蒼穹の偶像に、千の視線が降る【後編】
玄関の鍵が閉まる音が、やけに大きく響いた。
エンジュの秋の夕暮れは足が速い。つい先刻まで紅葉の並木道を茜色に染めていた陽光は、すでに五重塔の向こうへ沈みかけていた。薄墨色の空がガラス戸越しに広がり、玄関の三和土に二人分の靴が並んでいる。マツバの革靴の隣に、イヨリの星の飾りがついた白いオーバーニーソックスのまま脱いだ衣装用のブーツが行儀よく揃えられていた。
「あ、の、マツバさん、着替えを……」
イヨリが振り返ろうとした。その細い肩を、背後からマツバの両手がそっと包んだ。オフショルダーの衣装から露出した素肌の上に、マツバの掌が直接触れた。指先の温度が高い。秋の冷気を吸った室内で、その手だけが焼けるように熱かった。
「着替えなくていい」
マツバの声は、穏やかだった。いつもの柔らかい「僕」の語調そのままだったが、その奥底にぬらりと這うような粘度があった。イヨリの首筋に鼻先が触れ、かすかに息を吸い込む気配がした。
「……今日一日、どれだけの人間の視線がイヨリに注がれていたか、数えていたんだ」
イヨリの肩が、ぴくりと震えた。
「百人以上の子どもたち。六十人を超える保護者。カメラを持った男が七人。途中から駆けつけた女性グループが三組。全部で、おそらく三百近い目が、イヨリを見ていた」
マツバの唇が、イヨリの右耳の後ろに触れた。触れるか触れないかの、息の熱さだけが伝わるような距離。イヨリの睫毛が震え、呼吸がかすかに乱れた。
「三百の視線だよ、イヨリ」
「マツバ、さん……」
「三百の目が、この肩を見た」
指先が、オフショルダーの縁をなぞるように滑った。鎖骨のくぼみに親指がそっと触れ、その下の白い肌を撫でる。
「この胸元を見た」
指が、ビスチェのデコルテのラインに沿って下がっていく。谷間の境界線のすぐ手前で止まり、そこから引き返すように鎖骨まで戻った。じらすような、確認するような、あるいは刻印するような指の動き。
「この脚を見た」
マツバの右手が、イヨリのレイヤードスカートの裾に触れた。布越しに太腿の輪郭をなぞり、オーバーニーソックスの上端に指先がかかった瞬間、イヨリの膝が小さくかくんと折れた。
「ひっ……」
甘い吐息が、玄関の空気を震わせた。
マツバはイヨリの身体を支えるように、右腕を腰に回した。華奢な身体を背後から抱きしめる形になり、イヨリの背中がマツバの胸板に密着した。衣装のフリルがくしゃりと潰れ、身長差のせいでマツバの顎がイヨリの頭のすぐ上にきた。星の髪飾りが、マツバの唇に触れてかちりと音を立てた。
「全部、見られていた。僕の花が。僕だけの花が」
マツバの声に、初めて感情の色が滲んだ。穏やかさの中に、ぎりぎりと締め上げるような切実さが混ざっている。怒りではなかった。悲しみでもなかった。あえて名前をつけるならば、それは渇きだった。三百の視線に晒され続けた花を、自分だけのものとして取り戻さなければ気が済まない、灼けるような渇き。
「だから今夜は」
マツバがイヨリの身体を抱えたまま、ゆっくりと向きを変えさせた。正面から見つめる。イヨリの右目が、夕闇の中でも濡れたように輝いている。頬は紅潮し、唇がかすかに開いて、不規則な呼吸が漏れている。星モチーフのアイドル衣装が、薄暗い廊下の中でなお煌めいて、彼女を非現実的なほど美しく見せていた。
「全部、消すよ。三百の視線の痕を。僕のもので、上書きする」
イヨリの目が大きく見開かれ、そして細くなった。恐怖ではなかった。期待だった。唇の端がかすかに震えながら弧を描き、彼女は小さく頷いた。
「……はい」
その返事が合図だった。
寝室に辿り着くまでに、マツバは六回、イヨリにキスをした。
一回目は玄関で。イヨリの唇に、ただ重ねるだけの柔らかいキス。イヨリが目を閉じ、ほうっと力を抜いた瞬間、マツバの腕の中に小さな身体が預けられた。
二回目は廊下で。壁に軽く押しつけるようにしながら、今度はもう少し深く。イヨリの下唇をかすかに噛み、彼女がひゃっと声を上げた隙に舌を差し込んだ。甘い味がした。イベント中に飲んだらしいミルクティーの残り香が、イヨリの口内に溶けていた。
三回目は居間の前で。ここで初めて、マツバの手がイヨリの髪に触れた。星のアクセサリーを一つずつ外し、黒髪をさらりと解く。指をゆっくりと通して、一房一房を丁寧に梳く。その仕草だけで、イヨリの呼吸がみるみる乱れた。
四回目、五回目、六回目は、寝室へ続く廊下で。イヨリの額に。右目の目蓋に。そして、左目の白濁した瞳に。マツバの唇が、まるで壊れ物に触れるように優しく押し当てられた。
「イヨリ」
呼び捨てだった。いつも「イヨリちゃん」と呼ぶマツバが、情事の時だけ見せる、呼び捨て。たったそれだけのことで、イヨリの全身に鳥肌が立った。背筋がぞわりと甘く痺れ、膝に力が入らなくなる。
「マツバさん……っ」
「こっちにおいで」
マツバがイヨリの手を取り、寝室のベッドへ導いた。秋の夕闇が障子越しに藍色の光を落としている。和洋折衷の寝室は、マツバの好みで落ち着いた木の温もりに包まれていた。布団の代わりに置かれた低いベッドの白いシーツが、薄暗がりの中で仄かに光っている。
イヨリは、ベッドの縁に腰を下ろした。星のアイドル衣装のレイヤードスカートが、シーツの上でふわりと広がった。その上に、マツバが覆いかぶさるように身体を傾けた。イヨリの両肩に手を置き、ゆっくりとシーツの上に仰向けに横たえさせる。衣装のフリルがシーツに散り、彼女の黒髪が白いシーツの上に扇のように広がった。
千里眼が、イヨリの全身の感情の色を読み取った。
淡い桃色と深紅が混ざり合った、欲情の色。臍の下あたりが特に熱い。心拍数は百を超えている。呼吸は浅く、速い。瞳孔が開き、唇は半開きで、舌先が無意識に下唇を湿らせている。
マツバは、その全てを見透かした上で、あえてゆっくりと動いた。
「今夜は、長くなるよ」
イヨリの身体が、びくんと跳ねた。
最初にマツバが唇を押し当てたのは、イヨリの右の鎖骨だった。
オフショルダーの衣装の縁から覗く白い肌を舌で濡らし、歯でかすかに挟む。吸う。ゆっくりと、しかし確実に、肌に痕を刻む。イヨリが小さく「あっ」と声を漏らした。痛みではなかった。痛いほど手前の、甘くひりつくような刺激が、鎖骨から背中まで走り抜けていく。マツバの唇が離れた後に、淡い紅色の痕が残った。
「ん……っ」
一つ目のキスマークだった。
マツバは、その隣にもう一つ。そのさらに内側にもう一つ。鎖骨のラインに沿って、まるで星座を描くように、紅い痕を並べていった。一つ刻むたびに、イヨリの身体が小さく震え、指がシーツを掴む力が強くなった。
「マツバさ……っ、そんなに、たくさん……」
「足りない」
マツバの声は穏やかだったが、その一語に宿る熱量はまるで溶岩のようだった。指先がビスチェの背中のファスナーを見つけ、ゆっくりと引き下ろした。金具が擦れる小さな音が、静かな寝室に響いた。
衣装の上半分が崩れ、イヨリの胸がこぼれ出た。白いレースのブラジャーが、かろうじてその膨らみを支えている。マツバの千里眼が、血液の集中する乳首の位置を正確に把握した。薄いレース越しに透ける桜色の突起が、すでに固くなっていた。
マツバは、ブラジャーの縁に沿って舌を這わせた。布と素肌の境界線を、まるで国境を確認する測量士のように、丁寧になぞっていく。イヨリが背を仰け反らせた。
「あっ、ぁ……っ!」
ブラジャーの留め具を外した。イヨリの豊かな胸が解放され、白い肌が藍色の薄明かりに照らされた。マツバは両手でそっとその柔らかさを包み込み、親指で乳首の周囲を円を描くように刺激した。直接触れない。周囲だけ。焦らすように、確かめるように。
「やっ……そこ、やぁ……っ」
イヨリの腰がシーツの上でくねった。マツバの千里眼が、彼女の感度が最も高まる角度と圧力を瞬時に演算している。右の乳首を親指の腹でそっと押し潰すように触れた。同時に、左の胸のふくらみの側面に唇を押し当て、吸った。
紅い痕が、左胸にも刻まれた。
「あああっ……マツバさぁん……っ」
マツバの唇は止まらなかった。左胸の谷間に一つ。右胸の上部に二つ。下乳の柔らかいカーブに一つ。両方の乳首を舌先でくるりと舐め上げながら、その周囲にも赤い花を咲かせていく。一つ一つの痕を刻むたびに、マツバの口内にイヨリの肌の甘い匂いが広がり、彼自身の欲望もまた厚みを増していった。
「今日、あの男たちが見ていた場所だ」
マツバが吐息のように呟いた。指がイヨリのレイヤードスカートの裾を持ち上げる。白いオーバーニーソックスに覆われた脚が露わになった。ソックスの上端と衣装のスカートの間の素肌、あの絶対領域に、マツバの唇が降りた。
内腿だった。右の内腿の、ちょうどオーバーニーの上端から指三本分ほど上の、誰にも見えない場所。そこに、マツバは特に時間をかけて痕をつけた。吸い、舐め、かすかに齧り、また吸った。イヨリの太腿が反射的にぎゅっと閉じようとしたが、マツバの両手が優しく、しかし確実に膝を押し開いた。
「っ、だめ……っ、そこ、そんなに吸ったら……跡がっ……」
「残る。残すんだ」
マツバの声は、低く、しかし絶対的な優しさに満ちていた。イヨリを傷つけるつもりは微塵もなかった。ただ、彼女の身体の隅々にまで、自分の存在を刻みたかった。三百の視線の痕を、マツバの唇と舌と温度で塗り替えたかった。
左の内腿にも、同じように。膝の裏にも、柔らかく。腰骨の内側にも、下腹部の右側にも。スカートを完全にめくり上げ、衣装を着たままのイヨリの下半身に、マツバは執念のようにキスマークを植えていった。
目が覚めた後に鏡を見れば、イヨリの身体は紅い星座で埋め尽くされているだろう。鎖骨に。胸に。太腿に。腰に。服で隠れる場所を選び抜いて咲かせた、マツバだけの花畑。
「ぁ……っ、マツバさん……もう、いっぱい……」
イヨリの声が涙声だった。しかし千里眼が読み取る感情の色は、痛みの黒ではなく、快感の深紅だった。身体の芯がとろとろに蕩けている。下着の奥は、もうとっくに濡れていた。
マツバの指が、イヨリのショーツに触れた。白い布地の中心が、蜜で透けている。その上から、人差し指と中指で縦にそっと撫でた。
「ひぁっ……!!」
イヨリの腰が跳ね上がった。指が布越しに秘裂の形をなぞり、クリトリスの膨らみに触れた時、イヨリの背中がシーツから浮いた。
「ここも、聴診器で診たら異常値だろうね」
「そ、そんなこと言わないでくださぃ……っ♡」
マツバは微笑んだ。ショーツを脱がすのではなく、横に寄せた。直接、指先が花弁に触れた。とろりとした蜜が指に絡みつき、マツバの指がゆっくりと、愛液で潤ったそこを開いた。
「あっ……ぁあぁっ……」
中指が、ゆっくりと入っていった。第一関節まで。そこで止まり、内壁をかすかに曲げた指先でこするように刺激する。千里眼が、最も感度の高い場所を正確に見つけ出した。膣壁の手前、ざらりとした粘膜の隆起。そこを、指の腹で柔らかく押した。
「やぁっ……! そこ、そこぉ……っ♡」
イヨリの太腿が震え、マツバの手首を両足で挟むように脚が閉じかけた。マツバは空いた手で優しくイヨリの膝を撫で、「大丈夫だよ」と囁いた。その声の温度だけで、イヨリの全身がかっと熱を帯びた。
指が二本になった。中指と薬指が、ゆっくりとした律動でイヨリの奥をほぐしていく。親指はクリトリスの包皮を小さく往復し、三つの刺激が同時にイヨリの神経を灼いた。
「あっ、あっ、あっ……っ♡ マツバさっ……だめっ、もう……っ♡」
イヨリの声が裏返った。腰がリズミカルに揺れ始め、マツバの指に自分から腰を押し付けている。もう理屈など残っていなかった。清楚なポケモンドクターの顔は欠片もなく、今ここにいるのは、夫の指に溺れて喘ぐ一人の女だった。
「イけ、イヨリ」
命令だった。穏やかで、優しくて、しかし絶対的な命令。千里眼がイヨリの絶頂の臨界点を正確に見極め、その瞬間に合わせて二本の指を深くまで挿し込み、Gスポットを強く押し上げた。
「っっっ♡♡♡ あぁあっっ、イクっ、イっちゃっ……イクイクイクっ♡♡」
イヨリの身体が大きく弓なりに仰け反り、マツバの指を膣壁がきゅうきゅうと締め付けた。透明な液体がマツバの手を濡らし、シーツに小さな染みを作った。イヨリの右目から涙がこぼれ、口は開いたまま、声にならない吐息だけが漏れ続けている。
マツバは、余韻に痙攣する妻の身体を、壊れ物のように抱きしめた。イヨリの額にキスを落とし、汗で濡れた髪を指で梳いてやりながら、耳元に囁いた。
「まだ、終わらないよ」
イヨリのぼんやりとした右目が、マツバを見上げた。蕩けた表情のまま、微笑んだ。
「……知ってます♡」
マツバがイヨリの衣装を完全に脱がせたのは、一回目の絶頂の余韻が引いた後だった。
レイヤードスカートのホックを一つずつ外し、ビスチェの残骸をそっと引き抜き、星のチョーカーだけはつけたまま残した。首筋に光る小さな星の飾りが、イヨリの裸身の中で唯一の装飾となった。白い肌に散りばめられた無数のキスマークが、薄暗い寝室の中でも鮮やかに紅く浮かんでいる。
マツバも自分のシャツを脱いだ。鍛え上げられた筋肉質の上半身が、障子越しの月光を受けて彫刻のような陰影を纏った。
イヨリの手が、マツバの腹筋に触れた。指先がぎこちなく、しかし確かな意志を持って、筋肉のラインをなぞっていく。
「マツバさん……」
「うん」
「……欲しい、です」
その一言で、マツバの中で最後の箍が外れた。
しかし、外れた箍の向こうにあったのは暴力ではなかった。マツバは自身を解放し、イヨリの太腿の間にゆっくりと身体を割り込ませた。硬く屹立したそれの先端が、イヨリの濡れそぼった入り口に触れた。
そして。
マツバの右手が、イヨリの左手を探った。
見つけた。アステア・システムの腕輪の上から、華奢な指に自分の指を一本ずつ絡ませていく。親指が親指に。人差し指が人差し指に。中指が中指に。薬指が薬指に。小指が小指に。五本の指が完全に噛み合い、掌と掌が密着した。
恋人繋ぎだった。
「マツバ……さん」
イヨリの目に涙が溜まった。痛みではなかった。この男がどれほど自分を愛しているかが、繋がれた指先の温度から伝わってきて、それが涙になった。
「離さないでね」
イヨリの方から、そう言った。
マツバの目が細まった。紫色の瞳の奥に、途方もない柔らかさと、同じくらい途方もない執着が混在していた。
「離すわけがないだろう」
ゆっくりと、腰を押し出した。
熱い壁が、マツバを迎え入れた。先ほどの指とは比べものにならない太さと硬さが、イヨリの内壁を緩やかに押し広げていく。充分に濡れきったそこは抵抗なく受け入れたが、それでもマツバは慎重だった。千里眼でイヨリの表情の微細な変化を読み取り、わずかでも苦痛の色が見えれば即座に止まれるように。
「ぁ……っ、あ、入って……くるっ……♡」
イヨリの繋いだ手が、ぎゅっと握りしめられた。マツバの指を、縋るように、求めるように。その力加減が「もっと」の合図だと、マツバは知っていた。
奥まで、入った。
「っっ……♡♡」
イヨリの身体が大きく震え、繋いだ手の力がさらに強くなった。マツバは完全に挿入した状態で動きを止め、数秒間、イヨリの中の温度と脈動を感じていた。膣壁がマツバの形を覚えるように、きゅっきゅっと規則的に収縮している。
「イヨリ。きつかったら、言って」
「きつく、ないです……♡ マツバさんの、ぜんぶ……入ってます♡」
イヨリの声は蕩けていた。意識がとろとろに溶けかけている目で、マツバを見上げている。繋いだ手はどちらからも離れない。
マツバは、腰をゆっくりと引いた。先端だけが残るところまで引き、そしてまた、ゆっくりと奥まで沈めた。
「ぁあっ……♡」
ゆっくりだった。激しさとは対極の、ねちっこいほどの緩慢さ。しかしその一突きの深さと精度が尋常ではなかった。千里眼がイヨリの体内の感度の地図を完全に把握しており、引く時に膣壁の特定のポイントを擦り、入れる時に子宮口の手前をぐりりと押し付ける。一回一回が、精密に設計された快楽の注入だった。
「やぁっ……♡ そこ、そこ当たって……っ♡」
イヨリの腰が、マツバのリズムに合わせて自然と揺れ始めた。下から迎えるように腰を動かし、マツバの侵入をより深くしようとしている。繋いだ手が汗で滑りそうになるが、どちらも離さなかった。五本の指が、白と紅の節くれだった網のように複雑に絡み合い、互いの骨の形まで感じ取れるほどに密着している。
「マツバさっ……もっと、奥……っ♡」
「こう?」
マツバの腰の角度がわずかに変わった。イヨリのGスポットと子宮口の間にある、もうひとつの感度のピークを正確に捉えた。
「あっっ♡♡ そこっ、そこそこそこぉっ♡♡」
イヨリの声が跳ね上がった。繋いだ手の爪が、マツバの手の甲に食い込んだ。痛かったが、マツバは離さなかった。むしろその痛みが、イヨリとの繋がりの証として心地よかった。
ペースが上がっていった。ゆっくりだった律動が、少しずつ速くなる。しかし決して荒々しくはならなかった。ひとつひとつの動きに魂を込めるような、丁寧で執拗な腰の運び。引いて、沈めて、擦って、押して。イヨリの身体の最奥を、何度も何度も確かめるように突き上げる。
「あっあっあっあっ……♡♡ だめっ、気持ちいっ……気持ちいいですぅっ♡♡」
イヨリの声は、もう制御を失っていた。品のある言葉遣いなど吹き飛び、快感に支配された嬌声だけが寝室を満たしている。マツバはその声を浴びるように聞きながら、空いた左手でイヨリの胸を鷲掴んだ。揉むのではなく、包み込むように。乳首を親指の腹でくるくると転がしながら、腰の動きは一切緩めない。
「イヨリ。こっちを見て」
マツバのその声に、イヨリが蕩けた目を開いた。涙と汗で濡れた顔が、マツバを見上げている。その瞳に映る自分の顔だけを見ていたかった。三百の視線ではなく、この瞳だけに映る自分。
「ここにいるのは、僕だけだよ」
「はいっ……♡ マツバさんだけ……マツバさんだけですぅ♡♡」
「今、イヨリの中にいるのは」
「……マツバさんだけ♡」
「イヨリを、こんなふうにしていいのは」
「マツバさんだけ……っ♡♡ マツバさんだけだから……っ♡」
イヨリの声が涙交じりになった。声と涙と快感と愛情がぐちゃぐちゃに混ざり合って、イヨリの全身から溢れ出している。マツバはその全てを受け止めるように、繋いだ手をさらに強く握りしめた。
腰の動きが、最奥を執拗に攻める角度に固定された。引くたびにGスポットを擦り、挿し込むたびに子宮口をこりこりと小さく押す。一定のリズムで、同じ場所を、何度も何度も。
「あっ♡ あぁっ♡ やぁっ♡♡ そこ、イっちゃうっ♡♡ イっちゃいますぅっ♡♡」
「イけ」
マツバの唇がイヨリの唇に重なった。深い口づけ。舌と舌が絡み合い、イヨリの喘ぎ声がマツバの口内にくぐもって消えた。同時に、マツバの腰が深く沈み、繋いだ手が万力のように握りしめられた。
イヨリの全身が、弾けた。
膣壁が激しく収縮し、マツバのものをぎゅうぎゅうと締め付けた。腰が痙攣するように跳ね、お腹の筋肉が波打った。口づけの隙間から、声にならない嬌声がひゅっと漏れた。透明な愛液がマツバとの接合部から溢れ出し、シーツに広がっていく。
マツバは、イヨリの絶頂を口づけのまま受け止めた。繋いだ手は、一瞬たりとも離れなかった。イヨリの指がマツバの指を、まるで命綱にしがみつくように握りしめている。その力の強さが、快感の深さをそのまま物語っていた。
絶頂の波が引いても、マツバは腰を止めなかった。
「まっ……♡ まだぁ……っ♡♡」
「まだだよ。まだ三百の痕を、全部消してない」
イヨリが泣き笑いの表情を浮かべた。もうふにゃふにゃに蕩けかけた頭で、マツバの執念深さを愛おしいと思った。この男は、こんなにも自分を欲していて、こんなにも自分を怖がっている。失うことを。手放すことを。他の誰かのものになることを。そのすべてが、今この瞬間にイヨリの中へ注ぎ込まれている。ちんこの形をした、愛の塊として。
「……全部、消してくださいっ♡ 全部、マツバさんので上書きしてぇっ♡」
その言葉を聞いたマツバの腰が、深く、強く、しかし優しく、イヨリの最奥を突き上げた。
三度目の絶頂が訪れようとしていた。
マツバの律動は、もはや一貫して深く、ねちっこく、途絶えることがなかった。イヨリの膣壁の一番奥を執拗にぐりぐりと押し込んでは引き、押し込んでは引く。イヨリはもう自分で腰を動かすことすらできず、ただマツバに揺らされるまま、波に攫われた小舟のように声を上げ続けていた。
繋いだ手は、一度も離れていなかった。
互いの指が汗で滑り、しかし滑るたびに握り直し、相手の存在を確かめ合っている。マツバの右手とイヨリの左手。アステア・システムが脈拍と体温の異常値を検出し続けていたが、ロトムは――おそらく空気を読んで――沈黙を保っていた。
「マツバさっ……♡♡ また、イク……また、イっちゃいますぅ……♡♡」
「一緒に、イこう」
マツバの声が震えていた。普段の冷静さなど影も形もない。彼もまた、限界に近かった。イヨリの中の感触が、締め付けが、温度が、全てがマツバの理性を灼き尽くしていた。
最後の一突きが、深く入った。子宮の入り口を軽く押すほどの深さ。イヨリのお腹の奥に、熱い塊が当たる感覚。そして、マツバの繋いだ手が、これ以上ないほど強くイヨリの手を握りしめた。
「イヨリ」
名前を呼んだ。ただ、名前だけを。その二文字に、マツバの全ての感情が凝縮されていた。
「マツバ……さんっ♡♡♡」
二人は、同時に果てた。
マツバの熱い精液が、イヨリの最奥を満たした。どくどくと脈打つように放出されるその温度を、イヨリは子宮の入り口で確かに感じていた。同時に自身の絶頂の波が全身を突き抜け、膣壁がマツバのものから一滴も逃すまいと激しく収縮した。
「ぁああぁっ♡♡♡ あっ、あつい……なかぁ……熱いのが、来てるっ♡♡」
イヨリの背中がシーツから浮き上がり、繋いだ手だけが二人を現実に繋ぎ止めていた。マツバは射精の快感に身を震わせながらも、握った手を離す気配は一瞬たりともなかった。むしろ、イヨリの細い指の骨が軋むほど強く握りしめていた。
しばらく、二人とも動けなかった。
荒い呼吸だけが、秋の寝室に響いていた。障子越しの月が高くなり、部屋の中に白い光の筋を落としている。イヨリの裸身に散った無数のキスマークが、その月光に照らされて花畑のように浮かび上がっていた。
マツバが、ようやく口を開いた。
「……イヨリ」
「はぃ……♡」
ふにゃふにゃの声だった。完全に骨抜きにされた、ふにゃイヨリの声。
「手、痛くなかったかい」
繋いだままの手を、そっと持ち上げた。イヨリの左手の甲に、マツバの指の痕が赤く残っている。マツバは眉をひそめて、その痕に唇を押し当てた。
「……大丈夫です♡ マツバさんの手のぬくもりが、ずっと伝わっていて……すごく、安心してました」
イヨリの右目が、蕩けたまま微笑んでいた。
「嫉妬、してくれて……ありがとうございますっ♡」
マツバは、一瞬だけ目を見開いた。そして、深い溜息をついた。
「……全部、わかっていてやっていただろう」
「ふふ♡ だって、マツバさんが嫉妬する顔、すごく好きなんです」
「この小悪魔め」
マツバが、イヨリの額にキスを落とした。そしてまだ繋いだままの手をそっと握り、抜け出そうとしたところで、イヨリの足がマツバの腰に巻きついた。
だいしゅきホールドだった。
「抜いちゃ、だめですぅ♡」
「イヨリ……」
「マツバさんの、まだ中にいてほしい……♡ もうちょっとだけ……♡」
マツバの理性が、再び深淵に叩き落とされた。
この女は。この清楚で凛としたポケモンドクターは。この、つい数時間前まで子どもたちの前で星のステッキを振っていた「みんなのアイドル」は。今、夫の腰に脚を巻きつけて、「中にいてほしい」と甘い声で懇願している。
三百の視線など、もはやどうでもよかった。
マツバの中で、新たな熱が沸き上がってくるのを感じた。
「……イヨリ。今のは二回目だけど」
「はい♡」
「朝まで、覚悟しておいて」
イヨリが、蕩けた顔のまま、にっこりと笑った。繋いだ手が、また強く握られた。
「……はい♡ 覚悟してます♡」
翌朝。
エンジュシティの秋の朝日が、障子の隙間から寝室に差し込んでいた。白い光がシーツの上を這い、そこに横たわる二人の身体を温かく照らしている。
イヨリは、マツバの腕の中で目を覚ました。
身体が動かなかった。腰が砕けている。太腿の内側が微かに痺れている。胸も、お腹も、首筋も、あちこちがひりひりと甘い痛みを訴えている。キスマークの数を数える気力はなかったが、感覚的に、二十個は下らないだろうと思った。
マツバの右手は、まだイヨリの左手を繋いでいた。
夜通し。最後の一回が終わり、二人がようやく眠りについた後も、マツバはイヨリの手を離さなかったのだ。五本の指が緩やかに絡み合い、掌と掌が密着したまま、朝を迎えた。
イヨリは、この手のぬくもりだけで泣きそうになった。
マツバの誰にも見せない獣のような独占欲。それはイヨリにとって、この世で最も安心できる檻だった。この男は、どんなに嫉妬に狂っても、イヨリを傷つけるような抱き方はしなかった。叩きもしない。罵りもしない。ただ、唇と指先と、繋いだ手の温度で、「お前は僕のものだ」と何百回でも刻み込む。それがマツバの愛の形であり、イヨリが12年間探し続けた安息の場所だった。
「……マツバさん」
隣で眠るマツバの寝顔に、イヨリは自由な右手で触れた。金色の前髪を指先で梳き、額のバンダナが外れた素顔を覗き込む。眠っている時のマツバは、日中の穏やかな仮面も、夜の獣の顔も持たない、ただの一人の男だった。安らかで、少しだけ幼くて、無防備だった。
イヨリは、まだ繋がれたままの左手に力を込めた。
「大好きです」
小さな声だった。眠っているマツバには聞こえなかったかもしれない。けれど、繋いだ手のひらが確かに伝えているだろう。三百の視線よりも、千の視線よりも、この一つの手のぬくもりが、すべてだということを。
エンジュの朝が、静かに明けていった。昨夜の衣装は、寝室の隅に置かれた椅子の上に丁寧に畳まれていた。マツバが最後に畳んだのだろう。星のチョーカーだけは、まだイヨリの首に光っていた。
アステア・システムのモニターが静かに点灯し、ロトムが小さな声で呟いた。
「データ集計完了ロト。昨夜のマツバとイヨリちゃんの総消費カロリーは、推定一二〇〇キロカロリーロト。行為回数は四回。イヨリちゃんの絶頂回数は……数え切れなかったロト。なお、恋人繋ぎの継続時間は六時間二十三分ロト。これは過去最長記録ロト。新記録おめでとうロト」
イヨリは、顔を両手で覆った。正確には、左手はまだマツバと繋がったままだったので、右手だけで覆った。
「ロトム、お願いだから、そのデータ、どこにも送らないでね」
「もう送ったロト」
「どこに!?」
「マツバのロトムフォンロト。マツバ、起きたら見るロト」
イヨリは、赤い顔で深い溜息をついた。そして、隣で眠るマツバの手をもう一度、きゅっと握った。
繋いだ手を、離すつもりはなかった。
六時間二十三分の記録を、今朝はもう少しだけ更新するつもりだった。
― 後編 Fin. ―
あとがき(佐藤美咲の独白)
大親友。あたし、書いたわ。全力で。全霊で。バーサーカーの宝具全解放で。
この後編はね、あたしの同人小説家としての矜持のすべてを賭けた一作よ。だって「嫉妬に狂った男が、それでも優しく妻を抱く」って、これ地球上で一番えっちなシチュエーションだと思わない? 独占欲で全身にキスマークを刻みながら、絶対に痛がらせない。恋人繋ぎでピストンしながら「離すわけがないだろう」って。あたしが読者だったら失神してるわ。
そしてロトムよ。六時間二十三分の恋人繋ぎ記録を集計して、マツバのロトムフォンに送信するあのノンデリAI。「もう送ったロト」じゃないのよ。空気を読むことをインストールしてやりたいわ。でもそこがロトムの最高に愛しいところなんだけどね。
翌朝の、イヨリの「大好きです」が聞こえたかどうかわからない、っていうあの余白。聞こえていなくても、繋いだ手が全部伝えている。あたしはここが一番好き。えっちだけじゃなくて、この二人の関係性の本質がここに凝縮されてるの。
ちなみに大親友! この子どもたちとの触れ合いアイドルイベント、あまりにも大好評だったから今後も色んなイベントでコスプレ対応することが決まったのよ! つまりこのお話は、ここから続く「四季彩の変身願望」コスプレシリーズの華麗なる序章ってわけ! 次のお話も楽しみにしててちょうだいね!