ECHOES OF ECRUTEAK

星と花の小夜曲

― マツバ × イヨリ ―
STARRING MATSUBA & IYORI

途切れることのない指先

マツバには、秘めた渇きがあった。

イヨリの身体に触れるたびに、底のない井戸へ石を落とすような感覚に襲われる。触れても触れても、まだ足りない。唇を寄せても、腕に抱いても、肌を重ねても、いつも満たされない何かが胸の奥で疼いている。イヨリの細い首筋に顔を埋めて髪の香りを吸い込んだ瞬間に、もっと深く、もっと奥まで、この女を丸ごと飲み込んでしまいたいという衝動が喉元まで込み上げてくる。

それは愛だった。そして同時に、欲だった。マツバ自身にも区別がつかないほど、二つは深く絡み合っていた。

だからこそ、マツバは自分を戒めていた。イヨリは華奢で小柄な女だ。マツバの腕の中にすっぽりと収まる身体は、鳥の骨のように軽くて繊細で、力を込めれば折れてしまいそうなほどだった。そして左足には古い後遺症がある。普段の生活では目立たないが、長時間の歩行や無理な体勢、疲労の蓄積によって痛みが表に出てくる。イヨリ自身がそれを隠そうとすることを、マツバは知っていた。痛みを堪えて笑う癖があることも、千里眼を使わずとも見抜いていた。

だから、マツバの欲望には常にブレーキがかかっていた。もっと激しく求めたい。もっと深く貫きたい。もっと長く繋がっていたい。その全てに、イヨリの身体が耐えられるかという問いが影のように付きまとっている。

その夜も、そうだった。

寝室の灯りは、枕元の行灯だけだった。橙色の光が畳の上に柔らかい影を落とし、布団の上に横たわる二つの影を揺らしている。

「マツバさん……」

イヨリの声は、もう甘く蕩けていた。マツバの指が、イヨリの薄い寝間着の襟元からそっと入り込み、鎖骨の窪みを撫でていた。指先が触れる箇所から体温が伝わり、イヨリの白い肌にほんのりと薄紅が差す。

「きれいだね」

マツバの声が低く響いた。イヨリの身体を見下ろす紫の瞳に、欲が滲んでいた。抑制された、しかし確かな欲。寝間着を肩から滑らせると、華奢な鎖骨と、その下になだらかに膨らむ小さな胸が、行灯の光に照らされた。

小さい。本当に、小さい。マツバの手のひらに収まるほどの、慎ましい丸み。だがその控えめな曲線が、マツバの内臓を焼くのだ。たとえウインディの炎に灼かれたとしても、イヨリの肌を前にしたこの渇きの方がずっと苛烈だった。

唇を寄せた。左の乳房に、唇の温度だけを伝えるように触れる。吐息が肌に当たり、桜色の頂がゆっくりと硬くなっていく。

「あっ……」

小さな声。イヨリの指がマツバの髪を掴んだ。その力加減が弱い。華奢な指には力が入りにくいのだ。その弱さが、マツバの加虐心ではなく保護欲を刺激した。壊してはいけない。この身体は、壊してはいけないのだ。

舌先で乳首を舐めた。ゆっくりと、円を描くように。先を急がない。イヨリの身体が受け入れる速度に合わせて、丁寧に。右の乳房にも手を伸ばし、親指の腹で頂を撫でた。左右同時の刺激に、イヨリの背中が微かに反った。

「んっ……マツバさん……気持ちいい……♡」

その声を聞くたびに、マツバの中の渇きが深くなる。もっと聞きたい。もっと甘い声を引き出したい。いつまでもこの声を浴びていたい。底なしの欲が、脊髄を駆け上がっていく。

だが、マツバの目は冷静だった。紫の瞳が、イヨリの身体の細部を観察している。呼吸の深さ。肌の温度変化。筋肉の弛緩と緊張。そして何より、左足の状態。

今のところ問題はない。イヨリの左足は自然に伸ばされていて、痛みを示す兆候は見当たらなかった。

マツバの唇が腹部に降りた。薄い皮膚の下に、肋骨の輪郭がうっすらと見える。華奢だ。この身体が、毎日診療所で患者を診て、包帯を巻いて、薬を配って、立ち仕事をしている。そのたくましさと、見た目の繊細さの落差が、マツバの胸を締め付けた。

下着に指をかけた。ゆっくりと引き下ろすと、イヨリが小さく腰を浮かせて手伝ってくれた。下着が足先から抜ける時、左足がほんの僅かにぎこちない動きをした。マツバはそれを視界の端で捉えたが、まだ問題のない範囲だと判断した。

花弁が露わになった。蜜で潤んだ粘膜が、行灯の光を反射してつやつやと光っている。マツバの指が触れると、イヨリの腰がびくりと跳ねた。

「あっ……♡」

「感じてる?」

「はい……マツバさんの指、あったかい……♡」

中指を蕾に当てた。親指の腹で、小さな突起をゆっくりと撫でる。くるくる、くるくる。急がない。イヨリの身体が求める速度で、丁寧に。

同時に、もう一方の手でイヨリの左足に触れた。ふくらはぎをそっと包み込み、筋肉の状態を確かめる。まだ柔らかい。張りは出ていない。大丈夫だ。

「マツバさん……足……?」

「確認してるだけ。……続けるよ」

マツバの中指が、花弁を割り開いて膣内に滑り込んだ。温かく柔らかい内壁が、指を包み込んだ。ゆっくりと奥まで入れ、イヨリの身体が受け入れる深さで止まった。

「んぁっ……♡ 指が……奥まで……♡」

内壁の上側にある小さな凸を探り当て、くいくいと押した。イヨリの腰が浮き、声が高くなった。

「そこっ……♡♡ マツバさん……そこ、いい……♡」

もっと強く押したい。もっと速く動かしたい。もっと深く掻き回したい。欲望が指先に集まってくる。だがマツバは速度を変えなかった。イヨリの膣壁が指を締め付けるリズムに合わせて、丁寧に、丁寧に愛撫を続けた。

「イヨリ……イきたい?」

「まだ……もう少し……マツバさんに触ってほしい……♡」

「わかった」

マツバは、イヨリが「もう少し」と言う限り、待った。イヨリのペースで。イヨリの身体が求めるままに。底なしの渇きを抱えたまま、それでも急がなかった。

「マツバさん……入れて、ほしい……♡」

イヨリの懇願が来た。潤んだ瞳が、行灯の光で琥珀色に輝いている。マツバは自分を解放し、怒張したものをイヨリの花弁に当てた。先端の熱が敏感な粘膜に触れ、イヨリが息を呑んだ。

「入れるよ。……ゆっくり」

「はい……♡」

先端が花弁を押し開き、少しずつ中に沈んでいった。イヨリの膣壁が、マツバの形を記憶するように締め付けてくる。華奢な身体の中は、驚くほど熱くて、柔らかくて、マツバを溶かすような感触だった。

「あっ……入って……きます……♡」

根元まで到達した。最奥で子宮口にそっと触れる。イヨリの小さな身体にマツバの全てが収まった。その感覚に、マツバの全身が震えた。

もっと奥まで。もっと強く。もっと。渇きが叫んでいる。だが、マツバは動かなかった。まず、イヨリの左足を確認した。

左足のふくらはぎに、右手をそっと添えた。筋肉の状態を指先で読み取る。わずかな張り。まだ痛みが出る段階ではないが、この体勢が続けば負担が蓄積する可能性がある。マツバは、腰を動かす前にイヨリの左脚の位置を微調整した。膝の下にクッションを滑り込ませ、左足首への荷重を逃がした。

「……これで楽?」

「え……? あ……うん、楽です……♡ ありがとう……マツバさん……♡」

イヨリは気づいていなかった。自分の左足に負担がかかり始めていたことに。マツバが、それを先に察知して対処したことに。

マツバが腰を引いた。ゆっくりと、半分ほど抜いて、またゆっくりと押し入れる。一往復ごとに、蜜が溢れ、結合部からぬるりとした音が漏れた。

「あっ……♡ ゆっくり……気持ちいい……♡」

「イヨリ……中が、すごく熱い……」

もっと速く動きたい。もっと激しく突きたい。渇きが脊髄を灼いている。だがマツバの腰は、イヨリの呼吸に合わせた速度を守り続けた。イヨリが息を吸う時に引き、吐く時に入れる。呼吸と律動が同調し、二人の身体が一つの波になった。

「マツバさん……♡ マツバさん……♡ 好き……♡♡」

「僕もだよ……イヨリ……」

マツバの手が、イヨリの頬を撫でた。涙が滲んでいた。気持ちよくて泣いているのか。嬉しくて泣いているのか。おそらく両方だった。マツバの親指がその涙を拭い、代わりに唇を重ねた。

律動が少しだけ速くなった。イヨリの膣壁がリズミカルに締め付けてくる。イヨリの身体が求めている合図だった。マツバはそれに応えて、少しだけ深く突き入れた。

「あっ……奥……♡ マツバさんが奥に……♡♡」

その時だった。

マツバの右手が、イヨリの左足のふくらはぎに触れていた。さっきまで柔らかかった筋肉が、僅かに硬くなっていた。張りが出始めている。快感で身体が強張り、無意識のうちに左足に力が入っているのだ。

マツバの動きが、止まった。

「え……マツバさん……?」

イヨリが困惑した声を出した。あと少しで絶頂に届きそうだったのに、なぜ止まったのか理解できなかった。

マツバは、抜いた。

結合部が離れ、蜜の糸が一本引いて切れた。快感の絶頂に向かっていた身体が、突然空虚になる。イヨリの瞳に戸惑いが浮かんだ。

「マツバ、さん……? どうして……」

マツバは何も言わず、イヨリの左足を両手で包み込んだ。ふくらはぎを親指でゆっくりと押し、硬くなり始めた筋肉をほぐし始めた。

「……あ」

イヨリが、息を呑んだ。マツバの指がふくらはぎを揉みほぐす感触が、張り詰めていた筋肉に沁み込んでいく。痛気持ちいい。イヨリは、自分の左足が強張っていたことに、マツバに触れられて初めて気づいた。

「左足、張ってきてた」

マツバの声は穏やかだった。激情の真っ只中にいたはずなのに、まるで何事もなかったかのように落ち着いていた。怒張はまだ収まっていない。身体は、イヨリの中に戻りたがっている。渇きは一滴も鎮まっていない。それでも、マツバの指はイヨリの左足を丁寧にマッサージし続けていた。

「……気づかなかった」

「うん。君はいつも気づかないからね」

マツバの親指が、ふくらはぎの奥にある固いしこりを見つけた。ゆっくりと圧をかけ、ほぐしていく。イヨリが小さく声を漏らした。

「んっ……そこ、痛い……でも、気持ちいい……」

「ここがいつも固くなるだろう。……覚えてるよ」

マツバの指は、イヨリの左足の地図を完全に記憶していた。どこに古い後遺症の痛みが潜んでいるか。どの筋肉が疲労しやすいか。どの角度で圧をかければ楽になるか。何度も何度も触れてきた指先が、イヨリの左足の全てを知っていた。

足首を両手で包み、くるくると回した。アキレス腱の脇を親指で滑らせ、足裏の土踏まずを圧した。イヨリの身体から、少しずつ力が抜けていく。

「……マツバさん」

「ん?」

「……泣いていいですか」

「どうして?」

「嬉しくて」

涙が、イヨリの目尻から枕へ伝い落ちた。マツバはイヨリの左足を膝の上に乗せたまま、静かにマッサージを続けていた。行灯の橙色の光が、二人の影を畳の上でゆらゆらと揺らしている。

「マツバさんは……いつもそう。私よりも先に、私の足のことに気づいてくれる。……あの時だって、私が我慢してたら、きっとマツバさんは絶対に気づいてた」

「当たり前だよ。……千里眼がなくても、君のことはわかるから」

「でも……途中だったのに。……気持ちよかったのに。マツバさんだって……まだ……」

イヨリの視線が、マツバの怒張に向いた。まだ硬いままのそれが、マツバの我慢を物語っていた。あれほどの快感の中にいたのに、この人は左足の異変に気づいた瞬間に迷いなく抜いた。自分の欲望より、私の足を選んだ。

「……大丈夫。君の足がほぐれたら、続ければいい。急ぐ理由はないから」

マツバの声は、まるで晴れた日の縁側のように穏やかだった。マツバの指がイヨリの足指を一本ずつ丁寧に揉みほぐす。小指から親指へ。関節を軽く引っ張り、血行を促す。冷えやすい足先に、マツバの手のひらの温もりが染み込んでいった。

「……もう、大丈夫です。楽になりました……♡」

「本当に? 無理してない?」

「無理してたら……マツバさんが気づくでしょう?」

イヨリが、涙の跡を残したまま微笑んだ。マツバの胸が、ぎゅっと締め付けられた。

再開する時、マツバはイヨリの体勢を変えた。

イヨリを横向きに寝かせ、左足が下側に来ないようにした。左足を上にして、マツバの腰の上に軽く乗せる形にした。これなら左足に荷重がかからない。膝を軽く曲げた状態で、マツバの手がいつでもふくらはぎに届く位置にある。

「この体勢なら、足に負担がかからないだろう」

「マツバさん……本当に、いつも……」

「ごめんね。こんな体勢で」

「ううん。……マツバさんが考えてくれた体勢だから。好き」

マツバが後ろからイヨリの中に入った。イヨリが先ほどの中断で一度冷めかけた身体が、再びマツバの熱を受け入れて蕩けていく。

「あっ……♡ また……入って……♡」

ゆっくりと腰を動かした。さっきよりもさらに丁寧に。一突きごとに、マツバの右手がイヨリの左のふくらはぎに触れ、筋肉の状態を確認していた。愛撫と確認が、同じ手で同時に行われている。

「マツバさん……♡ ずっと……足、触っててくれるの……♡」

「うん。……足をマッサージしながら、こうしてる方が……僕も安心するんだ」

マツバの左手がイヨリの胸に回り、乳首を指先で転がした。右手は左足のふくらはぎを優しく揉みながら、腰はイヨリの奥を丁寧に突いている。三つの動作が同時に行われていた。そのどれもが、イヨリへの愛だった。

「あっ……んっ……気持ちいい……♡ 胸も……中も……足も……全部……♡♡」

「イヨリ……もう少し……深くしてもいい……?」

「いい……♡ もっと……♡」

マツバが少しだけ深く突き入れた。子宮口に触れるか触れないかの深さで、ゆっくりと引き、また押し入れる。イヨリの膣壁がリズミカルに締め付けてくる。絶頂が近いことを示す収縮だった。

「来る……♡ マツバさん……来ます……♡♡」

「一緒に……」

マツバの右手がイヨリの左足を包み込んだまま、腰が最後の深い一撃を放った。

「イヨリっ……!」

「マツバさんっ……!♡♡」

同時に果てた。マツバの精がイヨリの最奥を満たし、イヨリの膣壁がそれを余さず受け止めた。絶頂の波が二人の身体を同時に貫き、長い長い震えが、行灯の影を揺らした。

「はぁっ……はぁっ……♡♡ マツバさん……♡♡」

余韻の中で、マツバの右手はまだイヨリの左足を包み込んでいた。ふくらはぎの筋肉は柔らかいままだった。痛みの兆候はない。マツバは、安堵の息を漏らした。

事後。布団の中で、イヨリはマツバの胸に頬を寄せていた。

「マツバさん」

「うん」

「さっき……途中で止まってくれた時。マツバさんはまだ全然満足してなかったでしょう」

マツバは少し沈黙した。嘘をつくべきか、正直に言うべきか。イヨリの目が真っ直ぐにこちらを見ていた。嘘は通用しない目だった。

「……うん。正直、全然足りなかった」

「でも、抜いてくれた」

「君の足の方が大事だ」

「それ……言わないでください。泣いちゃうから」

「もう泣いてるよ」

マツバの指が、イヨリの頬を伝う涙を拭った。イヨリが苦笑して、マツバの胸に顔を押し付けた。

「……マツバさんの欲、わかってます。……もっとしたいって、いつも思ってくれてること」

マツバの心臓が跳ねた。見透かされていた。

「もっと激しくしたいのに、我慢してくれてる。もっと長くしたいのに、私の足を気にして早めに終わらせてくれてる。……全部、わかってます」

「……ごめん」

「謝らないで。……嬉しいんです。マツバさんが我慢してくれてるの、全部。それが全部、愛なんだって……わかるから」

イヨリの手が、マツバの手を探った。指を絡ませ、ぎゅっと握った。華奢な指の、弱い力の、それでも必死の握力。

「だから私も……マツバさんが満たされるまで、何度でも、付き合いますから。足のことは、マツバさんに任せるから。……マツバさんの指先が、いつも私の足を守ってくれてるから」

マツバの目が、じわりと熱くなった。イヨリの指を握り返した。

「……ありがとう」

「ありがとうは、こっちのセリフよ」

イヨリが珍しく、敬語を崩して笑った。その笑顔が、今夜一番美しかった。

行灯の火が、ふっと小さく揺れた。二人の影がひとつに重なり、畳の上でゆらゆらと踊っている。枕元でマツバの指がイヨリの左足の甲をそっと撫でている。意識して触れているのではない。もう癖になっているのだ。イヨリに触れる時、必ず左足に手が伸びる。確認する。守る。その一連の動作が、マツバの愛の形だった。

途切れることのない指先。それが、マツバの全てだった。

― Fin. ―

あとがき(佐藤美咲の独白)

主。あたし、この原稿を書きながら三回泣いたわ。

一回目は、マツバが挿入中に迷いなく抜いたシーン。あの「底なしの渇き」を抱えたまま、それでもイヨリの足を選んだ。怒張したままなのに、「大丈夫。君の足がほぐれたら、続ければいい。急ぐ理由はないから」って。この台詞がどれだけ重いかわかる? あの状態で、理性を保つだけじゃなく、穏やかに笑えるの。それがマツバよ。

二回目は、再開する時にイヨリの左足に負担がかからない体勢を選んだところ。快楽の体勢じゃない。イヨリの足を守る体勢。右手でふくらはぎを揉みながら腰を動かす。三つの愛撫を同時に行う。胸と、中と、足と。全部が愛なのよ。

三回目は、最後のイヨリの「ありがとうは、こっちのセリフよ」。敬語を崩すの。ここだけ。この一瞬だけ、イヨリの心の壁が完全に消える。それがどれだけマツバを救ったか。

底なしの欲を持ちながら、それを愛で律する男。それがマツバ。あたしの書いてきた数々のマツイヨの中で、このマツバが一番好きかもしれない。