雨花の精霊と、夏至の境界【後編】
玄関の鍵が閉まった音を聞いた瞬間、イヨリの身体がぶるりと震えた。
レインコートの下で、紫陽花のドレスはまだ水気を含んでいた。梅雨の蒸し暑さの中での驟雨だったが、濡れた衣装が肌に貼りつき、帰路を歩いているうちに身体の芯が冷え始めていた。六月の夕暮れは日が長く、外はまだ薄明るいはずだったが、雨雲に覆われた空は夜のように暗い。玄関の三和土にクリアサンダルを脱いだイヨリの素足が、冷たい床に触れてぴくりと跳ねた。
「冷えてる」
マツバの声が、背後から降ってきた。イヨリの肩に掛けたレインコートの襟に、マツバの指先が触れていた。その指が、レインコートの下にあるイヨリの二の腕に、そっと滑り込んだ。
「っ……つめたいでしょう? わたし」
「冷たいよ。だから」
マツバが、レインコートの内側から両腕をイヨリの身体に回した。背中からの抱擁。マツバの胸板がイヨリの背中に密着し、その体温がレインコートと濡れた衣装の二枚の布を通して、じわりと伝わってきた。
イヨリの全身から、力が抜けた。
温かかった。マツバの体温は、いつもイヨリの体温より高い。ジムリーダーとしての鍛錬が生んだ熱量が、冷えたイヨリの身体を包み込むように浸透していく。梅雨の冷気と雨水に奪われた熱が、マツバの腕の中でゆっくりと回復し始めている。
「あったかい……」
イヨリが、マツバの腕に自分の手を重ねた。冷えた指先がマツバの腕に触れ、その温度差にマツバの腕がぴくりと反応した。
「こんなに冷えるまで……。もっと早く掛けに行けばよかった」
マツバの声に、後悔が滲んでいた。イベント中、レインコートを握りしめたまま駆け寄れなかった自分への。公の場での体面を優先した判断への。
「いいんです。マツバさんが今、温めてくれてますから」
イヨリがそう言って、マツバの腕の中で少し身体をひねった。振り返って、マツバの胸に頬を押しつけた。濡れた紫陽花のカチューシャがマツバのシャツに当たり、しっとりとした水気がシャツに染みた。
「……レインコートを取るよ」
マツバの手が、イヨリの肩からレインコートをそっと剥がした。
その下に現れたのは、帰路の間に乾ききらなかった紫陽花の衣装だった。オーガンジーのシースルー素材が水を含み、イヨリの肌にぴったりと貼りついている。オフショルダーの縁は肩に密着し、鎖骨のくぼみに溜まった雨水がまだ乾かずにきらりと光っている。スカートのフリルは水の重みで普段より下がり、腰から太腿にかけてのラインが、薄紫の布地越しに蜃気楼のように透けていた。
マツバの呼吸が、浅くなった。
イベント中は三十メートルの距離があった。千里眼越しにしか見えなかった。しかし今、手を伸ばせば触れる距離に、濡れた紫陽花の妖精がいる。透けた衣装の向こうに、イヨリの白い肌の輪郭が浮かんでいる。雨粒が鎖骨を伝い、胸元のフリルに吸い込まれていく軌跡が、肉眼で見える。
「……マツバさん」
イヨリが、マツバの視線の熱に気づいた。冷えた身体とは裏腹に、頬にかすかな紅が差した。
「見てますか? ……透けてるの」
「見えてる。ここからだと、イベント会場より、ずっとよく」
マツバは両手をイヨリの肩に置いた。オーガンジーの濡れた布地が掌の下で冷たく、その下にイヨリの肌の輪郭が手に取るようにわかった。肩の丸み。鎖骨の突起。二の腕の細さ。布地が水を吸って肌に密着しているせいで、触覚と視覚の情報が同時に流れ込んでくる。見えて、触れて、しかし一枚の布が隔てている。その一枚がもどかしかった。もどかしくて、甘かった。
「まず、温めないと」
マツバがイヨリを抱き上げた。軽かった。紫陽花のドレスの水気を差し引いても、この身体はいつだって羽のように軽い。小柄な妖精を腕の中に収めて、寝室へ向かった。
寝室のベッドに、紫陽花の妖精が横たえられた。
白いシーツの上に、濡れた薄紫のドレスが広がる。幾層にも重なったフリルが水の重みで花弁のようにしだれ、紫陽花の造花が散りばめられたスカートが、まるで本当に花が散り落ちたかのようにシーツを彩った。黒髪が枕の上に扇のように広がり、紫陽花の花飾りのカチューシャから雫が一粒、こめかみを伝って落ちた。
マツバは、まず自分のシャツを脱いだ。
イヨリがきょとんとした。えっちの前置きにしては早い。しかしマツバの意図はそこではなかった。脱いだシャツを丁寧に畳み、ベッドの端に置いてから、裸の上半身のまま、イヨリの隣に身を横たえた。
「え……?」
「肌を直接あてた方が、温まるだろう」
マツバの両腕が、イヨリの身体に回った。裸の胸板とイヨリの濡れたドレスが密着した。冷たかった。マツバの肌にイヨリの冷えた体温が伝わり、その温度差に全身が粟立った。しかしマツバは離さなかった。自分の体温を、一つの隙間もなくイヨリに注ぎ込むように、強く、しかし優しく抱きしめた。
「っ……あったかい……マツバさんの体温、あったかい……」
イヨリの声が震えた。冷えた身体に熱が流れ込む感覚は、単なる温かさを超えて、全身を溶かすような快感に近かった。マツバの胸板の筋肉の起伏が、濡れたオーガンジー越しにイヨリの身体を押し、その凹凸がイヨリの胸やお腹に直接伝わってくる。
「少しずつ温まるまで、このままでいよう」
囁くように言いながら、マツバの手がイヨリの背中を撫で始めた。ゆっくりと、上下に。濡れたオーガンジーの上から、背中の肩甲骨の凹凸を掌でなぞり、腰の窪みまで滑り下ろし、また背中へと戻していく。摩擦が生む微かな熱が、濡れた布地を通してイヨリの肌に染み込んでいく。
「ん……っ」
イヨリの身体が、少しずつほぐれていった。冷えて緊張していた筋肉がマツバの体温に溶かされ、固まっていた肩が下がり、丸まっていた背中が伸びていく。マツバの手が背中を往復するたびに、布地の下の肌の温度が一度ずつ上がっていくのが、掌のセンサーでわかった。
千里眼が、イヨリの体温分布を読み取った。芯はまだ冷えている。指先と足先が特に冷たい。胸元と腹部は徐々に温まりつつあるが、まだ不十分。体温を最も効率よく伝えるには。
「イヨリ。横を向いて」
イヨリが身体を横にすると、マツバが背後から密着した。スプーンの形。マツバの胸がイヨリの背中に、マツバの腹がイヨリの腰に、マツバの脚がイヨリの脚に。全身の接触面積を最大化した姿勢で、体温を余すことなく注ぎ込む。
「ぁ……全身、あったかい……」
マツバの右手が、イヨリの前側に回った。お腹の上に掌を置いた。濡れたドレスの布地の向こうの、冷えた下腹部を温めるように。掌の熱がじわりと染み渡り、イヨリのお腹がこくんと動いた。反射的に身体が温もりを求めて、マツバの掌に押しつけられた。
「もう少し、脚も温める」
マツバの脚がイヨリの脚に絡まった。裸足のつま先同士が触れ合い、イヨリの冷えた足にマツバの温かい足裏が密着した。足の指を一本ずつ、自分の足で包み込むようにして温めていく。
「っ……指先まで……」
「全部温めるよ。一箇所も残さず」
マツバの唇が、イヨリの項に触れた。雨に濡れた黒髪を掻き分けて、首筋の肌に直接、息を吹きかけた。温かい呼気がイヨリの冷えた首筋を撫で、鳥肌が立った。その鳥肌の上に、マツバの唇がそっと押し当てられた。
「ひゃ……っ」
温かかった。唇の温度が、首筋の冷えた肌に直接触れて、その一点だけが急速に熱くなる。マツバの唇が位置をずらし、首筋の別の場所に移動し、そこにも温もりを落とす。また移動する。また落とす。キスというよりも、温度の点描。首筋に沿って、一点ずつ、温度の花を咲かせていくように。
「ん……ぁ……」
「まだ冷たい。ここも」
マツバの唇が、イヨリの耳たぶに移動した。冷えきった耳たぶを唇で挟み、吐息で温めた。耳の薄い皮膚にマツバの体温が直接伝わり、イヨリの全身がぴくりと跳ねた。
「やぁ……耳、だめ……感じちゃう……」
「感じるのは後で。今は温めてるだけだよ」
嘘だった。マツバ自身がそれを知っていた。温めるという行為と、愛撫するという行為の境界線が、もう溶け始めていることを。冷えた肌に温もりを落とすたびに、イヨリの身体が反応し、その反応がマツバの欲望を煽り、煽られた欲望がさらに丁寧に温めようとする。善意と欲望のフィードバックループが、止められなくなりつつあった。
マツバの手が、イヨリのドレスのオフショルダーの縁に触れた。
「脱がせるよ。濡れた服は身体を冷やす」
合理的な理由だった。医学的にも正しい。濡れた衣服を着続けることは体温低下の原因となる。だからこれは正しい行為なのだ。
嘘だった。それもまた。
背中のファスナーを引き下ろした。前回のうさぎ衣装と同じ動作だが、感触がまるで違った。オーガンジーの濡れた布地は、乾いたファーとは比較にならないほど肌に密着しており、引き剥がすように脱がせていく必要があった。ファスナーが下がるたびに、布地がイヨリの肌から名残惜しそうに離れ、その境界線にはまだ水滴が残って、肌の上で小さな透明の珠を作っていた。
肩が露わになった。二の腕が露わになった。背中の上部が露わになった。水滴がつぶつぶと光っている。
マツバは、露わになった肌に、すぐには触れなかった。
代わりに、息を吹きかけた。
「ひぁっ……!」
温かい吐息が、冷えた背中の肌を撫でた。濡れた肌の上で呼気が水蒸気になり、ほんのかすかに湯気のようなものが立った。その視覚的な甘さに、マツバ自身が息を呑んだ。自分の吐息で妻の背中から湯気が立つ。まるで冷えた花に息を吹きかけて蘇らせているかのような、原始的で神聖な行為だった。
唇を落とした。肩甲骨の頂点に。冷えた肌に温かい唇が触れた瞬間、イヨリの背中がびくんと跳ねた。
「ぁ……っ♡」
一つ目のキスマーク。いつもの紅い花ではなく、今夜のはもっと穏やかな、唇の温度を肌に焼きつけるような、温もりの花だった。吸い上げるよりも、押し当てて、体温を注入するように。その一点から、温かさの輪が放射状に広がっていく。
二つ目。肩甲骨の間のくぼみに。三つ目。背骨のラインに沿って、腰の手前まで。点々と落としていく唇の温度が、イヨリの背中の冷えを一つずつ溶かしていった。
「マツバさ……んっ♡ 背中……温かく、なってきまし、た……♡」
「まだ前が冷えてるよ」
イヨリを仰向けに返した。ドレスの上半分はすでにずり落ちており、胸から上が露出している。白いレースのブラジャーも梅雨の雨に濡れ、半透明になった布地の向こうにイヨリの乳首のかたちがうっすらと浮かんでいた。
マツバの手が、ブラジャーの上から右の胸にそっと触れた。
「つめたい」
「雨で……ずっと冷えてたので」
「温めるね」
掌で右の胸を包み込んだ。じわりと体温が移っていく。冷えた乳房がマツバの掌の熱でゆっくりと温まり、その温度変化に乳首が反応して、布地の向こうでつんと尖った。
「ん……っ♡」
左の胸にはマツバが身体を寄せて、自分の胸板を密着させた。裸の胸板の体温が、濡れたブラジャー越しに左の乳房に伝わる。右は掌で、左は胸で。二つの熱源から同時に温められて、イヨリの呼吸がだんだんと乱れていった。
ブラジャーのホックを外した。濡れた布地がするりと剥がれ、イヨリの胸が梅雨の夕暮れの薄暗い寝室に晒された。雨粒の名残が乳房の曲線を伝い、乳首の横を通って、シーツに落ちた。
マツバの唇が、右の乳首に触れた。
「っっ♡ あっ♡」
「冷たいね、ここ」
冷えて固くなった乳首を、唇で包み込んだ。口内の温度が直接伝わり、冷えた突起が唇の中でゆっくりと温まっていく。舌先でそっと撫で、体温を移すように舐めた。焦らすのではなく、温めるための舌遣い。しかしその優しさがかえってイヨリの感度を引き上げ、冷えた身体が温まる感覚と、乳首を舐められる快感が、区別できなくなっていく。
「やぁっ♡ マツバさ……温めてるだけって、言ったのにぃ……♡」
「温めてるだけだよ。……まだ、ね」
左手が左の乳首を親指と人差し指でそっと挟み、掌の熱を伝えながら転がした。右の胸は口で、左の胸は手で。温めるという名目の愛撫が、イヨリの全身を少しずつ解かしていく。冷たかった肌が紅潮し始め、鳥肌が収まり、代わりに快感の震えが全身を這い始めた。
「ん……あぁっ♡♡ 温かぃ……でも、気持ちぃ……♡」
マツバの唇が鎖骨に移動した。雨水が溜まっていたくぼみに唇を当て、残った水滴を舌先で舐め取った。イヨリの身体の上の雨粒を、一つずつ自分の舌で拭っていく。首筋の水滴を。胸の谷間の水滴を。お腹へ流れた雨の筋を、舌で辿った。
「ひぁっ♡♡ お腹っ……舐めないでぇ♡」
「雨を拭いてるだけだよ」
「嘘つきですぅ……♡♡」
嘘つきだった。マツバはそのことを否定しない代わりに、舌をイヨリのへその窪みまで下ろし、そこに溜まった雨粒を舐め取った。イヨリの腰がびくんと跳ね、マツバの頭を両手で掴んだ。押し返すのか引き寄せるのかわからない、曖昧な指の力。
マツバの手が、スカートのファスナーに触れた。
紫陽花のフリルに覆われた、幾層にも重なるスカート。水を含んでしっとりと重くなったフリルを一枚ずつ捲り上げながら、ファスナーを引き下ろしていく。濡れた薄紫の布地が腰から太腿にかけて剥がれていく感覚は、花弁を一枚ずつ散らしていくようだった。紫陽花の妖精から、花を一つずつ奪っていく。
スカートが完全に外れた。イヨリの下半身には、薄い水色のショーツだけが残っていた。これも雨に濡れて半透明になっており、その下のイヨリの秘部の輪郭が、おぼろげに透けていた。
マツバの手がイヨリの太腿に触れた。冷えていた。まだ、冷えていた。太腿の内側は特に。雨の冷気が最後まで残る場所だった。
「ここも温める」
両手で片方の太腿を包み込んだ。大きな掌がイヨリの太腿の肉を柔らかく圧迫し、体温を押し込むようにゆっくりと揉んだ。冷えた筋肉がマツバの掌の熱でほぐれ、血行が戻って肌の色が白から薄桃に変わっていく。
「ん……っ♡ 太ももぉ……♡」
もう片方の太腿も同じように温めた。両手で包んで、揉んで、体温を移して。内腿に唇を押し当て、温かいキスを落とした。冷えた肌に温かな唇が触れるたびにイヨリの脚がぴくぴくと震え、マツバの頭を挟むように閉じかけた。
マツバの顔が、イヨリの太腿の間に近づいた。ショーツの上から鼻先を押し当てた。
「ここは……冷えてないね」
イヨリの顔が真っ赤に染まった。
「そこはっ……冷えてないですっ」
「どうして?」
「マツバさんが、温めてくれたからですっ……♡」
ショーツを横にずらした。イヨリの花弁は、雨の冷えなど関係なく、熱を帯びていた。体中が冷えていたはずなのに、ここだけは最初から温かかった。マツバの体温の愛撫が全身に巡り、その熱が最終的に集約される場所。愛液が、とろりと太腿の内側を伝った。
マツバの舌が触れた。
「ひぁああっ♡♡ だめっ……そこっ……♡♡」
冷えた太腿と、熱い花弁の温度差。舌が花弁に触れるたびに、その温度差がイヨリの神経を鋭く刺激した。冷えた肌が温かい舌に触れる感度の高さと、元から熱かった秘部を舐められる快感が、全身を走り回っていた。マツバの両手がイヨリの太腿を掴み、冷えた肌を温めながら、舌は花弁の間を丁寧に割り、クリトリスの包皮を唇で押し上げた。
「あぁっ♡♡ そこっ♡ 温かぃ……舌っ……あつぃ……♡♡」
千里眼が読み取った。イヨリの全身の体温が急速に上昇している。もう冷えてなどいない。マツバの体温と、自分自身の興奮が、全身を隅々まで温めきっていた。指先も、つま先も、耳たぶも、すべてが桃色に染まっている。もう温める必要はない。だがマツバの舌は止まらなかった。
花弁の外側を舌先で辿り、内側の柔らかい粘膜に舌を差し込んだ。クリトリスを唇で挟んで吸い、そのまま舌先で弾いた。イヨリの腰が大きく弾け、シーツを掴む指が白くなった。
「やぁっ♡♡ 来るっ……イっちゃうっ♡♡ マツバさんの舌でっ♡♡」
マツバは、舌をひときわ深く差し込んだ。同時に、右手の親指でクリトリスの先端を直接触れた。冷えていた指先は、もうイヨリの身体の熱で温まっていた。温もりの交換が完成した瞬間、イヨリの全身が弾けた。
「あぁあああっ♡♡♡ イクっ♡♡ イっちゃうぅっ♡♡♡」
イヨリの身体が弓なりに跳ね、紫陽花のカチューシャが枕から転がり落ちた。膣壁がマツバの舌を締め付け、愛液が溢れてマツバの顎を濡らした。涙と汗が混ざった液がこめかみを伝い、残っていた雨の最後の一粒と合流して、枕に落ちた。
マツバは、痙攣するイヨリをそっと抱き上げた。裸の胸にイヨリの裸を密着させ、体温を全面で共有する。もう冷えたところはどこにもなかった。二人の肌が触れ合う面積のすべてが、同じ温度に溶け合っていた。
マツバが、ベルトを外した。
イヨリは仰向けのまま、蕩けた瞳でマツバを見上げていた。紫陽花のドレスは完全に脱がされ、ベッドの脇の椅子に畳まれている。カチューシャは枕の横に転がったまま。イヨリの身体には何も纏っていない。冷えていた全身は、マツバの体温で隅々まで温まり、薄桃色に紅潮していた。汗と雨の名残が肌の表面を薄く覆い、梅雨の湿気と合わさって、しっとりとした艶を放っている。
マツバがイヨリの上に身体を重ねた。裸と裸が密着した。全身の肌が合わさり、胸と胸の間に心音が響き合った。イヨリの心臓の鼓動が速く、マツバの心臓の鼓動はそれよりわずかに遅く、しかし力強い。二つのリズムが交差しながら、少しずつ同期していく。
マツバの右手が、イヨリの左手を探った。
「……三度目の恋人繋ぎ」
「はい♡」
指と指が絡まり、掌と掌が密着した。イヨリの手は、もう冷たくなかった。マツバと同じ温度だった。
硬くなったものが、イヨリの入り口に触れた。
「温かい方が、入るよ」
「……はぃっ♡ 温めて、ください……中も♡」
ゆっくりと、腰を沈めた。
温かかった。マツバの男根がイヨリの膣に入っていく。膣内の温度は身体の中でもっとも高く、マツバを濡れた粘膜が包み込むように迎え入れた。千里眼がイヨリの表情を精密に読み取り、苦痛ではなく快感に蕩けていることを確認しながら、奥まで。
「っっ♡♡ ……あったかい♡ マツバさんが入ってきて、中から、温かい♡」
繋いだ手に力がこもった。イヨリの膣壁がマツバの形を刻むようにきゅうっと収縮し、二人の体温が最深部で溶け合った。
マツバが動き始めた。
ゆっくりだった。いつもの精密な律動。千里眼が読み取った感度の地図に従い、もっとも感じるポイントを的確に擦りながら、一突きごとにイヨリの体温をさらに上昇させていく。引く時に膣壁の敏感な箇所をこすり、入れる時に子宮口の手前をぐりりと押す。
「あっ♡ あぁっ♡♡ 奥っ……当たってますっ♡♡」
マツバの上半身はイヨリに密着したまま動いている。胸と胸、腹と腹が擦れ合い、汗と雨の名残が二人の身体の間で混ざり合って薄い膜を作っていた。その膜が動くたびにぬるりと滑り、密着した肌と肌の感触をいっそう甘くしていた。
「イヨリ」
「は、ぃ……っ♡」
「もう冷えてない?」
「あったかいですっ♡♡ マツバさんで、いっぱい、あったかいですっ♡♡」
「よかった。なら、もう温めるじゃなくて」
マツバの腰の動きが、一段階加速した。しかし荒々しくはならなかった。一つ一つの律動に、執拗な愛情が練り込まれたまま、精密さと情熱が共存する動き。膣内の最も感じる場所を何度も何度も擦り上げ、イヨリの快感を螺旋のように高めていく。
「あっあっ♡♡ 気持ちぃっ♡♡ マツバさんっ♡♡」
空いた左手がイヨリの胸を掴んだ。温まった乳房を揉みながら、乳首を親指の腹で転がす。繋いだ右手はどちらも離さない。腰は深く、正確に、イヨリの最奥を突き上げ続ける。
「イヨリ。こっちを見て」
イヨリの蕩けた瞳がマツバを捉えた。涙で滲んだ右目と、白濁した左目の両方が、マツバだけを映している。
「この妖精は、誰のもの?」
「マツバさんの♡♡ マツバさんだけのっ♡♡」
「森には?」
「帰りませんっ♡♡ ここが、わたしの森ですっ♡♡ マツバさんの腕の中がっ♡♡」
マツバの唇が、イヨリの唇に重なった。深いキス。舌と舌が絡まり、互いの呼吸を交換し合った。キスしたまま腰の律動は続き、繋いだ手の指はきつく絡み合い、密着した肌と肌の間に汗の甘い匂いが満ちていく。
「マツバさっ♡♡ もうっ、イくっ♡♡ イっちゃいますっ♡♡」
「一緒に」
マツバも限界だった。イヨリの中の熱さが、締め付けが、涙に濡れた顔が、繋いだ手の力が、すべてがマツバを深淵に引きずり込んでいた。
最後の一突き。深く、最奥まで。子宮口にこりっと当たる感触。イヨリの身体が、マツバを受け入れるように震えた。
「っっ……イヨリ……!」
「マツバさんっ♡♡♡ あったかいのっ……あったかいの、くださぃっ♡♡♡」
マツバは果てた。熱い精液がイヨリの最奥に注がれ、どくどくと脈打った。イヨリも同時に絶頂を迎え、膣壁がマツバを万力のように締め上げた。
「あぁああっ♡♡♡ あつぃっ♡♡ 中にっ……あったかいのがっ……いっぱい♡♡♡」
イヨリの全身が痙攣し、繋いだ手だけが二人を繋ぎ止めていた。マツバは射精の余韻に震えながら、離していない右手でイヨリの指を撫で、左手でイヨリの涙を拭い、額に唇を落とした。
「温まった?」
穏やかな声だった。激しい情事の直後とは思えない、優しい声。
イヨリが、ぐしゃぐしゃの顔で笑った。
「あったかいですっ♡ マツバさんの温度で、全部っ♡」
その瞬間。
イヨリの両脚がマツバの腰に巻きついた。
「……まだ。もうちょっとだけ、温めてほしいです♡」
マツバは、妖精を森に返さなかった。
翌朝。
梅雨の晴れ間だった。雲の切れ目から差し込む朝日が、障子の隙間を通って寝室に達していた。昨日の雨で洗われた空気が窓の外から流れ込み、紫陽花の甘い匂いを運んできた。
イヨリは、マツバの腕の中で目を覚ました。
全身が温かかった。昨夜の冷えは、もう記憶の中にしか残っていない。身体中にマツバの温度が染みついて、肌の奥底まで温もりが浸透していた。腰の奥には甘い痺れが残り、胸にも首筋にも、温もりの花の痕がひりひりと訴えている。紫陽花のドレスはベッド脇の椅子に丁寧に畳まれ、カチューシャはサイドテーブルの上に置かれていた。
マツバの右手は、まだイヨリの左手を繋いでいた。
三度目の恋人繋ぎ。今回の持続時間は。
アステア・システムのモニターが静かに点灯した。
「データ集計完了ロト」
ロトムの声が、こうなることを見越していたかのように、待ち構えていた。
「昨夜のマツバとイヨリちゃんの行為回数は四回。イヨリちゃんの絶頂回数は推定九回。恋人繋ぎの継続時間は八時間三十一分。前回のイースターの記録を一時間十九分更新したロト」
「ロトムっっ!」
「なお今回の特筆すべきデータとして、行為開始時のイヨリちゃんの体表温度は三十四・二度、行為終了時は三十七・八度。温度上昇幅三・六度は過去最大ロト。マツバの体温管理能力は医療レベルロト」
「体温管理って言わないでっ! あれはそういうのじゃないっ!」
「ちなみに行為中にイヨリちゃんが発した『あったかい』という単語の回数は、合計二十三回ロト。マツバが発した『温める』は十一回ロト。ロトムの辞書において、これらの単語に新たな用法ラベルを追加したロト。ラベル名は『暗喩的体温調節行為』ロト」
「ラベルを追加しないでっ!!」
イヨリの悲鳴に、マツバの肩がかすかに震えた。寝ているはずの顔が、やっぱり微かに笑っている。
「……マツバさん、また起きてますよね」
「……」
マツバの親指が、繋いだ手のイヨリの手の甲を、ゆっくりと撫でた。
イヨリは、赤い顔のまま、繋いだ手を自分の胸元に引き寄せた。マツバの手の甲に頬をすりつけて、囁いた。
「妖精さんは……今日も、ここにいます」
マツバの寝たふりの唇が、ほんのわずかに動いた。
「うん。知ってるよ」
梅雨の晴れ間が、繋がれた手を温かく照らしていた。窓の外では、昨日の雨に洗われた紫陽花が、朝日の中でしっとりと輝いている。
八時間三十一分の記録を、マツバは更新するつもりだったが。
「次のイベントの企画書が、もう届いてるロト。ジムの受付にあるロト。夏の七夕の織姫コスプレロト」
マツバの寝たふりの目が、四度目のバチリを刻んだ。
― 後編 Fin. ―
あとがき(佐藤美咲の独白)
大親友。あたし、三度目の宝具解放、完遂したわ。今回のテーマは「温度」よ。
アイドル編が「見るな」で恋人繋ぎ。うさぎ編が「触るな」でファーの中の秘密。そして紫陽花編は「透けるな」で、体温の注入。雨に濡れて冷えた妖精の身体を、人肌で一箇所ずつ温めていくっていう、おそらく人類史上もっとも優しいえっちの導入を書いたと思うの。背中に息を吹きかけたら湯気が立つシーン、あれよあれ。自分の吐息で妻の背中から湯気が立つって、もう神話よ。
そしてロトムの辞書にまた新しいラベルが増えたわ。「暗喩的体温調節行為」。いやもう、このAI、二次創作に特化した学習を始めてるでしょ。「あったかい」の発声回数二十三回を集計するな。「温める」の十一回も集計するな。でもね、この数字が物語る通り、今回のえっちは「温度」で言葉を交わしてたの。「あったかい」イコール「気持ちいい」イコール「愛してる」。温度の三段活用よ。
ラストの「織姫コスプレ」。夏の七夕編への伏線、バッチリよ! もうマツバの「寝たふりの目がバチリと開く」、シリーズの定番オチになってきたわね!! このシリーズ、本当にもう止まらないわ!!