GAKUEN LOVE COMEDY

誰にでも優しい君が
私にだけ向けた特別

― マツバ × イヨリ ―
STARRING MATSUBA & IYORI

第六話 夜が明けるまで、僕の名前を呼んで
― 誰にでも優しい君が、私にだけ向けた特別 ―

イヨリ視点 / 約20,000字 / R-18

 七月。期末テストが終わった週末のことだった。

 イヨリがLINEでマツバに送ったメッセージは、たった一行だった。

 「今週の土曜日、うちに来ない?」

 送信してから三十秒後、イヨリはスマホをベッドに投げて、枕に顔を埋めた。

 ——なんてことを送ったんだ。

 自分の家にマツバ君を呼ぶ。二人きりで。しかも——両親が揃って夜勤で留守の日に。

 これは——どういう意味に取られるだろう。いや、どういう意味もなにも、イヨリ自身がどういうつもりで送ったのか、自分でもわかっていなかった。

 嘘だ。わかっている。分かっているから、顔が熱い。

 スマホが震えた。恐る恐る画面を見た。

 「行く。何時がいい?」

 また即答だ。迷いがない。

 イヨリは震える指で返信した。

 「お昼くらいから。……お父さんとお母さん、夜勤でいないから、夕ご飯も一緒に食べられるよ」

 既読。

 五秒の沈黙。

 それから。

 「わかった。楽しみにしてる」

 いつもの穏やかなマツバらしい返信。でも——「楽しみにしてる」の五文字が、妙にずしりと響いた。

 土曜日。

 朝から、イヨリは部屋の掃除をしていた。

 自分の部屋。六畳の洋室。ベッド、学習机、本棚。壁にはカレンダーと、小さなドライフラワーのリース。シンプルで清潔な部屋だけど、いつも以上に念入りに掃除した。

 ——マツバ君が来る。わたしの部屋に。

 考えるだけで心臓がうるさい。

 掃除機をかけた。床を拭いた。ベッドのシーツを新しいものに替えた。

 ——シーツを替える意味を、深く考えないようにした。

 お昼前に着替えた。

 デートの時のようにワンピースを着ようかと思ったけど、自分の家だし——と思い直して、白いTシャツにデニムのショートパンツ。髪は下ろしたまま。

 ——これでいいかな。

 鏡を見た。普段着のイヨリ。学校でもデートでもない、家でリラックスしている時のイヨリ。

 マツバ君に、こういう姿を見せるのは初めてだ。

 正午ちょうど。インターホンが鳴った。

 玄関を開けると——マツバが立っていた。

 白いリネンシャツに紺のパンツ。手にはお土産らしき紙袋。

 「こんにちは。……お邪魔します」

 マツバの声が、微かに緊張していた。いつもの穏やかさの中に、少しだけ硬さがある。

 「うん、入って」

 イヨリが横に退くと、マツバが玄関に足を踏み入れた。

 靴を揃えて脱ぐマツバの姿を見ながら、イヨリは思った。

 ——マツバ君の靴が、うちの玄関にある。

 なんだか、すごいことだ。

 リビングに通した。

 イヨリの家は、こぢんまりとした一軒家だ。リビングは広くないけど、温かい雰囲気がある。お父さんが趣味で作った木のテーブルと、お母さんが選んだカーテンと、家族写真が飾られた棚。

 マツバがきょろきょろとリビングを見回した。

「あ、この写真——イヨリちゃん?」

 棚の上の写真に目を留めた。小学校の入学式の写真だ。ランドセルを背負った小さなイヨリが、ぎこちなく笑っている。

「あっ、それ——見ないで!」

「可愛い。ちっちゃい」

「やめてってば! 恥ずかしい——!」

「ここにも。中学の制服——あ、転校してきた頃?」

「見ないでっ!」

 イヨリが慌てて棚の写真を裏返した。マツバがくすくす笑っている。

「イヨリちゃんの家、温かいね。……すごく、イヨリちゃんらしい」

「そう……?」

「うん。穏やかで、丁寧で、優しい感じがする。イヨリちゃんを育てた場所だなって思う」

 ——なんでこの人は、こういうことをさらっと言うんだろう。

「あ、これ、お土産」

 マツバが紙袋を差し出した。中身は——エンジュの和菓子屋の詰め合わせ。

「お父さんとお母さんにも。……いない時に来るの、ちゃんとご挨拶できなくて申し訳ないから」

「律儀だね、マツバ君……」

「彼女の家に来るんだから、当然でしょ」

 彼女の家。その言い方だけで耳が熱くなる。

 お昼ご飯を一緒に作った。

 イヨリの家のキッチン。二人で並んで、パスタを作る。

 「イヨリちゃん、料理できるの?」

 「簡単なものなら。お父さんに教わったの」

 「へえ。……イヨリちゃんの手料理、食べてみたかった」

 「期待しすぎだよ。普通のナポリタンだから」

 マツバはサラダを担当した。レタスをちぎって、トマトを切って。二人のキッチンの距離が——近い。

 イヨリがフライパンを振っている時、マツバが後ろから覗き込んだ。

 「おいしそう」

 声が——耳元で聞こえた。

 イヨリの体がびくっと跳ねた。

「ちょ、近い——! 火を使ってるのに——!」

「ごめんごめん」

 マツバが笑いながら離れた。

 でも——耳元に残った吐息の温度が、しばらく消えなかった。

 ダイニングテーブルで向かい合って、ナポリタンとサラダを食べた。

「おいしい。イヨリちゃんの料理、すごくおいしい」

「お世辞でしょ……」

「お世辞じゃないよ。本当に。……毎日食べたい」

「毎日って——」

「……あ。今のは——将来の話として聞いて」

「将来……」

 二人とも赤くなって、黙々とナポリタンを食べた。

 でも——「将来」という言葉が、イヨリの胸の中にぽとりと落ちて、温かく広がった。

 午後。イヨリの部屋で過ごした。

 マツバをイヨリの部屋に通す時、イヨリは心臓が口から飛び出しそうだった。

 「散らかってるけど……」

 「全然散らかってない。きれいだね」

 マツバが部屋を見回した。本棚に並んだ参考書と文庫本。机の上の文房具。ベッドの上のぬいぐるみ。

 「あ。このぬいぐるみ——」

 マツバがベッドの上のうさぎのぬいぐるみを指差した。

 「そ、それは——中学の時にゲーセンで——」

 「可愛い。名前は?」

 「……つけてないよ」

 「嘘。つけてるでしょ」

 「つけてないっ」

 「目が泳いでる」

 「……うさまる」

 「可愛い」

 「笑わないでよ……」

 マツバは笑わなかった。代わりに——うさまるを持ち上げて、そっとベッドの端に移動させた。

 二人でベッドの端に並んで座って、一緒にマンガを読んだ。イヨリの本棚にある少女漫画。

 「イヨリちゃん、こういうの読むんだね」

 「……笑う?」

 「笑わないよ。——この主人公の気持ち、ちょっとわかる。好きな人に素直になれないところ」

 「……マツバ君みたいだね」

 「四年間も素直になれなかったからね。共感しかない」

 二人でくすくす笑いながらページをめくった。

 夕方になった。

 二人で夕ご飯を作った。今度はカレーだ。イヨリがルーを溶かして、マツバが野菜を切って。

 共同作業が——心地いい。まるで、ずっと昔からこうしていたかのように、自然だ。

 カレーを食べて、片付けをして、リビングのソファで並んでテレビを見た。

 窓の外が暗くなっていく。夏の長い日が、ようやく沈んだ。

 七時。八時。九時。

 時間が——あっという間に過ぎていく。

 いつの間にか、イヨリの頭がマツバの肩に乗っていた。電車の中と同じように。でも今回は——寝ているのではなく、意識してそうしていた。

 マツバの肩は温かかった。硬くて、でも安心する。

 マツバがイヨリの髪をそっと撫でた。

「マツバ君」

「ん」

「……ありがとう。今日、来てくれて」

「こちらこそ。イヨリちゃんの家、居心地がいい」

「いつもは……一人なの。お父さんとお母さんが夜勤の日は」

 声が——少し、小さくなった。

「夜勤、多いの?」

「月に何回か。二人とも医療関係だから。……慣れてるけど、でもたまに——」

 イヨリが言い淀んだ。

「たまに?」

「……さみしい」

 その一言が——静かなリビングに落ちた。

 小さな声。消え入りそうな声。いつも気丈に——大人しいけど芯の強い——イヨリが、初めて見せた弱さ。

「夜、一人で家にいると、しんとしてて。時計の音がすごく大きく聞こえて。雷が鳴ると怖いし、風が強い日は窓がガタガタいって——でも、誰にも言えなくて。心配かけたくなくて」

「イヨリちゃん——」

「マツバ君が来てくれて、嬉しかった。今日、全然さみしくなかった。マツバ君がいてくれるだけで——家が、温かくなる」

 マツバの手が——イヨリの肩を引き寄せた。

 ソファの上で、イヨリがマツバの胸に収まった。

「……もう寂しい思いはさせない」

 マツバの声が——低かった。いつもの穏やかなトーンではない。もっと深い、もっと熱い声。

「いつでも呼んで。夜勤の日は毎回来る。イヨリちゃんが寂しくないように——僕が、ここにいる」

「マツバ君——」

「一人にしない。もう絶対に」

 抱きしめる腕に、力が入った。

 イヨリは——マツバの胸に顔を埋めた。シャツの布越しに、マツバの心臓の音が聞こえる。

 速い。すごく速い。

「……マツバ君の心臓、すごい音」

「イヨリちゃんのせいだよ」

「わたしのせい?」

「こんな近くで、こんな可愛い顔されて。弱いところ見せてもらって。——平常心でいられるわけない」

 マツバの声が——震えていた。

 押さえ込んでいる。必死に。何かを——必死に。

 イヨリが顔を上げた。

 至近距離で、マツバと目が合った。

 紫色の瞳が——揺れている。いつもの穏やかな光ではない。もっと——熱い。暗い。深い光。

 見たことのない目だ。

 でも——怖くなかった。

「マツバ君」

「……ん」

「キス、して」

 自分から言った。

 カナミちゃんに「イヨリちゃんからいっちゃいなよ」と言われたのを、今更思い出した。

 マツバが——一瞬、目を見開いた。

 そして——イヨリの顎に手を添えて、顔を近づけた。

 唇が、重なった。

 今までのキスとは——違った。

 おでこへのキスでも、交差点での軽いキスでもない。

 深い。長い。マツバの唇がイヨリの唇を捕まえて、離さない。

 息が——甘く混じり合う。

 イヨリの頭が——ぐらぐらと揺れた。酸素が足りない。でも——離れたくない。

 マツバが唇を離した。二人とも息が荒い。

 紫色の瞳が——熱く潤んでいた。

「……イヨリちゃん」

「なに——」

「このまま——もう少し、触れてもいい?」

 声が——掠れていた。いつもの穏やかな「僕」の声。でも中身が、全然違う。抑えきれない何かが滲んでいる。

 イヨリは——頷いた。

 マツバの手がイヨリの頬に触れた。指先が、こめかみをなぞるように滑って、耳の後ろに触れた。

 ぴくん、と体が跳ねた。

 「あ——」

 小さく声が漏れた。耳の後ろは——敏感だった。自分でも知らなかった。

 マツバの指が——ゆっくりと、首筋を辿った。鎖骨のラインに沿って。Tシャツの襟元に触れて——止まった。

「……ここから先は——イヨリちゃんが嫌なら、やめる」

 マツバの声。必死にコントロールしようとしている声。

 でも指先が——かすかに震えている。

「嫌じゃ——ない」

「……本当に?」

「本当に。……マツバ君になら——」

 言いかけて、恥ずかしくなって、顔をうつむけた。

「マツバ君になら……こわくない」

 マツバの呼吸が——一瞬、止まった。

 そして——イヨリを抱き上げた。

「え——ちょ、マツバ君——!」

「部屋、行こう」

 ソファから立ち上がって、イヨリを抱えたまま、二階に向かった。

 イヨリの部屋。

 ベッドの上に、そっと降ろされた。

 仰向けになったイヨリの上に、マツバが覆いかぶさっている。

 腕で体重を支えて、イヨリを潰さないようにしている。でも——距離が近い。互いの息がかかる距離。

 マツバの茶色い髪が、イヨリの顔にかかった。

「……怖い?」

「怖く、ない。でも、心臓がうるさい——」

「僕のも聞いて」

 マツバがイヨリの手を取って、自分の胸に当てた。

 どくどくどくどく。

 暴れている。マツバの心臓が、イヨリと同じくらい——いや、それ以上に暴れている。

「……こんなの、初めてだよ」

「わたしも——」

「怖かったら、いつでも言って。やめるから」

「やめないで」

 イヨリが——マツバのシャツの裾を握りしめた。

「やめないで。……ずっと、マツバ君に触れてほしかった」

 その言葉が引き金だった。

 マツバが——唇を重ねた。さっきより深く。さっきより熱く。

 舌が——そっと触れてきた。イヨリは驚いて体を強張らせたけど、すぐに力を抜いた。マツバの舌が、優しく、慎重に、イヨリの舌に触れる。

「ん——ぅ……」

 甘い声が漏れた。自分の声じゃないみたいだった。

 こんな声、出したことがない。こんな声が出るなんて、知らなかった。

 マツバの手がTシャツの裾に触れた。

 「脱がせていい?」

 「……うん」

 Tシャツがゆっくりと持ち上げられた。腕を上げて、頭を通して。

 白いブラジャーが露わになった。薄い水色のリボンがついた、シンプルなもの。

 マツバの目が——イヨリの体を見つめた。

「——きれい」

「見ないで……恥ずかしい——」

「見る。全部見たい。全部きれい」

 マツバの指がイヨリの鎖骨をなぞった。肩の丸みに沿って。腕を伝って。

 すべてが——優しい。壊れ物に触るような指先。

 マツバもシャツを脱いだ。

 イヨリは——息を呑んだ。

 制服の下に隠れていたマツバの体。細身だけど、肩幅があって、胸板は薄いけどきちんと筋肉がついている。

 「……見ないで」

 「マツバ君が先に見たでしょ」

 「それはそうだけど——」

 「きれいだよ。マツバ君の体」

 マツバの耳が真っ赤になった。

 マツバがイヨリの上に体を重ねた。素肌と素肌が触れ合った。

 「あ——」

 温かい。マツバの体が温かい。胸板の硬さと体温が、イヨリの柔らかな肌に直接伝わってくる。

 マツバの唇が、イヨリの首筋に触れた。

 ちゅ、と小さな音。

 「ひ、ぁ——」

 体がびくんと跳ねた。首筋に唇が触れただけで、全身に電気が走ったみたいだった。

 マツバの唇が首筋から鎖骨に移動して、肩に降りて、胸の膨らみの上に——。

 「あっ——マツバ君っ——」

 ブラジャーの上から、唇が触れた。布越しでも——わかる。マツバの唇の温度と、吐息の湿り気。

 「外していい?」

 声が——掠れている。いつもの穏やかなマツバの声に、欲が混じっている。

 「……うん」

 背中に手が回って、ホックが外された。慣れない手つき。少し手間取って——でも、外れた。

 ブラジャーがゆっくりと取り除かれた。

 イヨリは反射的に腕で胸を隠した。

「……見ないで——」

「イヨリちゃん」

 マツバが——イヨリの腕をそっと、でも確実に退かした。

「隠さないで。僕に——全部、見せて」

 その声が——甘くて、切なくて。

 イヨリは——腕の力を抜いた。

 マツバの視線が——イヨリの胸に注がれた。

 「……きれい。すごくきれい」

 「小さいでしょ——」

 「小さくない。イヨリちゃんの体にぴったりで、きれいで——」

 マツバの唇が、胸の膨らみに触れた。

 「ぁあっ——」

 声が——出た。甘くて、高くて、自分じゃない誰かの声みたいだった。

 マツバの舌が、先端の蕾に触れた。ちろ、と舐めるように。

 「ひゃっ——! マツバ、くんっ——そこ——」

 体が大きく跳ねた。背中が弓のように反った。

 「感じる?」

 「かん、じ——る——あっ、ぁんっ——」

 マツバの舌が蕾をくるくると転がす。吸い上げる。ちゅ、ちゅ、と水音が鳴る。

 「やっ——あっ——マツバ、くぅんっ——」

 反対側の胸を、マツバの手のひらが優しく包んだ。指先で先端を摘まむ。こりこりと転がす。

 「あああっ——両方、同時——むりっ——」

 イヨリの手がマツバの髪をつかんだ。押し離すわけでも抱き寄せるわけでもなく——ただ、しがみつくように。

 マツバが顔を上げた。イヨリを見つめた。

 紫色の瞳が——完全に熱を帯びていた。穏やかさも優しさも消えて、残っているのは——剥き出しの欲望と、それでもイヨリを大切にしたいという、矛盾した輝き。

「イヨリちゃん。その——」

 マツバが一瞬、言い淀んだ。耳が赤い。

「僕——持ってきてるんだけど」

「え——?」

「その……コンドーム」

 二人の間に——三秒の沈黙。

「……持って、きたの?」

「……はい」

「え、っと——つまり、マツバ君は——」

「えっちできたらいいな、と……思って……きました……」

 顔が——真っ赤だった。マツバの顔が。さっきまで胸を舐めていた男とは思えないくらい、純朴に真っ赤だった。

 イヨリは——一瞬呆然として——それから、ぷっと吹き出した。

「あはは——マツバ君——」

「笑わないでっ——」

「だって——ちゃんと準備してくるところが、すごくマツバ君だなって——」

「準備は大事でしょ——! 相手の気持ちを確認する前に——その——」

「うん。大事だよ。ありがとう」

 イヨリが——微笑んだ。恥ずかしそうに。でも——確かに。

「使って。……わたしも——マツバ君と、したい」

 マツバの紫色の瞳が——大きく見開かれた。

 そして——もう一度、唇を重ねた。今までで一番深く。一番甘く。

 マツバの手が、イヨリのショートパンツのボタンに触れた。

「脱がせるよ」

「……うん」

 ボタンが外されて、ファスナーが下ろされて。ショートパンツがゆっくりと脱がされた。

 白い下着だけになったイヨリが、ベッドの上に横たわっている。

 マツバの目が——イヨリの全身を見つめた。

 色白の肌。華奢な体。細い腰。なめらかな太もも。

 「……ほんとに、きれいだ」

 「マツバ君、何回言うの——」

 「何回でも言うよ。足りないくらい」

 マツバの指がイヨリの太ももに触れた。内側を——ゆっくりと撫でる。

 「ぁ——」

 膝がぴくんと跳ねた。太ももの内側が——こんなに敏感だなんて。

 マツバの指が上にのぼってくる。太ももの付け根。下着の縁に——指先が触れた。

「……ここも、触っていい?」

「——っ……うん——」

 下着の上から、指がそっと触れた。

 「ぅあっ——」

 体が跳ねた。布越しに——マツバの指がそこに触れている。

 「濡れてる……」

 マツバの声が——低く震えた。

 「言わ、ない、で——」

 「ごめん。でも——嬉しい。イヨリちゃんが、僕のことで——」

 指がゆっくりと動いた。布越しに、一番敏感な場所を探るように。

 「ぁあっ——そこ——」

 見つけた。イヨリの体が大きく跳ねた場所を、マツバは逃さなかった。

 「ここ?」

 「やっ——あっ——あっあっ——」

 くりくりと小さな円を描くように、指が動く。布越しなのに——こんなに。

 「マツバ、くんっ——だめっ——変な声っ——出ちゃ——あぅっ——」

 「変な声じゃないよ。可愛い声。もっと聞かせて」

 「むりっ——は——あっ——ぁあんっ——」

 マツバが下着のウエストに指をかけた。

 「脱がすよ」

 イヨリは声が出なくて、こくこくと頷いた。

 下着が脚を伝って下ろされた。

 何も纏っていない。生まれたままの姿で、マツバの前に横たわっている。

 恥ずかしい。恥ずかしすぎて死にそうだ。でも——マツバの目は、真剣で、優しくて、熱くて。

 「——世界一、きれい」

 その言葉に——救われた。

 マツバの指が——直接、触れた。

 「ひぁっ——!」

 濡れた音がした。マツバの指がぬるりと滑る。

 「あっ——あっ——マツバくっ——んぅっ——」

 指がゆっくりと中に入ってきた。一本。細い指が、壁をなぞるように入ってくる。

 「痛い?」

 「痛く——ない——でもっ——変な、感じ——ぅんっ——」

 マツバの指がゆっくりと動いた。出し入れするたびに、ぬちゅ、くちゅ、と音がする。

 「んぁっ——あっ——そこっ——」

 指が中のある場所に触れた瞬間、イヨリの腰が大きく跳ねた。

 「ここ?」

 「そっ——そこっ——あっ——あっあっあっ——」

 マツバの指がその場所を繰り返し撫でる。親指が外の蕾を同時に刺激する。

 「ぃやぁっ——マツバくんっ——なにこれ——おかしくなるっ——」

 「おかしくなっていいよ。僕の前なら——全部出して」

 「あっ——あっ——あっ——来るっ——何かっ——来——ぁあああっ——!!」

 イヨリの背中が大きく反った。マツバの指を締め付けるみたいに、全身がビクビクと震えた。

 長い、長い痙攣。

 しばらくして——体が弛緩した。荒い息をつくイヨリ。目が潤んでいる。頬が紅く染まっている。

「……すごかった。何、今の——」

「イヨリちゃんが、いった」

「いっ——言わないでっ——!」

「可愛い。すごく可愛い。今の顔——僕しか知らない」

 マツバの声に——独占欲がにじんでいた。

 マツバが自分のパンツを脱いだ。

 イヨリは——初めて、男の人のそれを見た。

 「——っ」

 大きい。硬い。熱そう。先端が少し濡れている。

 怖い——とは、思わなかった。でも——入るのだろうか。

「……大丈夫? 怖かったら——」

「怖くない。でも——大きいね」

「そういうこと言われると照れる——」

「照れるの?」

「照れるよ……」

 マツバが持ってきた紙袋から、小さな箱を取り出した。コンドーム。開封して、慣れない手つきで——装着した。

 その姿を見ているイヨリの胸に——愛しさが溢れた。

 ちゃんと準備してきてくれた。わたしの体を、大切にしようとしてくれている。

「イヨリちゃん」

「うん」

「痛かったら、すぐ言って。すぐやめるから」

「……うん」

「ゆっくりいくよ」

 マツバがイヨリの脚の間に体を入れた。先端が——イヨリに触れた。

 「あ——」

 熱い。硬い。でも——マツバだ。マツバ君が、わたしに——。

「入れるよ」

「……うん。来て、マツバ君」

 ゆっくりと——先端が、中に入ってきた。

 「ぅ——っ——」

 圧迫感。きつい。少し——痛い。

 マツバが止まった。

「痛い?」

「大丈夫——ちょっと——きつい、だけ——」

「無理しないで——」

「無理してない。もう少し——来て」

 マツバが——もう少しだけ、奥に進んだ。

 「くぅっ——あっ——」

 ずるりと入ってくる感覚。体の中にマツバがいる。マツバ君が、わたしの中に。

 涙がこぼれた。痛いのか嬉しいのかわからない涙が。

「イヨリちゃん——泣いてる——」

「痛くて泣いてるんじゃない——マツバ君がっ——中にいるのがっ——嬉しくてっ——」

 マツバの額にも汗が浮かんでいた。歯を食いしばっている。入れるだけで——こんなにも、気持ちいいのだ。イヨリの中が柔らかくて、熱くて、きゅうきゅうと締め付けてきて。

 「……動くよ」

 「うん——」

 ゆっくりと、腰を引いて——また押し入れた。

 「ぁあっ——!」

 イヨリの声が高く跳ねた。

 慎重に。優しく。でも確実に——マツバが動き始めた。

 ずるっ——ぬるっ——ずるっ——。

 ゆっくりとした律動。イヨリの中を丁寧に往復する。

「ぅん——あっ——マツバっ——くんっ——」

「気持ちいい? 痛くない?」

「痛くない——気持ちっ——ぃい——んぅっ——」

 痛みが引いていく。代わりに——甘い痺れが広がっていく。マツバが動くたびに、お腹の奥がきゅんと疼く。

「イヨリちゃん——すごい。中、すごく——」

「言わ——んっ——言わないでっ——恥ずかしっ——あっ——」

「ごめん、でも——気持ちよすぎて——イヨリちゃんの中、柔らかくて——熱くて——」

「んっ——ぁあっ——」

 マツバの腰がゆっくりと律動する。奥まで入って——ゆっくり引いて——また奥まで。一回一回を味わうように、丁寧に。

 ずるっ——ぬるっ——ずるっ——。

 繋がっている場所から、くちゅくちゅと甘い水音がする。

「ぅん——あっ——マツバっ——くんっ——」

「気持ちいい? 痛くない?」

「痛くない——気持ちっ——ぃい——んぅっ——」

 痛みが引いていく。代わりに——甘い痺れが広がっていく。マツバが動くたびに、お腹の奥がきゅんと疼く。中をなぞられるたびに、頭の中が蕩けていく。

「あっ——んっ——そこっ——マツバくんっ——そこ、いいっ——」

「ここ?」

 マツバが腰の角度を少し変えた。上向きに、ぐっと突き上げる。

「ひぁあっ——! そこっ——!!」

 イヨリの背中が大きく弓なりに反った。爪先がぴんと伸びる。

「あっ——あっ——あっ——だめっ——そこずっと当たるとっ——おかしくなるっ——!」

「おかしくなってもいいよ。僕の前では——全部見せて」

 マツバの声が——甘くて低い。「僕」のまま——こんなに熱い声を出す。

 ぱんっ——ぱんっ——。

 マツバの動きが——少しずつ速くなった。腰がイヨリに打ちつけられるたびに、甘い水音と肌のぶつかる音が部屋に響く。

 ずちゅっ——ぬちゅっ——ずちゅっ——ぱちゅっ——。

「あっ——あんっ——マツバくんっ——もっとっ——」

「もっと?」

「もっと——奥にっ——来てっ——」

 ——自分から「もっと」「奥に」なんて言うなんて。

 頭がおかしくなっている。でも——止められない。マツバ君の体温が、マツバ君の硬さが、中でぐりぐりと擦り上げてくるたびに、理性が溶けていく。

「……イヨリちゃんのそういうところ——ずるいよ」

 マツバが——イヨリの片脚を持ち上げた。太ももの裏を手で支えて、少しだけ角度を深くする。

「ひゃあああっ——! やっ——なにそれっ——深っ——!」

「ここ? ここがいい?」

「いいっ——! いいのっ——! あっ——あっ——あっあっあっ——!」

 イヨリの声が高くなる。甘い。切ない。必死に何かにしがみつくような声。マツバの背中に腕を回して、爪を立てそうになる。

「爪——痛いよ、イヨリちゃん」

「ごめっ——でもっ——気持ちよすぎてっ——どこ掴めばいいかっ——わかんないっ——」

「僕を掴んでいいよ。どこでも。好きなだけ」

 マツバの唇がイヨリの首筋に落ちた。吸い上げるように、ちゅ、ちゅ、と音を立てて。

「やっ——跡っ——残るっ——」

「残したい。ここに——僕の印をつけたい」

「んぅっ——マツバくんのっ——えっちっ——」

「えっちなのはイヨリちゃんのせい。こんなに可愛い声出すから——理性保てない」

 マツバの腰が——さらに速くなった。

 ぱんっぱんっぱんっぱんっ——。

 リズミカルに。でも一突きごとに奥を的確に捉える。

「あっ——あっ——あっ——マツバくんっ——好きっ——好きっ——好きっ——」

「僕も——好き——イヨリちゃん——」

 マツバがイヨリの手を取って、指を絡めた。恋人繋ぎ。繋がりながら——繋がっている。

 体の真ん中で一つに繋がって、指先でも繋がって。

 イヨリの中で、何かが膨らんでいく。さっきの指の時と同じ——でもっと大きい波。底の方から、ぐわぁっと押し上げてくるような——。

「あっ——また——来るっ——マツバくんっ——来ちゃうっ——」

「うん——いいよ——いって」

「で、でもマツバくんっ——一緒にっ——一緒がいいっ——」

「僕も——もう——限界——イヨリちゃんの中——きつくて——」

「んぅっ——あっ——あっ——あっ——」

 マツバの動きが激しくなった。

 ぱんっ——ぱんっ——ぱんっ——。

 イヨリの中を、深く、強く。でも決して乱暴じゃない。イヨリの声を聴きながら、イヨリの体を感じながら。

 一突きごとに、奥の奥まで。イヨリの体が跳ねるたびに、ベッドが軋む。

「あっ——あっ——あっ——いっ——いくっ——いくっ——マツバくんっ——!」

「僕も——!」

 マツバの動きが一際深くなった。奥の奥まで——体を密着させて、一番深いところで。

 その瞬間——マツバの唇が、イヨリの耳元に触れた。

 荒い息が耳朶を震わせる。

 そして——。

「——イヨリ」

 呼び捨て。

 「ちゃん」も何もない。ただ、名前だけ。

 生まれて初めて、マツバの口から聞く——呼び捨ての自分の名前。

 低い声。掠れた声。四年間の全てを込めたような声。

「イヨリ——好きだ——っ!」

 マツバの体が大きく震えた。腰がぐっと押し込まれて、一番深いところで——びくっ、びくっ、と脈打つのがわかった。コンドーム越しでも——マツバが、達した、ということが。体の奥で、熱いものがとくとくと脈打っている。

 名前を呼ばれた瞬間——イヨリの中でも、波が弾けた。

 「ぁああああっ——!! マツバくんっ——!!」

 背中が大きく反った。マツバの手を握りしめて。内壁がびくびくとマツバを締め付けて。全身が痙攣して。

 視界が白く弾けて——何も考えられなくなった。

 長い——長い余韻。

 二人が重なったまま、荒い息をつきながら、どれくらいの時間が過ぎただろう。

 マツバが——そっとイヨリの額にキスをした。汗ばんだ額に。

「……大丈夫?」

「……ん——大丈夫——」

「痛くなかった?」

「最初だけ。あとは——すごく、気持ちよかった。……マツバ君に名前呼ばれた時——一番、気持ちよかった」

 マツバの紫色の瞳が——潤んだ。

「……よかった」

 マツバがゆっくりとイヨリの中から抜いた。ずるり、と離れていく感覚に、イヨリは小さく「あ——」と声を漏らした。繋がっていたものが離れるのが——少しだけ、寂しかった。

 コンドームを外して、ティッシュで包んで。

 それから——ベッドに横になったイヨリの隣に、もう一度寝転んだ。

 布団を二人にかけて。

「……ねえ、マツバ君」

「ん」

「さっき——わたしのこと、呼び捨てにしたよね」

 マツバの体が——ぴくんと固まった。

「……した、かも」

「『イヨリ』って。『ちゃん』なしで」

「……ごめん。つい——頭が真っ白になって——」

「謝らないで。……すごく——嬉しかった。心臓が跳ねた。体の中まで響いた」

「え?」

「マツバ君に呼び捨てにされるの——ずっと、憧れてた。……もう一回、呼んで?」

 マツバが——イヨリの方を向いた。紫色の瞳が——柔らかく、甘く、光っている。

「……イヨリ」

 ——ああ、だめだ。

 好きすぎる。この人が。この声が。この名前の呼び方が。

 体の奥がまだ疼いている。さっきの余韻が消えていない。その上に、この声が重なると——。

「もう一回」

「イヨリ」

「もう一回」

「……何回でも呼ぶよ。イヨリ。イヨリ。イヨリ」

 呼ばれるたびに——胸が震えた。体が熱くなった。

「マツバ君——」

「ん?」

「……もう一回、したい」

 マツバが——目を見開いた。

「え——」

「だめ……?」

「だめじゃ——ないけど——体、大丈夫? 初めてだったのに——」

「大丈夫。……マツバ君にもっと触れたい。もっと——感じたい」

 マツバの呼吸が——変わった。さっき落ち着きかけた心臓が、また速くなるのが——イヨリの手のひらに伝わった。

「……僕も——正直、もう一回——したかった」

「じゃあ——」

「でも無理はしないでね。痛かったら——」

「マツバ君」

「はい」

「しつこいよ」

 イヨリが——笑った。初めて——ベッドの上で、マツバに向かって、ちょっとだけいたずらっぽく笑った。

 マツバの理性が——音を立てて砕けた。

 二回目は——一回目とは違った。

 マツバがイヨリの体を起こして、自分の膝の上に座らせた。向かい合う体勢。

「え——こ、この体勢——」

「イヨリちゃんが——自分のペースで動けるように。痛かったらすぐ止められるから」

「……マツバ君って、こういう時まで優しいね」

「優しいんじゃなくて——イヨリちゃんの気持ちいい顔を、正面から見たいだけ」

「——っ! そういうこと言うから——!」

 新しいコンドームを装着したマツバの上に、イヨリがゆっくりと腰を下ろした。

 ずるっ——ぬるっ——。

 一回目で慣れた体が、今度はするりとマツバを受け入れた。

「んぁっ——あっ——入っ——てるっ——」

「……っ——イヨリちゃん——すごい——さっきより——」

「さっきよりっ——なにっ——」

「……きつい。締めつけが——」

「やっ——そういうの——言っちゃだめっ——ぁんっ——」

 向かい合っている。マツバの紫色の瞳が、すぐ目の前にある。逃げ場がない。

 マツバの手がイヨリの腰を掴んだ。

「ゆっくり——動いてみて」

「む、無理——自分から動くなんて——恥ずかしくて——」

「……じゃあ、僕が動く」

 マツバの腰が——下から突き上げた。

 「ひゃあっ——!!」

 角度が——さっきと全然違う。奥の壁にぐりっと押し当てられて、ぞくぞくと電気が走る。

「あっ——あっ——この体勢っ——深いっ——すごく深いっ——」

「気持ちいい?」

「気持ちっ——んぅっ——いいっ——すごくっ——あっあっあっ——」

 マツバがイヨリの腰を持って、ゆっくりと上下に動かした。イヨリの体がマツバの上で揺れる。

 とろっ——ぬちゅっ——くちゅっ——。

 繋がっている場所から甘い音が溢れる。

「やっ——音っ——すごい音——聞かないでっ——」

「聞く。全部聞きたい。イヨリちゃんの声も——体の音も——全部僕のだから」

 独占欲。穏やかな「僕」で言う独占欲。この状態で言われると——全身が震えるくらい甘い。

 イヨリが——自分から腰を動かし始めた。ぎこちなく。でも——マツバが気持ちよさそうに息を漏らすのを聞いて——もっと、動きたくなった。

「あっ——こうするとっ——マツバくんもっ——気持ちいいっ——?」

「っ——すごく——イヨリちゃん——上手——」

「上手とかっ——言わないでっ——はっ——あっ——んぅっ——」

 少しずつリズムが合ってきた。イヨリが腰を落とす瞬間にマツバが突き上げる。ぴったりと重なるタイミング。

「ぁあんっ——! そこっ——! マツバくんっ——!」

「ここ? ここがいいの?」

「いいっ——いいのっ——あっ——あっ——あっ——もうっ——だめっ——」

 マツバがイヨリの背中に腕を回した。抱きしめるように。密着する体。肌と肌が汗ばんで、ぺたぺたと張り付く。

 イヨリの胸がマツバの胸に押しつけられて、先端がこりこりと擦れる。

「ひっ——胸もっ——当たってっ——全部っ——気持ちいいっ——」

「イヨリちゃん——可愛い——可愛すぎる——」

「マツバくんっ——好きっ——大好きっ——」

「僕も——イヨリが——好きだ——」

 ——また、呼び捨てだ。

 名前を呼ばれるだけで——体の奥がきゅうっと締まる。

「あっ——名前っ——呼ばれるとっ——中がっ——きゅってなるっ——」

「……本当? じゃあ——」

 マツバの唇がイヨリの耳元に近づいた。

「イヨリ」

「ひゃんっ——!」

「イヨリ」

「やっ——あっ——」

「イヨリ。イヨリ。イヨリ——」

 名前を囁くたびに、中がきゅうきゅうと締まる。マツバの声が直接体の芯に響く。

「ずるっ——ずるいっ——マツバくんっ——それ反則っ——あっ——あっ——あっ——」

「反則でもいいよ。イヨリの全部が——欲しいから」

 マツバの腰が——激しくなった。下から突き上げる動きが、速く、深くなっていく。

 ぱんっぱんっぱんっぱんっ——。

 イヨリの体がマツバの上で跳ねる。高い声が止まらない。

「あっ——あっ——あっ——いくっ——もうっ——いっちゃうっ——マツバくん——一緒にっ——」

「うん——一緒に——イヨリ——」

 マツバがイヨリの腰を両手で掴んで、一番奥まで引き寄せた。

 ずんっ——と、一番深いところで止まった。

「あ——ああっ——!!」

「イヨリ——っ! 好きだ——!」

 びくんっ——。

 マツバの体が震えた。奥深くで、とくっ、とくっ、とくっ、と脈打つ。コンドーム越しに——マツバの熱が、イヨリの一番深い場所に注がれている。

 同時に——イヨリも弾けた。

 「ぁああっ——マツバっ——くぅんっ——!!」

 全身が痙攣した。マツバにしがみついて。全身の力を込めて抱きついて。内壁がびくびくとマツバを搾り取るように締め付ける。

 長い——長い絶頂。

 一回目よりずっと深くて。ずっと甘くて。ずっと——幸せだった。

 イヨリがマツバの肩に顔を埋めた。荒い息が肩に当たる。体が——まだ小さく痙攣している。

 マツバがイヨリの髪をそっと撫でた。

「……大丈夫?」

「……ん。大丈夫。……すごかった」

「二回目の方が?」

「うん。……マツバ君の顔が見えるのが——すごく、嬉しかった」

「……僕もだよ。イヨリちゃんの気持ちいい顔——世界一可愛かった」

「見ないでよそういう顔……」

「見る。一生見る。僕だけの特権だから」

 イヨリは——マツバの胸に額を押しつけて、ふにゃっと笑った。

 力が入らない。体が蕩けている。でも——幸せで、温かくて、世界中の何よりも安心する場所にいる。

 後始末を済ませて、二人でシャワーを浴びた。

 イヨリの家の小さなバスルーム。二人で入るには狭い。肌が触れ合う。

「マツバ君、シャワーのお湯熱くない?」

「大丈夫。……イヨリちゃんの方が大事。ちゃんと洗わないと」

「自分で洗える——」

「洗わせて。背中」

 マツバがイヨリの背中にシャワーを当てながら、泡立てたボディソープで優しく洗った。大きな手のひらが、背中の曲線をなぞっていく。

「んっ——くすぐったい——」

「ごめん。……でも、きれいだな。背中」

「背中にきれいとかないでしょ——」

「ある。イヨリちゃんの背中は——華奢で、白くて、きれいだよ」

 背中から腰に手が滑った時、イヨリの体がぴくんと跳ねた。

「っ——まだ感じやすいの……」

「可愛い」

「可愛くない……」

 シャワーを浴びて、イヨリのパジャマを着た。マツバには大きめのTシャツとスウェットパンツを貸した。

 イヨリのパジャマ姿——ゆるいTシャツに、くまの柄のショートパンツ——を見て、マツバが固まった。

「……何?」

「——可愛すぎて、もう一回しそう」

「もうしないっ!」

「冗談。……半分」

「半分冗談じゃないのが困るんだけど——」

 ベッドに戻った。

 新しいシーツに、二人で並んで横になった。毛布を被って。枕を半分こにして。

「……ねえ、マツバ君」

「ん?」

「今日——来てくれて、ありがとう」

「お礼は——もう何回も言ったでしょ」

「何回でも言うよ。だって——ほんとに嬉しかったから。全部」

「全部?」

「全部。一緒にご飯作ったのも。マンガ読んだのも。ソファで甘えたのも。……えっちしたのも」

「最後のやつ照れながら言うの、ずるいよ」

「マツバ君に言われたくないよ……世界一ずるいのはマツバ君だよ……」

 二人で笑った。毛布の中で。くすくすと。

「……ねえ、マツバ君」

「ん」

「普段は『イヨリちゃん』で、えっちの時だけ呼び捨てにするの——すごくいい」

「え?」

「いつもは穏やかに『イヨリちゃん』って呼んでくれて。でも——本当に気持ちが溢れた時だけ、『イヨリ』って呼ぶの。……すごく——特別な感じがする」

「……それは——僕もそう思う。『イヨリ』って呼ぶのは——特別な時だけにしたい」

「うん」

「だって——僕にとってイヨリちゃんは、世界で一番特別な人だから。普段の『ちゃん』も、特別な時の呼び捨ても——全部、大好きの形だよ」

 イヨリの目から——涙がこぼれた。何度目かわからない涙。

 でもこれは——幸せの涙だ。

「マツバ君——大好き」

「僕も。イヨリのことが——世界で一番、大好きだよ」

 ——あ。また呼び捨て。

 マツバが気づいて「あ、今のは——」と言いかけた。

 「いいの。今のも——特別な瞬間だから」

 マツバが微笑んだ。イヨリの額にキスをした。

 二人は——毛布の中で抱き合った。

 窓の外は——夏の夜が広がっている。虫の声が聞こえる。月明かりが、カーテンの隙間から差し込んでいる。

 イヨリは——マツバの胸に顔を埋めて、目を閉じた。

 心臓の音が聞こえる。マツバの心臓。さっきより落ち着いたけど、まだ少し速い。

 マツバの腕が——イヨリを包み込んでいる。大きくて。温かくて。どこにも行かせないよう、という腕。

「……マツバ君」

「ん?」

「……明日の朝も——いてくれる?」

「いるよ。起きたら——一番にイヨリちゃんの顔を見たい」

「……ふにゃ」

「今、『ふにゃ』って言った?」

「言ってないっ……」

「言った。可愛い」

「……もう寝る」

「うん。おやすみ、イヨリちゃん」

「おやすみ、マツバ君」

 今夜は——寂しくない。

 今夜だけじゃない。これからずっと。

 マツバがいてくれるから。

 四年間の両片思いの先に待っていたのは——こんなにも温かい夜だった。

 誰にでも優しい君が、わたしにだけ向けた特別。

 その特別が——今、わたしの全身を包んでいる。

 目を閉じると——マツバの声が聞こえた。

 もう眠りかけのイヨリの髪を撫でながら、マツバが囁いた。

「——イヨリ。好きだよ」

 特別な呼び方。特別な声。

 イヨリは——眠りの中で、ふにゃりと笑った。

― 第六話 了 ―