「……おや。それは何だい、イヨリちゃん?」
エンジュの伝統的な日本家屋、その縁側に差し込む柔らかな午後の光。マツバは、手入れの行き届いた庭を眺めながら、イヨリが大切そうに手にしていた一通の手紙に視線を留めた。彼の声は、いつも通り穏やかで、清流のように心地よい。しかしその紫色の瞳の奥には、彼にしか見えない「不純な予兆」を捉える鋭い光が宿っていた。
「あ……これ。以前、お世話になったコガネシティの医学会の先生からなんです。来月、大規模な医療セミナーがあるそうで……もしよければ、参加してみないかって、招待状をくださったんです」
イヨリは少しだけ期待に満ちた瞳で手紙を見つめていた。かつて薬事の心得を学び、今はエンジュで密かに医術の腕を振るう彼女にとって、外界の新しい知識、そして自分と同じ道を志す人々との交流は、眩しいほど魅力的なものに思えたのだ。それは彼女にとって、マツバへの依存から自立するための、小さな、しかし確かな一歩のように思えていた。
「コガネシティ……。あそこは人も多く、街全体がせっかちで騒がしい場所だ。……君のような繊細な女性には、少し毒が強すぎる気がするけれど。……それに、あの街の人々は、物事をすべて『効率』と『金銭』で測ろうとする傾向がある。……君という美しい存在も、彼らにとってはただの『資源』に映るかもしれない」
マツバはスッとイヨリの影に入るように、彼女の背後に立った。彼の長い、冷ややかな指先が、イヨリの肩を優しく、しかし確実に捕らえる。その感触は、まるで見えない鎖を一本ずつ巻き付けていくような、不思議な重圧感を伴っていた。
「……でも、新しい治療法を学べれば、この街の人たちの役にも立てますし……それに、少しだけ……外の世界を見てみたいという気持ちもあって。……いつまでも、マツバさんに甘えてばかりはいられませんから」
「外の世界、か。……ふふ。君は本当に純粋で、そして残酷だね、イヨリちゃん。……いつまでも甘えていいんだよ。……いや、むしろ僕以外の誰にも甘えられない僕専用の君になってほしいと思っているくらいなんだ」
マツバの声が、一オクターブだけ低くなった。彼はイヨリの耳元に唇を寄せ、まるで物語を読み聞かせるような慈愛に満ちた口調で、彼女の古傷を優しく、しかし確実に抉っていく。かつて死の淵にいた彼女を救い上げたのは誰だったか、止まった時間を動かしたのは誰だったか。……手紙は、彼の圧倒的な愛情という名の目に見えない重力(おもみ)によって、その輝きを音もなく失っていった。
その日の夜から、マツバの「愛の包囲網」はより具体的、かつ徹底された形で展開された。彼は、セミナーの話題が決してイヨリの口から出ないよう、彼女の五感のすべてを自分一人に向けさせることに腐心した。夕食はマツバが自ら、イヨリの滋養を考え抜いた最高級の懐石料理を用意した。彼は自ら彼女の隣に座り、お箸を取って一口ずつ、まるでお雛様を扱うような手つきで彼女の口へと運んでいく。
「さあ、食べて。……君のために、身体の芯から温まり、精神を穏やかにする貴重な薬草をブレンドして作ったんだ。……君が外の世界で不衛生な食事にさらされるなんて、僕が許せないんだよ」
「……美味しい。……マツバさん、お忙しいのに、いつもこんなに……。……あの、でも、セミナーに行けば……」
「……お料理なんて、一生僕がしてあげる。……君はただ、僕が与えるものを食べて、僕の愛を吸収して、僕の理想とする形に育っていけばいいんだ。……外の世界の人間は、君を『一人の自立した女性』として扱うかもしれない。……でもそれは、君という存在への保護の責任を放棄している不誠実な扱いに過ぎないんだよ、イヨリちゃん」
マツバは空いた手でイヨリの頬を撫でた。そのまま彼は、来月の間ジムを完全に休みにして、秘密の別邸へ二人で行くことを告げた。「ジムの運営よりも、君の魂を平和に保つことの方が、僕にとっては一千倍も価値があることなんだ。……セミナーなんて、君がいなくなってからの僕の寂しさに比べれば、ゴミ同然のものだろう? ……君は、僕を見捨てて、あんな不潔な街へ行くほどに、僕のことが嫌いになったのかい?」
マツバは、イヨリの髪を強く、独占を主張するように一房握りしめた。彼の紫色の瞳が、月の光を反射して怪しく沈む。それは、彼女の「罪悪感」を正確に刺激し、逃げ場を塞いでいく。「……いいえ。マツバさんのこと、嫌いなんて……分かりました。セミナーは、お断りします。……マツバさんと一緒に、どこへでも、ついていきます」
「……ああ、イヨリちゃん。……いい子だ。……最高の返事だよ」
マツバは満足げに目を細め、彼女の首筋に何度も、吸い付くような深い口づけを繰り返した。これでいい。彼女の「外の世界」へと繋がる細い糸を、彼はまた一つ、愛という名の重厚な幕で遮断したのだ。
夜が深まり、屋敷の中に沈黙が満ちると、マツバの執着はより熱く、そして粘着質なものへと変貌していった。彼はイヨリを寝室へと導くと、真新しい、真っ白なシーツの上に彼女を沈めた。行燈の淡い光が、二人の肢体を艶かしく浮かび上がらせる。マツバはイヨリの上に覆いかぶさり、彼女の手首をシーツに押し付けた。彼の熱い吐息が、彼女の顔に濃密にかかる。
「……イヨリちゃん。……君は、僕がいなければ呼吸の仕方も忘れてしまうくらいに、僕に依存していいんだ。……外の世界の不潔な空気を吸い込んで、君の肺が汚される必要なんてどこにもない……」
「マツバ、さん……。……お、重いです……。マツバさんの、瞳……こわいくらいに……っ。……でも、すごく、綺麗……」
「……怖い? ……ふふ、それは僕の愛を、君の魂が正しく認識している証拠だよ。……さあ、今夜は、君という存在のすべてを、僕の形に書き換えてあげよう。……一箇所も、外の世界の痕跡を残さないように」
マツバはイヨリの着物の合わせに手をかけ、慎重に、しかし一片の躊躇もなく帯を解いていった。衣擦れの音が、静かな寝室に響く。露わになった白い肌に、行燈のオレンジ色の光が差して、陶器のような艶を放つ。マツバはイヨリの首筋に唇を寄せ、吸い付くような激しい口づけを刻んだ。ジュ、という湿った音が響き、白い肌にどす黒いほどの赤紫色の痕(マーキング)が浮き上がる。
「ひゃいっっ……! ま、マツバさん……っ。……そんなに、強く……っ♡」
「……君が明日鏡を見るたびに、『僕はマツバ様のものなんだ』と思い出せるようにね。……恥ずかしがる必要なんてない。……これは僕のものなのだから」
マツバの舌は、首筋から鎖骨へと、とろとろに蕩けさせるように這(は)っていった。鎖骨の窪みに溜まった微かな汗を掬い取り、そのまま柔らかな乳房の膨らみへと辿り着く。彼は頂を攻める前に、その周囲を円を描くように執拗に撫で、じらした。イヨリは甘くて可愛らしい喘ぎ声を漏らしながら、彼の広い背中にしがみついた。マツバは反り返った彼女の背中を支えるように抱き寄せ、ついにその赤い突起をパクりと口に含んだ。吸い上げながら、歯を立てて軽く、しかし鋭く噛む。
「ふああっ、んんっ! んあああ、はぁっ、だ、め……っ♡ あ、あつい……マツバさんの、お口、あついですぅっ……!!」
イヨリの全身が、快楽の電流に打たれたように激しく痙攣する。マツバはもう片方の手で彼女の下腹部へと進み、すでにトロンとした蜜を溢れさせていた場所を、直接指で確かめた。セミナーのことなんて一文字も思い出せないくらいに、彼女を蕩けさせるために。マツバは自身の衣類を脱ぎ捨て、自身の熱く硬く張り詰めたものを、彼女の入り口へと押し当てた。亀頭が触れただけで、イヨリの腰が「ひゃいっ!」と高く跳ねた。さあ、僕を迎え入れて、僕を突き刺して。
マツバは腰をゆっくりと、しかし容赦のない重みを持って一番奥底の子宮口まで叩き込んだ。入り口がミシリと軋み、強引にこじ開けられる。「アッ!! ……ひぅ、んんんっ!! ……大きい、ですよ……っ、マツバさんの……っ♡ 全部、入っちゃ、った……!!」
イヨリは大きく口を開け、酸素を求めるように喘いだ。内壁がきゅううううっと激しく痙攣し、侵入者を逃がさないように本能で締め上げる。「……はぁ、はぁ。……いい締め付けだ。……君の中は、相変わらず僕を殺してしまうくらいに、極上だね」
マツバはそう言って、再び腰を引くと、次は最深部を抉り取るように、執拗に突き立てた。パチンッ、という肉と肉がぶつかり合う凄絶な音と、グチュッという水音が、薄紫色の薫香が満ちる部屋に響き渡る。行燈の影が壁で大きく揺れ、二人の怪物が交わっているかのような錯覚を与える。
「あっ、ああんっ! んっ、ひぅ……! マツバさ、んっ、すご, い……っ♡ あ、そこっ……だめっ、マツバさん、そこ、あつい……っ!!」
マツバは、彼女が「だめ」と言った場所、神経が最も密集している敏感な一点を、破壊を伴うような執拗さで叩き続けた。その突き上げ一つ一つに、イヨリの意識は白濁し、世界はマツバという熱塊だけへと縮小していく。「だめなのかな? ……いや、ここを突かれるたびに、君の中は僕を必死に吸い込もうとしているよ。……ほら、もっと奥へいこう。……君が壊れる瞬間を、僕に見せて!」
「んんっ!! ……あ、あぁっ!! ……し、しんじゃうっ、イクッ、イクのっ! マツバさんっ、もう、イっちゃいますっ……!! お願い、いっぱい、だしてぇっ……!!」
イヨリはマツバの首を折らんばかりの力で抱きしめ、両脚を彼の腰に絡めつけた。その甘くて脆い、理性を失った嘆願が、マツバのサディスティックな支配欲を臨界点まで押し上げる。「いいよ! ……君を僕無しでは呼吸できない廃人にしてあげよう! ……僕の愛を、全部飲み干して!!」
マツバは真正面から彼女を抱きすくめ、耳たぶに歯を立てながら、怒涛の勢いで腰を叩きつけた。衝突音が激しさを増し、シーツが二人の汗と熱気でぐちょぐちょに濡れていく。結合部から溢れ出した蜜が、マツバの腿を伝い、畳へとこぼれ落ちた。「アァーーーーッ!! ……アァッ!! ……ア、アッ……!!」
イヨリは大きく背中をそらし、白目を剥いて激しい絶頂の波に飲み込まれた。脳内を数千ボルトの快楽の稲妻が走り抜け、医学も、過去も、未来も、すべてが真っ白な光の中に消滅した。それと同時に、マツバも彼女の胎内の最深部に、自らの熱い精を、ドロドロと溢れかえるほどの勢いで一気にぶちまけた。排出の衝撃は長く続き、マツバは自身のソレを抜くこともできず、彼女の奥底で脈打たせ続けた。一滴も逃さぬよう、彼は奥底で長く、重く、自らを繋ぎ止めていた。……僕の種で、君の全部を塗り替えたい。
数時間後。事果てた後、マツバはぐったりと横たわるイヨリを抱き寄せ、彼女の汗ばんだ額に静かに語りかけていた。外では既に夜が明け、障子越しに白んだ、どこか現実味のない光が差し込んでいる。「……ねえ、イヨリちゃん。……おはよう。……気分はどうかな?」
マツバの低い、どこまでも穏やかな囁きに、イヨリが微かに瞼(まぶた)を震わせた。彼女の瞳には、もはや昨日あったような外界への期待の光は一切なく、ただ主であるマツバを映すことにのみ特化した、深い依存の色が沈んでいた。「……マツバ、さん……。……すごく、しあわせです……。私、もう……どこへも、行きたくないです……。死ぬまで、この屋敷の中で……マツバさんの、おもちゃにしていてください……」
イヨリの口から出たその甘美な敗北宣言。それは、マツバが時間をかけて、彼女の意識を少しずつ塗り替えてきた教育の最高の結果だった。マツバは満足げに、昨日彼女を惑わせたセミナーへの招待状を取り出し、彼女の目の前で、音を立ててゆっくりと、粉々に破り捨てた。ビリ、ビリという音が、静かな寝室に心地よく響く。
「……これでいい。……君を僕から引き離そうとする不純物は、すべて僕が、慈悲深く消し去ってあげよう。……君は、この白くて静かな檻の中で、僕の愛を食べて、僕のためだけに咲き続ける、たった一つの白百合でいればいいんだよ」
「……はい。……マツバさん。……大好きです」
破られた手紙の破片が、畳の上で雪のように舞い、消えていく。それは、イヨリが外部の世界と繋がる最後の回路が、幸福に断たれた瞬間だった。エンジュの朝霧は、今日もしっとりと、二人を包み込み、外界との境界を曖昧にしている。誰の助けも届かない、深紫色の檻の中で。イヨリは、自分を縛るマツバの腕を心地よいと感じながら、再び深い眠りの底へと落ちていく。それは、逃げ場のない愛に守られた、絶対的に正気(あたた)かな地獄の完成だった。
了