。
「さっき、『甘えてもいいですか』って泣きながら言ったのはどこの誰だっけ」
「……泣いてません。目から汗が」
「ふふ、そういうことにしておこうか」
ドライヤーの温かい風が、濡れた髪を撫でていく。マツバさんの指先が髪を梳くたびに、頭皮に心地よい刺激が走る。この人はどうしてこんなに不器用そうに見えて、何もかもが丁寧なのだろう。手つきは決して「手慣れている」とは言えない。髪を引っ張らないように、熱くなりすぎないようにと、恐る恐る触れているのが分かる。私という存在を、まるで壊れ物を扱うかのように慈しんでくれている。
その不器用な優しさが、胸の奥をきゅうっと締め付けた。
「マツバさん」
「ん?」
「気持ちいいです」
「そう? よかった。髪を乾かすのって案外難しいね。自分のなら適当でいいんだけど」
ドライヤーの音が止み、マツバさんが最後の仕上げにブラシを入れてくれた。退院してから少し伸びた髪が、ふわりと肩口で揺れる。
「うん、乾いた。冷えないうちにハーブティー飲もうか」
マツバさんが立ち上がろうとした時、私は咄嗟に彼の服の裾を掴んでいた。自分でも驚くような、無意識の行動だった。
「イヨリちゃん?」
振り返ったマツバさんの紫の瞳に、私が映っている。
わがままを言ってもいいと、この人は言った。「してほしいこと」を尋ねてくれた。なら、私はもう、遠慮なんてしない。
「……マッサージ」
「マッサージ?」
「リハビリで、左足がパンパンに張ってて。マツバさんの手で、ほぐしてほしいです」
顔から火が出そうだった。こんな要求、今まで誰にもしたことがない。ましてや、まだ「最後まで」の行為を知らない二人の間で、寝巻き姿で足を触ってほしいと言うのは、とてつもない大胆さを含んでいる。
マツバさんは一瞬だけ息を呑んで、それからどこか覚悟を決めたような、深い笑みを浮かべた。
「分かった。横になって」
促されるまま、私は座布団の上に横に寝そべった。マツバさんが私の足元に移動し、パジャマのズボンを膝上までそっと捲り上げる。ひんやりとした空気が素肌に触れて、少しだけ身をすくませた。それを見逃さず、マツバさんは自分の両手を擦り合わせて温めてから、私の左ふくらはぎに触れた。
「冷たいね。ごめん、すぐ温かくなるから」
マツバさんの手のひらは、本当にすぐに温かくなった。指先が、リハビリで酷使して凝り固まった筋肉を、ゆっくりと、念入りに揉みほぐしていく。痛気持ちいい感覚が足から上半身へ、じわじわと伝わってきた。
「っ……」
思わず、小さく声が漏れた。マツバさんの手が少しだけピタリと止まる。
「痛い?」
「……痛くないです。気持ちいい、です」
私の声は、ひどく甘ったるく響いた。自分でも信じられないような色を帯びていた。マッサージが気持ちいいのは本当だ。でも、それだけじゃない。この手が私に触れているという事実そのものが、私を芯から熱くさせていく。
マツバさんの親指が、ふくらはぎの裏側をぐうっと押し上げる。その度につま先まで血の巡りが良くなっていくのが分かった。
「イヨリちゃん、頑張ってるね。退院した時より、ずっと筋肉がしっかりしてきた」
「先生にも、順調だって言われました」
「うん。でも、無理はしちゃ駄目だよ。痛い時は、僕がいくらでも撫でてあげるから」
マツバさんの指が、膝の裏を這って、太ももの付け根近くまで滑り上がった。
「あっ……」
ビクンと、身体が跳ねる。そこはマッサージにしては少し、高すぎる位置だった。マツバさんの手も、どこに触れているか気付いたのか、ピタッと止まった。
沈黙が落ちた。居間の静寂が、私たちの呼吸を不自然なほど大きく拾い上げる。
「ごめん」
マツバさんの声が、先ほどよりも一段低く、擦れていた。手が離れていくのが、ひどく惜しかった。
「やめないで」
私は、起き上がって、マツバさんの引こうとした手を両手で挟み込んだ。マツバさんの紫の瞳が、驚きに見開かれる。
「やめないで、ください」
「イヨリちゃん。……これ以上触ったら、僕、たぶん」
「わがまま、聞いてくれるって言いましたよね」
私はマツバさんの手を取って、今度は自分の頬に当てた。彼の温かい体温が、熱を持った私の頬に伝わる。そのまま、彼の指先に小さくキスを落とした。
「いっぱい、キスしてほしいです。いっぱい、抱きしめてほしいです。今日だけじゃなくて、これからも」
その瞬間、マツバさんの理性の糸が小さく切れる音がしたような気がした。
【二、溢れるわがまま】
「……反則だなぁ、そういうの」
マツバさんの声は、もう完全に抑えきれない熱情を含んでいた。私の頬に当てられた手が輪郭を滑り、そのまま後頭部へと回される。引き寄せられるのと、私が自分から身を委ねるのは、ほとんど同時だった。
唇が重なる。最初は互いの熱を確かめるような、羽が触れるだけの優しい口付けだった。
「んっ……」
マツバさんの唇が離れると、甘い吐息がこぼれた。彼は私の目を見て、それからゆっくりと、今度は深く唇を重ねてきた。
歯列をなぞり、舌が私の内側へと侵入してくる。不器用で、けれど真っ直ぐなそれは、マツバさんそのものだった。私の舌を絡め取り、吸い上げる。じゅわ、と、舌先が触れ合うたびに水音が響き、頭の奥が真っ白にショートしていく。
「あ、んっ……はぁ……マツバさん……」
「イヨリちゃん……可愛い。すごく、あまい」
唇を離したマツバさんが、今度は私の額に、目元に、そして髪を撫でていた首筋に、順番にキスを落としていく。その度に、私の内側から熱いものが下腹部へと集まっていく感覚があった。
「いっぱい、キスしてほしいって言ったよね」
マツバさんは囁きながら、私のパジャマのボタンに手をかけた。指先が震えているのが分かった。ジムリーダーとして数々の修羅場を潜り抜けてきた彼が、私のパジャマのボタンを外すためだけに震えている。
ボタンが一つ、また一つと外され、私の白い肌が居間の灯りに晒される。少しだけひんやりとする空気を、マツバさんの唇がすぐに塞いでくれた。鎖骨に落とされたキスは、ほんのりと吸い上げられて、小さな赤い跡を残した。
「えっちな声、出してもいいですか」
私はポツリとこぼした。わがままだ。
「声、聞きたい。イヨリちゃんの全部が、欲しい」
その言葉に背中を押されるように、私は彼が胸元に触れた瞬間、嬌声を上げた。
「あっ……! や、あぁっ……」
下着越しに柔らかな膨らみを揉まれ、親指で先端の突起をなぞられる。「ひっ……」と喉が鳴る。マツバさんは私が反応するのを楽しんでいるかのように、何度も同じ場所を執拗に攻めたてた。そしてゆっくりと下着を外し、露わになった胸の先端を、今度は唇で絡め取った。
「あァッ……! マ、ツバさっ……んっ、そこ、っはぁ、」
「綺麗だ……すごく、綺麗」
ちゅぷ、ちゅる、と、静かな部屋に私の胸を吸い上げる音だけが響く。快感が背筋を駆け抜け、私はシーツの代わりに座布団を強く握りしめた。
「ベッドに、行こう」
マツバさんが私の身体をひょいと抱き上げた。お姫様抱っこだ。「えっ」と驚く間もなく、彼は私を抱えたまま寝室へと向かう。私の左足が不自由だから、少しでも負担をかけまいという彼なりのエスコートなのだ。
寝室のベッドに静かに下ろされる。布団の冷たい感触が、熱を持った身体にはむしろ心地よかった。
マツバさんが覆い被さってくる。彼のシャツのボタンも外され、鍛えられた胸元の筋肉が見えた。その胸板に手を当てると、先ほどよりもずっと激しく、大きな心音が伝わってくる。
「マツ、バさん……私、はじめて、で」
「……僕だって、そうだよ」
彼が少し自嘲気味に笑った。二十六歳と二十三歳。互いに初めての経験。上手くできるかなんて分からない。ただ、お互いを愛おしいと思う感情だけで、私たちはここにいる。
「痛くしないように、する。でも、痛かったら言って。すぐにやめるから」
「やめないで……全部、繋げて」
それは私が口にした中で、最も淫らなわがままだった。
【三、甘やかな侵入】
パジャマのズボンと下着が、ゆっくりと剥ぎ取られていく。私の秘裂が、完全に彼の視線に晒された。
「……イヨリちゃん、もうこんなに、濡れてる」
マツバさんの指先が、そこに触れた。びゅくっ、と身体が大きく反り返る。自分の恥ずかしい部分から溢れ出した蜜が、彼の指を伝っているのが分かった。何もかもが初めてで、どうしてこんな風に身体が反応するのか自分でも分からない。
「ぁ、ああッ……ダメ、恥ずかしい、見ちゃ、」
「見せて。隠さないで。イヨリちゃんのここ、すごく綺麗だよ」
彼の指が、ぬかるんだ花園の入り口をゆっくりとなぞる。そして、先端の硬くなった真珠のような部分を、親指の腹でこりこりと弾いた。
「あッ! ひぃ、あぁぁッ!! そこ、だめっ、」
電流のような快感が脳天を突き抜ける。私の中の「佐藤美咲」としての経験則ではなく、「イヨリ」としての剥き出しの感覚が、初めての快感に悲鳴を上げている。腰が勝手に浮き上がり、彼の指を求めてしまう。
「イヨリちゃん……すいこまれそうになる」
マツバさんの指が、一本、私の奥へと侵入してきた。ぬるりと滑り込む感触に「んんっ……」と息が詰まる。内部の柔らかな肉が、彼の指をきゅっと締め付ける。
「すごい……イヨリちゃんの中、すごく温かい。……指を、抜きたくない」
彼の手が動くたびに、私の中の何かがかき回されているような気がした。熱くて、甘くて、どうにかなりそう。「いっぱいキスしてほしい」というわがままを叶えるように、彼は私の顔に、首に、そして胸に次々とキスを落としながら、指を動かした。
「ぁ……マツバさん、私、おかしくなりそう……っ」
「いいよ。おかしくなって。僕の前だけで」
指が二本に増え、動きが少しだけ速くなる。私は彼の広い肩にしがみつき、シーツを掻き毟るように指を立てた。快感の水位がどんどん上がっていって、限界が近づいているのが分かる。
「あ……イき、そうっ……私、」
「待って。一緒に行こう」
マツバさんは指を引き抜き、自分のズボンを下ろした。現れたそれは、信じられないほどに怒張し、熱を帯びていた。彼の手が引き出しの奥から小さな四角い袋を取り出した。……いつ用意したんだろう、なんて考える余裕は、もう私にはなかった。
「入れるよ……イヨリちゃん」
先端が、私の入り口に宛がわれる。硬くて、熱い。これが入ってくることを想像しただけで、下腹部が甘く疼いた。
「ん……あっ……」
ゆっくりと、本当にゆっくりと、彼が侵入してくる。
痛い。でも、それ以上の充実感。自分の中の空っぽだった部分が、マツバさんの熱で埋め尽くされていく。彼の肉棒が、私の処女膜を押し破り、最も深いところまで到達した瞬間、私たちは二人同時に深い溜息をついた。
「……っ、イヨリちゃん、痛くない?」
「痛い……けど、大丈夫。マツバさんで、いっぱい、です……っ」
私は彼に抱きつきながら、彼の首筋に顔を埋めた。マツバさんは動かずに、私を力強く抱きしめてくれた。「いっぱい抱きしめてほしい」というわがままも、彼はちゃんと叶えてくれている。
しばらくの静寂の後、彼がゆっくりと腰を引き、そして再び押し込んできた。
「あッ……んぁッ……!」
抜き差しするたびに、私の内部が擦れて熱を発する。超スローセックス。互いが互いの熱を、形を、確かめ合うように。一回動くごとに互いの名前を呼び合い、吐息を交わす。
「イヨリちゃん……好きだ。本当に、好きだ……っ」
「私もッ、マツバさんが、好き……っあ、そこ、いいですッ」
彼の手が私の右手をとり、指と指を絡めて恋人繋ぎにした。十指が絡み合い、互いの体温が交じり合う。身も心も、一つに溶け合っていく。
ゆっくりだった動きが、徐々に熱を帯びて速くなっていく。彼が押し込んでくるたびに、私の奥の敏感な部分が抉られ、星の瞬きのような快感が火花を散らす。
「マツ、バさ……んッ! イク、イクッ! あぁぁッ!」
「イヨリちゃんッ……僕も、イク……!」
最も奥深くまで突き上げられた瞬間、私の身体は弓なりにそり返り、最高潮の絶頂を迎えた。彼も同時に低く唸り声を上げ、私の中に熱い飛沫を解き放った。
ドクン、ドクンと、脈打つ熱がゴム越しに伝わってくる。終わった後も、私たちは繋がったまま、互いの肩に顔を埋めて荒い呼吸を繰り返していた。
【四、甘やかしの朝へ】
事後。
マツバさんは私からそっと離れると、ベッド脇のティッシュで私の身体を綺麗に拭ってくれた。そして、冷えないようにとしっかりと毛布を掛けてくれる。
「……痛かった?」
「少しだけ。でも、幸せのほうがずっと大きいです」
マツバさんはほっとしたように笑って、私の隣に横たわった。そして、先ほどと同じように私を腕の中に抱き寄せてくれた。
「誕生日、最高のプレゼントをもらっちゃったな」
「私の誕生日なのに、マツバさんが貰っちゃうんですか」
「ごめんごめん。でも、イヨリちゃんのことも、これから死ぬまで甘やかすから」
死ぬまで甘やかす。
その言葉は、どんなプロポーズよりも甘く、私の存在を肯定してくれた。
「……マツバさん」
「ん?」
「いっぱい、キスしてくれて。いっぱい、抱きしめてくれて。……ありがとう」
「わがまま、どんどん叶えるよ。明日は何してほしい?」
「明日は……一緒にお買い物に、行きたいです。二人で、並んで」
「うん、行こう。ミモザの花瓶も新しいの買わないとね」
マツバさんの腕がきゅっと私を抱きしめた。その温もりが世界で一番甘い毛布のように私を包み込んで、二十三歳最初の夜は、穏やかに幕を下ろした。
金平糖は、時間をかけて出来上がる。
私たちの愛も、きっとそう。まだ不器用で、ぎぎこちなくて、互いの身体のことも、心のことも、知らないことばかりだけれど。ひとつずつ、ひとつずつ、少しずつ甘い層を重ねていけばいい。
いつか出来上がった時、きっと世界で一番甘い金平糖になっている。
四月四日が、静かに終わった――