ECHOES OF ECRUTEAK

星と花の小夜曲

― マツバ × イヨリ ―
STARRING MATSUBA & IYORI

紳士の仮面が剥がれる夜

マツバは、紳士でありたかった。

少なくともイヨリの前では。穏やかに微笑み、余裕のある言葉を選び、決して取り乱さない大人の男。それがマツバの理想像だった。千里眼を持つエンジュシティジムリーダーという肩書きに相応しい、泰然自若の男。イヨリがどんなに可愛くても、どんなに無防備な姿を晒しても、自分は冷静でいる。そういう自分でありたかった。

だが現実は、そう甘くなかった。

問題は、イヨリに「煽っている」という自覚が一切ないことだった。

最初の一撃は、風呂上がりだった。

マツバが居間で書類を整理していると、廊下の向こうから足音が聞こえた。浴室の扉が開く音。湯気の匂い。そしてイヨリが居間に入ってきた。

薄手の浴衣一枚。帯の結び方が甘くて、襟元が緩んでいる。鎖骨のラインが丸見えで、その下の胸元の谷間の影が薄暗い布地の奥にちらりと覗いた。濡れた黒髪が項に貼りつき、水滴が首筋を伝い、鎖骨の窪みに溜まっている。風呂上がりの肌は薄紅色に上気し、頬から耳たぶにかけて血色のいい赤が差していた。

「マツバさん、お先にいただきましたー」

のんきな声。当人には何の邪気もない。ただ風呂から上がってきただけ。だが、マツバの紫の瞳は一瞬で全てを捉えていた。緩んだ襟元。濡れた項。首筋を伝う水滴。浴衣の薄い布地越しに透けて見える乳首の桜色の影。

マツバの手が、書類の上で止まった。

紳士であれ。紳士であれ。紳士であれ。

「……ああ。お疲れ様」

声は平静だった。顔にも動揺は出ていないはずだ。マツバの自己制御能力は、ジムリーダーとしての訓練で鍛え上げられている。表情筋の一つ一つを意思で制御できる。だが、その裏側で、紫の炎が脊髄を灼いていた。

イヨリが、マツバの隣に座った。温泉上がりの石鹸の匂いが鼻腔を擽った。湿った空気がマツバの肌に触れた。イヨリは何の気なしにタオルで髪を拭き始めた。その動作のたびに、浴衣の襟元がさらに開いた。

見るな。見るな。見るな。

マツバは視線を書類に固定した。だが視界の端で、イヨリの白い肌が揺れている。髪を拭く腕の動きに合わせて、浴衣の肩が滑り、右肩がむき出しになった。

「……イヨリ、浴衣が」

「あ、ごめんなさい。すぐ着替えますね」

イヨリが浴衣の襟を直した。だがその直し方が不完全で、むしろ谷間が強調される結果になった。本人は気づいていない。マツバの奥歯が、きり、と軋んだ。

第二撃は、三十分後だった。

イヨリは結局着替えないまま、マツバの隣でスケッチブックを広げていた。診療所で使う薬草の分類図を描いているらしい。真剣な横顔。眉間に少し皺を寄せて、ペン先に集中している。

マツバは自分の書類に意識を戻そうとしていた。紳士であれ。冷静であれ。だが、その努力は次の瞬間に粉砕された。

「マツバさん、ここに〈マヒ〉って書いてあるの、読めますか? 字が潰れちゃって……」

イヨリがスケッチブックを差し出してきた。マツバの顔の前に。つまり、イヨリの身体がマツバの方に傾いた。

腕と腕が触れた。浴衣越しの、風呂上がりの温かい肌。石鹸と湯の匂いが、至近距離で鼻腔に飛び込んできた。そしてイヨリの胸が、マツバの二の腕にそっと押し当てられた。小さい。だが確かに柔らかい。布越しでもわかる弾力が、マツバの筋肉に伝わった。

イヨリは気づいていない。胸が当たっていることに、一切気づいていない。スケッチブックの文字に集中しているからだ。

「ほら、ここです。……〈マヒ〉か〈マビ〉か、どっちだと思いますか?」

マツバの全神経が、右腕に密着しているイヨリの胸の感触に奪われていた。柔らかい。温かい。呼吸に合わせて微かに膨らんだり萎んだりしている。その微細な動きが、右腕の神経を通じて脊髄に伝わり、下腹部に降りていく。

紳士であれ。紳士であれ。紳士であれ。

「……〈マヒ〉だと思うよ」

声が僅かに掠れた。マツバは自分の喉を呪った。

「ありがとうございます!」

イヨリがにっこりと笑って、身体を離した。マツバの右腕から、温もりと柔らかさが消えた。その喪失感が、欲望に変換されて下腹部に蓄積した。

第三撃。致命傷。

午後十時を過ぎていた。イヨリが眠くなってきたらしい。スケッチブックを閉じ、大きな欠伸をした。小さな口が丸く開き、八重歯がちらりと覗いた。涙が目尻に浮かんで、ぱちぱちと瞬いた。

「……眠くなっちゃいました」

まだ書類が残っていたマツバに背後から近づいた。マツバの背中に、ぽすりと額を押し当てた。

「マツバさん、あったかい……」

背中に、イヨリの吐息が当たった。温かくて、湿っていて、微かに甘い。吐息のたびに浴衣の薄い布地越しに、イヨリの胸がマツバの背中に押し付けられた。眠いせいで甘えているらしい。無意識に、マツバの背中に身体を預け、頬を擦りつけてきた。

「んー……もうちょっとだけ……こうしてていいですか……」

マツバの書類を持つ手が震えた。

紳士であれ。マツバ、紳士であれ。お前はエンジュシティジムリーダーだ。千里眼を持つ霊能の家系の長だ。理性で己を律する男だ。ここで振り返ってはいけない。振り返ったら、もう止まれない。

イヨリの手が、マツバの腰にぐるりと回った。背中から抱きつく形になった。頬がマツバの肩甲骨の間に密着し、柔らかい胸が背中に潰れた。太腿がマツバの腰に触れている。浴衣が乱れて、素足の膝がマツバの腰骨に当たった。

「マツバさぁん……おふとんいきましょ……」

眠くて舌が回っていない甘い声。浴衣の乱れた裾から覗く白い太腿。背中に押し付けられた柔らかい胸。腰に絡みつく細い腕。石鹸と花の匂い。

マツバの中で、何かがぷつりと切れた。

書類が畳の上に散らばった。

マツバが振り返った。イヨリが「え?」と声を出す前に、両肩を掴まれ、仰向けに押し倒された。後頭部に座布団が滑り込んだのは、最後の理性の残滓だった。

「マツバ、さ――」

唇を奪われた。優しいキスではなかった。唇を噛むように押し開き、舌を差し込み、口腔の奥まで蹂躙するような深い口づけ。マツバの舌がイヨリの舌を押さえ込み、巻き上げ、吸い上げた。

「んんっ……!? んむっ……ちゅ……♡!?」

イヨリの目が見開かれた。眠気が一瞬で吹き飛んだ。マツバの紫の瞳が、至近距離で燃えていた。いつもの穏やかな光ではない。獣の目だった。飢えた、切迫した、理性の枷が外れた目。

「マツ、バ、さ……んっ……♡♡」

キスが終わらない。呼吸する隙すら与えない。唇を離したかと思えば、角度を変えてまた塞ぐ。舌と舌が絡み合い、唾液が溢れて唇の端から顎を伝った。

ようやく唇が離れた時、二人の間に長い唾液の糸が引いた。イヨリの目は驚愕と興奮で潤み、唇が唾液で濡れて艶やかに光っていた。

「マツバさん……どう、したの……急に……」

「君のせいだ」

マツバの声が低かった。いつもの穏やかな声ではない。喉の奥から絞り出すような、抑制を諦めた声。

「え……? 私、何か……」

「全部だよ。風呂上がりの浴衣。緩んだ襟元。濡れた項。僕の腕に胸を押し付けて。背中に抱きついて。太腿を見せて。……全部、君のせいだ」

「え、え、えっ……!? わ、私、そんなつもり……」

「わかってる。つもりがないから性質が悪い」

マツバの手が、イヨリの浴衣の帯紐を引いた。するりと解けた。浴衣が左右に割れ、白い身体が晒された。下着は着けていなかった。風呂上がりにそのまま浴衣を羽織っただけだったのだ。

マツバの目が、一瞬だけ見開かれた。

「……下着、着けてなかったのか」

「だって……お風呂上がりだし……すぐ寝るつもりだったから……」

「……もう無理だ」

マツバの最後の理性が蒸発した。

マツバの口が、イヨリの首筋に噛みついた。噛みつく、という表現が正しかった。いつものような唇だけの愛撫ではない。歯を立てて、吸い上げて、痕を刻んだ。首筋に赤い痕が浮かび上がった。

「やっ……!♡ マツバさん……痕が……つく……♡」

「つけたい。……僕のだって、わかるように」

マツバの声が熱を帯びていた。普段の穏やかさの欠片もない。所有欲が剥き出しになった、生々しい声。

口が鎖骨を越え、胸に降りた。右の乳房を口に含み、乳首を舌で押し潰した。強く吸い上げ、歯先で軽く挟んだ。

「ひぁっ……!♡♡ いつもより……強い……っ♡」

「今日は加減できない。……ごめん」

謝りながら、もう一方の乳房にも口を移した。交互に吸い上げ、舐め回し、噛み、両方の乳首が赤く腫れるまで愛撫した。イヨリの背中が反り、指がマツバの髪を掴んだ。

マツバの手が、イヨリの太腿の内側を滑った。膝の内側から、ゆっくりと上へ。指先が花弁に触れた瞬間、粘つく蜜の感触がマツバの指を包んだ。もう、こんなに。

「……すごく濡れてる」

「だって……マツバさんが、いつもと違うから……身体が……勝手に……♡」

マツバの指が花弁をかき分け、膣口に中指を差し込んだ。一気に。ぬるりと蜜に滑って、根元まで入った。イヨリの身体がびくんと跳ねた。

「あっ……!♡ いきなり……奥まで……♡」

「いつもみたいに、ゆっくり慣らしてる余裕がない」

指をかき回した。ぐちゅぐちゅと水音が鳴る。蜜が溢れて、マツバの手首を濡らし、畳に滴った。薬指も追加し、二本の指で内壁を広げた。イヨリの腰が浮き、声が裏返った。

「やぁっ……♡♡ 二本……っ、一気に……!♡ マツバさんっ……」

「もう入れる。……待てない」

マツバの着物が解かれた。怒張したそれが、イヨリの視界に入った。いつも以上に硬く、いつも以上に熱を持っていた。我慢し続けた分だけ、欲望が膨れ上がっていた。

イヨリの両脚を押し開いた。花弁が蜜でぬらぬらと光っている。先端を当てた。

「入れるよ」

「はい……♡ 来て、ください……♡」

一息で、根元まで入った。

「んぁぁっ……!!♡♡ 一気に……全部……!♡♡」

イヨリの身体が弓なりに反った。いつもなら先端だけ入れてゆっくり慣らすマツバが、今夜は一突きで最奥まで到達した。子宮口にぶつかる衝撃がイヨリの全身を貫き、甲高い声が寝室に響いた。

マツバの腰が動き始めた。優しくない。律動は速く、深く、容赦がなかった。くちゅ、くちゅ、ぐちゅ。蜜と肉が擦れ合う音が、畳の部屋に響き渡った。

「あっ、あっ、あっ……!♡ 速い……っ♡ いつもより……全然……っ♡♡」

「ごめん……止められない……」

「止めないでっ……!♡♡ このマツバさんも……好き……っ♡♡」

イヨリの言葉がマツバに突き刺さった。このマツバさんも好き。いつもの優しいマツバだけでなく、理性を失って襲いかかってくるマツバも。その全てを受け入れるという宣言に、マツバの中の獣がさらに暴れ出した。

マツバはイヨリの両脚を持ち上げ、自分の肩に乗せた。この体勢で、さらに深く、さらに強く突き入れた。ぱんっ、ぱんっ、と腰と腰がぶつかる音が響く。

「あぁっ……!♡♡ 奥っ……奥に当たってっ……!♡♡♡」

「イヨリ……っ、イヨリ……っ」

名前を呼ぶ声すら荒くなっていた。いつもの穏やかな声ではない。欲望に濡れた、獣の呼気。マツバの手がイヨリの腰を掴み、自分の方に引き寄せた。爪が白い肌に食い込む。

「あっ、あっ、あっ、あっ……!♡♡ マツバさんっ……激し……っ♡♡♡」

「もう……出る……っ」

「出してっ……!♡ 中にっ……全部っ……♡♡♡」

マツバが最奥で爆ぜた。灼熱の精がイヨリの子宮を満たし、溢れ、太腿に伝い落ちた。射精のたびに腰が痙攣し、何度も何度もイヨリの中で脈打った。

「あぁぁぁっ……♡♡♡ あっつい……!♡ マツバさんのが……中で……いっぱい……♡♡♡♡」

イヨリも同時に絶頂を迎えた。膣壁がマツバを律動的に締め上げ、精を一滴残らず搾り取った。全身が震え、足先から頭のてっぺんまで快楽の電流が駆け抜けた。

だが、一回では終わらなかった。

余韻も収まらないうちに、マツバのそれが再び硬くなった。結合したまま、抜かずに。イヨリの膣内で、マツバの怒張が再び存在を主張し始めた。

「え……マツバさん、まだ……?」

「……ごめん。一回じゃ足りない」

マツバの目が、まだ燃えていた。一回分の射精では、蓄積された欲望は全く鎮まっていなかった。紳士の仮面の下に何ヶ月も押し込めてきた渇きが、一度堰を切ったらもう戻せなかった。

イヨリの身体をひっくり返した。四つん這いの体勢。後ろから、再び挿入した。精と蜜が混ざり合った膣内はぬるぬると滑り、抵抗なくマツバを受け入れた。

「んぁっ……!♡ 後ろから……♡」

「この体勢の方が……深くまで届く……」

腰を叩きつけた。ぱんっ、ぱんっ、ぱんっ。臀部にマツバの腰がぶつかる衝撃が、イヨリの全身を揺らした。四つん這いの腕が崩れ、顔が枕に沈んだ。

「やぁっ……♡♡ 深っ……!♡ この体勢……奥に直接……っ♡♡♡」

マツバの手がイヨリの腰を掴み、引き寄せながら突き入れた。ぐちゅぐちゅと、先程の精液が掻き出される淫猥な水音が部屋に響いた。結合部から白い泡が零れ、太腿を伝い落ちた。

「マツバさんっ……激しすぎっ……でもっ……いいっ……♡♡♡」

「イヨリ……っ、中が……まだこんなに……締めて……」

「だってっ……マツバさんが……激しくするからっ……身体が……勝手にっ……♡♡♡」

マツバの手が前に回り、イヨリの蕾を指先で捏ねた。後ろからの激しい突き上げと、前からの的確な刺激。二重の快感にイヨリの身体が痙攣した。

「ダメっ……!♡♡ 両方はっ……!♡ またイっちゃうっ……♡♡♡」

「イって。……何回でも」

マツバの腰が最後の加速をした。獣のような律動が、イヨリの華奢な身体を揺さぶった。

「あっあっあっ……!♡♡♡ イくっ……!♡♡ マツバさんっ……♡♡♡♡」

二度目の絶頂が来た。イヨリの膣壁が痙攣し、マツバを絞り上げた。マツバも同時に吐き出した。二度目の精液が、一度目の残滓と混じり合い、イヨリの子宮をたぷたぷに満たした。溢れた白い液が結合部から零れて敷布に広がった。

「あぁぁっ……♡♡♡♡ また……中に……♡♡♡♡」

二回目が終わった後、マツバの動きがようやく止まった。

荒い呼吸が、少しずつ収まっていく。紫の瞳から獣の光が消え、いつもの穏やかな色が戻ってきた。そして、自分が何をしたかを正確に認識した瞬間、マツバの顔が蒼白になった。

「イヨリ……っ、ごめん……!」

慌ててイヨリの身体を仰向けにし、顔を覗き込んだ。イヨリの頬は涙で濡れていた。首筋にはキスマークが赤く残り、腰にはマツバの指の痕が薄く浮かんでいた。

「痛かった……? 乱暴にしすぎた……本当にごめん……」

マツバの声が震えていた。後悔と自責が滲んでいた。紳士でありたかったのに。優しい男でいたかったのに。理性を失って、華奢な身体を乱暴に扱ってしまった。

イヨリが、目を開けた。涙で潤んだ茶色の瞳が、マツバを見上げた。

そして、笑った。

「……ふふっ」

「……え?」

「マツバさん、やっと正直になってくれた」

マツバの思考が停止した。

「……え?」

「気づいてたんですよ。マツバさんがいつも我慢してること。本当はもっと激しくしたいのに、私の身体を気にして加減してくれてること。……ずっと、わかってた」

マツバの紫の瞳が、見開かれた。

「でも、マツバさんは絶対に自分からは変わらないでしょう? いつも紳士でいようとするから。だから……」

イヨリが、僅かに目を逸らした。頬が、快感の余韻とは別の赤みを帯びた。

「……だから私、今日、ちょっとだけ……」

「ちょっとだけ?」

「……浴衣の帯、わざと緩く結びました。……下着も、わざと着けませんでした」

沈黙が落ちた。

マツバの脳が、今夜の出来事を猛烈な速度で再生した。緩んだ襟元。透けた乳首。腕に押し付けられた胸。背中への密着。浴衣から覗いた太腿。下着を着けていなかった事実。

全部、わざと。

「……イヨリ」

「はい」

「……君は、無意識だと思ってた」

「半分は無意識です。腕に胸が当たってたのは本当に気づいてませんでした。……でも、帯と下着は……」

イヨリの声が小さくなった。恥ずかしさで消え入りそうになっている。

「マツバさんの紳士の仮面、剥がしてみたかったの。……ごめんなさい」

マツバは、数秒間沈黙した。

そして、深い溜息を吐いた。額に手を当てて、天井を仰いだ。

「……負けた」

「え?」

「完敗だよ。千里眼を持つ男が、君の策略に気づかなかった。……僕の目は節穴だ」

マツバが苦笑した。その顔には自責はもうなかった。代わりに、憑き物が落ちたような晴れやかさがあった。

「じゃあ……怒ってない?」

「怒るわけないだろう。……ただし」

マツバの紫の瞳が、ちろりと光った。穏やかだが、奥に小さな炎が揺れている。紳士の目と獣の目が、絶妙に混ざり合った色。

「次にあんなことをしたら、今夜どころじゃ済まないよ」

イヨリの背筋に、甘い戦慄が走った。

「……楽しみにしてます」

マツバがイヨリの額にそっと唇を落とした。優しいキス。紳士のキス。だがその瞳の奥で、獣がまだ微かに息をしていた。

仮面は、もう元には戻らない。イヨリがそれを剥がしてしまったから。

でも、それでいい。イヨリは、仮面の下のマツバも愛しているのだから。

― Fin. ―

あとがき(佐藤美咲の独白)

主。あたしの心臓がまだバクバクしてるわ。

前二作で「優しいマツバ」を極限まで描いたからこそ、今回の「理性崩壊マツバ」が映えるのよ。いつも加減してくれる男が加減できなくなった時の破壊力。書いてて手が震えたわ。

三段階の煽りの構成にこだわった。第一撃は視覚(風呂上がりの浴衣)。第二撃は触覚(腕に押し付けられる胸)。第三撃は嗅覚と全身(背中への密着と甘い吐息)。五感を段階的に攻略されて、マツバの理性が一枚ずつ剥がれていくの。

そしてオチ。イヨリが実はわざとやってたっていう逆転。でも「半分は無意識」なのがポイント。帯と下着は計算だけど、胸が当たってたのは本当に気づいてない。この絶妙なバランスがイヨリなのよ。天然と計算の境界線上に立つ女。

「このマツバさんも好き」。この一言で全てが救われる。マツバが自己嫌悪に陥りかけた瞬間を、イヨリが愛で受け止める。優しいマツバも激しいマツバも、全部含めて愛してる。それが二人の関係の真髄よ。