背中から抱きしめて、蕩けるまで
背中から抱きしめて、蕩けるまで
* * *
八月の終わり、エンジュシティの暑気はまだ衰えを知らなかった。
日中の容赦ない日差しが古い街並みを焼き、瓦屋根や石畳に蓄えられた熱が、日が傾いた今もなお、じわじわと大気に滲み出している。蝉の声は夕暮れと共に途絶えたが、代わりに草叢から忍び出す秋の虫の声が、まだ暑さの残る夜の空気に細い銀の糸を紡ぎ始めていた。
立秋はとうに過ぎたというのに、残暑の勢いは一向に弱まらない。古都の夏は、往生際が悪いのだ。
マツバの旧宅は、エンジュの街の東端、スズの塔にほど近い一画にひっそりと佇んでいる。築百五十年を超える由緒正しい日本家屋は、夏になると独特の表情を見せた。深い軒が強い日差しを遮り、磨き上げられた板張りの廊下に涼しげな影を落とす。障子を開け放てば、手入れの行き届いた庭から風が通り抜け、風鈴の澄んだ音色が家中に染み渡る。
しかし今夜は、風がない。
庭の風鈴はぴくりとも揺れず、行灯の炎すらも微動だにしない。空気が、じっとりと肌に纏わりついて離れない。
星野イヨリ——いや、今は姓を変えてマツバの妻となったイヨリは、浴室から上がったばかりだった。
夏用の薄手の浴衣に袖を通し、濡れた黒髪をタオルで軽く拭きながら、ひんやりとした板張りの廊下を裸足で歩く。風呂上がりの火照った身体に、廊下の木の冷たさが心地よい。
左手首のアステア・システムの腕輪が、風呂上がりの体温上昇を検知して微かに振動したが、異常値ではないと判断したのか、すぐに沈黙した。
台所に入り、冷蔵庫を開ける。
今朝仕込んでおいた麦茶のガラスピッチャーを取り出し、グラスに注いだ。琥珀色の液体が、氷にぶつかってからからと涼やかな音を立てる。
一口含むと、冷たさが喉から胃の腑へと流れ落ち、風呂上がりの身体を内側から心地よく冷やしてくれた。
ふう、と小さく息をつく。
今日は一日、往診で駆け回っていた。夏バテで食欲の落ちたウインディの点滴、熱中症気味のマリルリの経過観察、そして出産間近のミルタンクの容態確認。ポケモンドクターの夏は、人間の医者と同じくらい忙しい。
帰宅したのは午後七時を少し回った頃で、マツバはまだジムから戻っていなかった。
先に夕飯の支度を済ませ、一人でシャワーを浴びた。
――マツバさん、今夜は遅いのかな。
壁掛けの古い時計を見上げる。午後八時四十分。
夏場はジムの営業時間が延長されるため、帰りが遅くなることもある。今日は挑戦者が多かったのだろうか。
麦茶のグラスを両手で包みながら、イヨリは何となく、窓の外に目を遣った。
庭の青楓が、蒸し暑い夜の闇にぼんやりと浮かんでいる。灯篭の灯りに照らされた葉は、まだ緑が深い。これがあと一月もすれば、エンジュの秋の代名詞である燃えるような紅に染まるのだろう。
結婚して初めての夏を、イヨリはこの旧宅で迎えていた。
春に嫁いできた当初は、この広すぎる家に圧倒されるばかりだった。長い廊下、いくつもの座敷、手入れの必要な広い庭。旧家の妻としての作法や近所付き合い。何もかもが初めてで、何もかもに緊張していた。
けれど夏を迎える頃には、少しずつこの家が「自分の居場所」になり始めていた。台所に立つ位置も、庭に水を撒く順序も、障子の開け閉めの加減も、すっかり身体に馴染んでいる。
何より——毎晩、隣に眠る人がいるということの温かさに、まだ慣れきれないでいた。
慣れたくない、とすら思う。この幸せに慣れてしまったら、失った時の痛みがきっと、耐えられないほどに大きくなるから。
――でも。
マツバさんが隣にいない夜は、やっぱり少し寂しい。
そんなことを考えながら二杯目の麦茶を注いでいた時だった。
ガラララ、と。
玄関の引き戸が開く音が、静かな夜の家に響いた。
ドクン、と心臓が跳ねる。
何百回聞いても、この音を聞くたびに胸が高鳴ってしまう自分が、少し可笑しくて、少し恥ずかしい。
「ただいまー」
穏やかで、少し間延びした声。一日の疲れを滲ませながらも、家に帰ってきた安堵が透けて見える、世界で一番好きな人の声。
「おかえりなさいませ、マツバさん」
台所から廊下に顔を出して、丁寧にお辞儀をする。
玄関の土間に立つマツバは、紫のマフラーを首から外しながら、ふわりと微笑んだ。
金色の髪が、額のバンダナの下で少し汗に湿って額に張り付いている。白い道着のような上衣の襟元が僅かに乱れ、鎖骨のあたりに汗の筋が光っていた。夏のジム戦は体力の消耗が激しいのだろう、その鍛え上げられた肩のラインにも、微かな疲労の色が見える。
しかしそれでも——いや、だからこそ——マツバは美しかった。
汗で散らばった金髪と、行灯の光を受けて深い紫に沈む瞳。上気した頬に浮かぶ薄い笑みは、戦い終えた武人のそれだ。普段の神秘的で浮世離れした空気感とは一味違う、血の通った男の色気が、ほんの少しだけ滲み出ている。
――……ずるい。こんな顔、反則です。
イヨリは内心で唇を噛みながら、平静を装って麦茶のグラスを差し出した。
「暑かったでしょう。冷たい麦茶、ご用意してありますよ」
「ありがとう。……生き返る」
マツバは靴を脱ぎ、廊下に上がると、イヨリからグラスを受け取って一息に半分ほど飲み干した。白い喉が動くのが見える。喉仏が、こくりと上下するたびに、首筋を一滴の汗が伝い落ちていく。
イヨリは、その一滴から目が離せなかった。
鎖骨の窪みに溜まったそれが、上衣の合わせ目の中に消えていく。その先には、着痩せする彼のことを知らない人間が見たら驚くような、引き締まった胸板と、薄く割れた腹筋があることを、イヨリは知っている。
――何を見ているの、私。
ぶんぶんと心の中で首を振り、慌てて視線を逸らした。
「お夕飯、温め直しますね。今夜は冷やし鉢と、鱧の落とし、それから——」
「ん、ありがとう。先にシャワー浴びてくるよ。汗がひどくて」
「はい。ごゆっくりどうぞ」
マツバが浴室に向かう背中を見送りながら、イヨリは自分の頬に手を当てた。
熱い。風呂上がりの火照りは引いたはずなのに、また別の熱が、顔の中心から広がっている。
――汗ばんだマツバさんを見て、どきどきしてしまうなんて。
新婚だから仕方ないのだろうか。いや、きっと十年経っても、この人の前では同じようにどきどきし続けるのだろう。
台所に戻り、夕食の準備に取りかかる。
鱧の落としを氷水から引き上げ、梅肉ソースを小皿に添える。冷やし鉢の彩りを最終確認し、茗荷と大葉を千切りにして飾る。炊きたてのご飯をよそい、冷たい出汁を張った椀物を仕上げる。
手を動かしている間は、余計なことを考えずに済む。
包丁がまな板を叩く小気味よい音と、出汁の香りが、イヨリの高ぶった心を少しずつ鎮めてくれた。
程なくして、廊下からスリッパの音が近づいてきた。
「イヨリ、お待たせ」
振り返ろうとした。
その前に——。
背後から、長い腕が伸びてきた。
両腕が、イヨリの細い腰にするりと回される。大きな手のひらが、浴衣の上からお腹のあたりに重なった。
ふわり、と。石鹸の清潔な香りと、その奥にあるマツバだけの白檀の残り香が、イヨリを背後から包み込む。
シャワーを浴びたばかりの彼の肌は、まだほんのりと温かかった。寝間着に着替えた薄手の甚平越しに伝わってくる体温は、夏の夜の気温よりもずっと高くて、背中全体にじわりと広がる。
「マ、マツバさん……?」
「ん……。いい匂い」
うなじのすぐ傍で、低い声が震えた。
風呂上がりのイヨリの肌から漂う、ラベンダーとカモミールのボディソープの香り。それをマツバが深く吸い込んだのが、背中越しにわかった。
「イヨリの匂い。一日中、これが恋しかった」
「あ、あの、今お夕飯を——」
「うん。もう少しだけ。こうさせて」
腰に回された腕が、ぎゅう、と力を込めた。
イヨリの小さな背中が、マツバの広い胸板に完全に密着する。174cmと156cm。18cmの身長差が、この体勢では圧倒的な包容力となって、イヨリの全身を覆い隠した。
頭のてっぺんがマツバの顎の下にちょうど収まる。彼の心臓の鼓動が、背骨を通じてイヨリの身体に直接伝わってきた。とくん、とくん、と規則正しく——しかし、少しだけ速い。
――マツバさんの心臓、ちょっと速くない……?
疑問が脳裏をよぎった、次の瞬間。
イヨリは——気づいてしまった。
背中の、ずっと下。
腰よりもさらに下の、臀部のあたりに。
硬い、熱い——何かが、押し当てられている。
薄い甚平の布地と、イヨリの浴衣の布地。たった二枚の薄い布越しに、それは確かな存在感を主張していた。熱を持って脈打ち、布地では隠しきれない硬度と大きさで、イヨリのお尻の丸みに沿うように、ぴったりと密着している。
「…………っ」
全身の血液が、一瞬にして顔面に集中した。
耳の先から首筋まで、一気に真っ赤に染まる。心臓が肋骨を突き破らんばかりに暴れ出し、手に持っていた菜箸が、かちかちと震え始めた。
わかる。わかってしまう。ポケモンドクターとして生物学的な知識は十二分にある。男性の生理的反応として、これがどういう状態を意味するのか。
――マツバさんが、その。あの。お、大きくなって……私の、おしりに……。
思考がショートする。
医学的な語彙で冷静に分析しようとする頭脳と、一人の女として紅潮しきった感情が、脳内で壮絶な綱引きを繰り広げていた。
マツバは気づいているのだろうか。
いや、気づいていないはずがない。彼自身の身体のことだ。
しかしマツバの腕は緩まない。それどころか、ほんの僅かに腰を密着させる角度を変えた。その動きで、硬い感触がイヨリの臀部の柔らかい部分をぐにっと押し、布地越しに、より鮮明な形状が伝わってきた。
「ひっ……」
小さな声が漏れた。
反射的に両手で口を押さえる。
「マ、マツバさんっ、あのっ、その……っ」
「……ん? 何?」
うなじの傍で、何食わぬ顔で囁かれる。
低くて穏やかで、いつもと何も変わらないトーン。
――絶対わかってる。絶対わかっててやってる。この人。
「あのっ、その……う、後ろが……」
「後ろ?」
「当たっ、当たって、ますっ……その……っ」
声が裏返る。
恥ずかしすぎて、口の中がからからに乾いていた。
マツバの腕の中で、一拍の沈黙が流れた。
そして。
「……ああ」
低い声が、ゆっくりと、噛みしめるように落ちてきた。
「ごめんね。……でも、仕方ないよ」
うなじに、唇が触れた。羽のように軽い、でも確実に湿った感触。
「一日中、イヨリのことを考えてたんだ。ジムの挑戦者と戦ってる最中も、大学の資料を読んでる時も。早く帰って、イヨリに触れたいって。それで帰ってきたら、風呂上がりのイヨリがこんなにいい匂いで、こんなに柔らかくて……」
腰に回された腕が、ほんの僅かに上にずれる。お腹を撫でる大きな手のひらが、浴衣の合わせ目のすぐ近くを這う。
「……抑えられるわけ、ないでしょ」
「っ……♡」
低く掠れた声が、うなじの皮膚を震わせた。
その震動が首筋から脊髄を伝い、下腹部にまで甘い電流として到達する。おなかの奥が、きゅぅ、と切ない音を立てて収縮した。
お尻に押し当てられた硬い感触が、確かに脈打っているのがわかる。とくん、とくん、と。マツバの心臓の鼓動に合わせて、あの場所が熱い血潮で膨張していくのが、薄い布越しに伝わってくる。
「マツバさ……」
「イヨリ。お夕飯、少しだけ後にしてもいい?」
それは、許可を求める形をした宣告だった。
紫の瞳が、うなじの傍から覗き込むように、イヨリの横顔を見つめている。
暗い色に沈んだ紫。行灯の弱い光を受けて、獣のように光る眼差し。
イヨリのくちびるが、震えた。
「……お夕飯、冷めちゃいます」
「温め直せばいい」
「……鱧の落とし、氷が溶けちゃいます」
「また作ればいい」
「……もう」
絶対に引かない。この人は、こうと決めたら絶対に引かない。
イヨリは真っ赤に火照った頬を、うなじに顔を埋めたままのマツバから隠すことを諦めた。
菜箸を、まな板の上にことりと置いた。
「……はい♡」
たった一音の返事。
けれどそれは、この家の女主人が、夫に身を委ねるという、この上なく甘い降伏宣言だった。
* * *
台所から寝室まで、マツバはイヨリを背後から抱きしめたまま歩いた。
普通に抱き上げたほうがよほど楽だし速いはずなのに、わざわざ後ろから密着し続ける。その理由を、イヨリの身体は嫌というほど理解していた。
一歩踏み出すたびに、マツバの硬い隆起がイヨリのお尻に擦れる。
ぬる、ぐに、と。柔らかな臀部の谷間に沿って、硬い幹が布越しに押し付けられ、歩くリズムに合わせて上下に動く。
「や……っ♡ 歩くたびに……当たって……♡」
「うん。当ててる」
背後から、悪びれもしない声が降ってくる。
「わざとっ、でしょ……♡♡」
「わざとだよ。イヨリが恥ずかしがるの、見たいから」
長い廊下を歩く間、マツバの唇はイヨリのうなじに貼りついたままだった。歩きながら、うなじの細かい産毛を唇で撫で、時折ちゅっと音を立てて吸い付く。
イヨリの膝は、もうがくがくだった。
左足の後遺症のせいだけではない。お尻に押し当てられた圧倒的な熱量と硬さが、彼の欲望の大きさを直接的に伝えてきて、それだけで脳が蕩けそうになる。
寝室の襖を、マツバが片手で開けた。
月光が障子を透かして畳の上に青白い矩形を描いている。風のない熱帯夜。蚊帳は張られておらず、敷布団の上に薄い掛け布団がきちんと整えられていた。
マツバが後ろからイヨリの身体を、布団の上にそっと倒した。
うつ伏せに。
「あっ……」
背中にマツバの体重がゆっくりとかかる。長い脚が、イヨリの両足の間に割り込む。胸板が肩甲骨に密着し、先ほどまでお尻に当たっていた硬い感触が——今度はもっと直接的に、臀部の最も柔らかい部分に押し込まれた。
「っ♡♡!!」
布越しに、ぐりっと腰を押し付けられる。
うつ伏せの体勢では逃げ場がない。布団でお腹が押さえられ、上からマツバの体重で固定され、その間に挟まれたお尻に、彼の欲望の全てが刻印されている。
「ここ……」
マツバの声が背中の上から降ってきた。
「一日中、硬くなるの堪えてた場所。それが今、イヨリのここに——」
ぐり、と。
腰を微かに動かし、臀部の谷間に沿って硬い幹を上下に擦る。
「マツバさっ♡♡! その、まだ服——」
「わかってる。脱がせるよ。でもその前に」
背中の上で、マツバが体勢を変えた。
イヨリの身体を仰向けに返す。
月明かりの中、見上げたマツバの表情に——イヨリは息を呑んだ。
紫色の瞳が、完全に獣の色をしていた。
普段のにこやかで穏やかな微笑みはどこにもない。代わりにあるのは、押し殺しきれなかった雄の渇望。それが紫の虹彩の奥で、暗い炎のように揺らめいている。
しかし——その目尻は、こんなにも優しく下がっていた。
「きれい」
マツバの声が震えた。
「風呂上がりの、少し湿った黒髪。上気した頬。月に照らされた白い肌。……僕はこの世で一番美しいものを、毎晩見せてもらってる」
「マツバさん……」
イヨリの目頭が、つんと熱くなる。
この人はいつもそうだ。獣のような欲望を内に秘めながら、唇から紡ぐ言葉は情熱的で、純粋で、祈りのように温かい。
マツバの長い指が、浴衣の帯に触れた。
夏用の薄い生地の帯を、するりと解く。結び目が緩み、浴衣の前がはらりと左右に開いた。
下着は、つけていなかった。
風呂上がりだったから。
「…………」
マツバの紫の瞳が、月明かりに晒されたイヨリの裸身を、下からゆっくりと舐めるように見上げた。
白い肌。華奢な鎖骨。そこから柔らかく隆起し、重力に従って左右に僅かに流れた豊かな胸。薄桃色の乳首は、もう恥ずかしさと微かな興奮で硬く尖り始めている。くびれた腰と、なめらかに繋がるお腹のライン。そしてその下の——。
「下着、つけてなかったんだ」
「お、お風呂上がりだったからっ……!」
「そういうところが、罪深い」
マツバが、身を屈めた。
最初に唇が触れたのは、額だった。前髪をそっと掻き上げ、その下に隠れた古い傷跡に、深く沁み込むようなキスを落とす。
「……ここに、キスするの。一番好き」
「マツバさん……♡」
傷跡への口づけは、いつも長い。
不完全な自分を丸ごと受け入れてくれる証。二年前の痛みを、今の愛で上書きしてくれる祈り。
唇が、額から鼻筋を伝い、頬を撫で、顎先に至る。
そして——唇に、重なった。
* * *
口づけは、最初は甘く穏やかだった。
唇と唇を合わせ、少しだけ角度を変えて、また合わせる。何度も何度も、啄むような軽いキスを繰り返す。
しかし、やがてマツバの舌先が、イヨリの唇の合わせ目を割って侵入してきた。
「ん……♡」
歯列を撫で、上顎の敏感な粘膜に舌の腹を押し当てる。イヨリの舌を見つけると、絡め取るように吸い上げた。
「ちゅ、ぷ……♡♡ ん……♡♡」
唾液が混ざり合う。舌と舌が絡まり、離れ、また絡まる。ちゅぷっ、じゅるっ、と濃密な水音が、熱帯夜の寝室に淫靡に響き渡った。
酸欠で、頭がぼうっとしてくる。
視界が滲む。世界がマツバの唇の温度だけで塗り潰されていく。
唇が離れた。
銀色の唾液の糸が、月光に一瞬だけ煌めいて、切れた。
「……もっと」
「え……」
「もっとキスさせて。足りない」
マツバが再び唇を重ねた。今度はさっきよりも深く、激しく、貪るように。イヨリの小さな口を隅々まで蹂躙する舌は濃密で、呼吸すら許さない。
キスをしながら、マツバの右手が動いた。
鎖骨を指先でなぞり、そこから胸の上辺へ。心臓の上を、大きな手のひらが覆う。
「どくどくしてる。イヨリの心臓」
「だ、だって……っ♡♡」
「だってキスが上手いから。知ってる」
「っ……!♡♡ ナルシストさんです……!」
「イヨリにだけね」
手のひらが、胸の上辺から、ゆっくりと下に滑った。
豊かな丘の頂に差し掛かり——その頂点に聳える、硬く尖った蕾に、指先がそっと触れた。
「あっ♡♡」
乳首を、人差し指と中指の間に挟み、くりっと転がす。
「やっ♡♡! 胸っ……♡♡♡」
敏感な。マツバに開発され尽くした、超敏感な場所。指先が触れるだけで電流が走り、腰から力が抜けていく。
マツバの唇がキスを解き、顎のラインを辿って首筋に降りてきた。鎖骨の窪みで一度止まり、ちゅう、と音を立てて吸い付く。
「ん♡♡!」
「ここに一つ。……きれいな色になるよ」
キスマーク。
服で隠れる場所に、所有の印を刻んでいく。マツバの「儀式」だ。
唇が、さらに下へ降りる。
胸の上辺。谷間。そして——左の乳首に、唇が到達した。
「あ♡♡♡!」
先端を唇で包み、ちゅく、と吸った。
同時に右手が、右の胸を包み込むように揉みしだく。
「やぁ♡♡♡! 両方はっ……だめ♡♡♡♡」
舌先が乳首の頂点をちろちろと転がす。歯で甘噛みしては、舌の腹で撫で、また先端をちゅるっと吸い上げる。右手の指は、もう片方の乳首を器用に摘まみ、引っ張り、くるくると回転させながら弄ぶ。
「マツバさっ♡♡♡♡! 胸だけで……っ♡♡♡♡、変になっ……」
「変にして。もっと、もっと」
乳首への愛撫が、さらに激しさを増した。
吸引の力が強まり、ずず、と乳首を引っ張るように吸い上げられる。同時に手のひらが、柔らかい胸の肉を下から持ち上げ、形を変えるほどに揉みこむ。
びくびくと身体が痙攣する。
もう胸への刺激だけで、下着なしの秘所が濡れ始めているのが自分でもわかった。太腿の内側を、ぬるりとした蜜が伝い始めている。
「あっあ♡♡♡♡! だめっ♡♡♡♡、吸いすぎっ♡♡♡♡……!」
「足りない。一週間……いや、今日一日分。ずっと触りたかった分、全部」
左の乳首から唇を離すと、透明な唾液の糸が弾ける。吸われていた先端は、赤く腫れて、つやつやと光っていた。すぐさま右に移動し、同じように口に含んで吸い上げる。
背中を反らせる。甘い声が制御できなくなってくる。
「イヨリの胸、世界で一番好き」
「は、恥ずかし♡♡♡♡……っ」
「事実だから」
乳首から唇を離し、マツバは顔を上げた。紫の瞳が、乳首を赤く染め上げ、両方の胸にキスマークの花を咲かせた自分の作品を眺め、満足そうに目を細めた。
「……次はここ」
マツバの視線が、下に向いた。
お腹。腰骨。そしてその先の——鼠径部。
「っ♡♡♡♡!!」
視線だけで、イヨリの全身に鳥肌が立った。
マツバの唇が、胸から下へ旅を続ける。
助骨の一本一本にキスを落としながら下降し、くびれたウエストを舌先でなぞり、臍の窪みに舌先を差し込んで小さく回す。
「やっ♡♡、おへそっ♡♡♡」
「可愛い」
臍から下腹部へ。
恥骨の少し上に唇が到達した瞬間、マツバはイヨリの両膝をそっと押し開いた。
太腿の内側の、鼠径部。V字に走る溝。あの、イヨリの三大弱点の一つ。
マツバの指先が、その溝に沿って、ゆぅっくりと滑った。
「ひぁっ♡♡♡♡!!」
跳ね上がりそうになる腰を、マツバの手が押さえる。
「ここも、一週間以上触ってなかった」
「まっ、待っ♡♡♡♡……鼠径部は♡♡♡♡、すぐ……っ」
すぐにイッてしまう。
言い切る前に、マツバの唇が、左の鼠径部の溝に落ちた。
ちゅう、と吸い付かれる。舌先が溝の奥の薄い皮膚を舐め回しながら、唇が真空のように密着して、血を吸い上げるように深く吸う。
「やぁぁ♡♡♡♡!! 鼠径部っ♡♡♡♡!! 吸わないでぇ♡♡♡♡!!」
右に移動。同じように吸い、舐め、キスマークを刻む。指先は四本の指で溝の両側を交互にさすり、神経を逆なでするような微細な刺激を送り続けている。
「やっ♡♡♡♡……もう、だめっ♡♡♡♡、鼠径部だけでっ♡♡♡♡♡……来てっ♡♡♡♡……!」
「いいよ。来て、イヨリ」
マツバが鼠径部を吸い上げながら、中指が——秘所の入口のすぐ傍を、つぅ、となぞった。
「ッ♡♡♡♡——!!」
イヨリの背中がびくぅっと弓なりに反った。
最初の絶頂。まだ秘所にはほとんど触れられていないのに、胸と鼠径部への愛撫と、背後で彼の硬さを感じ続けた蓄積が、一気に解放された。
びくっ、びくっ、と余韻で全身が小刻みに震え続ける。
「あ……♡♡♡♡……はぁ……♡♡♡♡……」
「最初のは前菜ね。……ここから、本番」
マツバの紫色の瞳が、月光の中で危険に光った。
* * *
マツバが、自分の甚平の上衣を脱いだ。
月明かりに照らされた上半身が露わになる。引き締まった胸板、肩から上腕にかけての滑らかな筋肉、そして薄く割れた腹筋。普段は着痩せして細く見えるが、脱いだ途端に武道家の身体がそこにある。
「……っ」
何度見ても、イヨリは夫の裸体に息を呑んでしまう。
マツバの長い指が、イヨリの太腿に触れた。
内側を、するすると撫で上げながら、秘所へと近づいていく。
すでにたっぷりと蜜を溢れさせたそこは、マツバの指が触れる前から、月光に照らされてぬらぬらと光っていた。
「もうこんなに濡れてる」
「み、見ないでください……♡♡♡♡」
「見るよ。全部」
マツバが、イヨリの両膝の間に身体を沈めた。
顔を、秘所の目前にまで近づける。
最初に、ふぅ、と温かい吐息を吹きかけた。
濡れた粘膜に息が触れるだけで、ひくん、と花弁が痙攣する。
「舐めるよ」
宣言と同時に、長い舌が花弁の下端から上へと舐め上げた。
「ひぁぁっ♡♡♡♡!!」
溢れた蜜を掬い取りながら、舌は花弁の間をゆっくりと上昇する。内側のひだを一枚一枚なぞるように舐め、入口の縁を一周する。
そして、真珠へ。
包皮を舌の腹で押し上げ、充血して露出した先端に、ちろ、と舌先を当てた。
「ひゃっ♡♡♡♡!! 直接はっ♡♡♡♡……!!」
「して。自分から腰を動かして」
「っ♡♡♡♡!! そ、そんな……恥ずかし……♡♡♡♡」
「いいから。イヨリが気持ちいいように」
舌先を真珠に当てたまま、微動だにしない。自分で腰を動かし、舌に擦り付けなければ、快感を得られない体勢。
恥ずかしい。死ぬほど恥ずかしい。でも——もう、身体が止まらない。
イヨリは、おずおずと腰を揺らし始めた。
マツバの舌先に、真珠を擦りつけるように。
「ん♡♡♡♡……♡♡♡♡……」
「上手。もっと」
声に煽られて、腰の動きが大きくなる。舌先が真珠を横に、縦にこすり、包皮の下に潜り込んで先端を直接弄ぶ。
同時に、マツバの右手の中指が、濡れた秘所にするりと差し込まれた。
「ひっ♡♡♡♡!! 指っ♡♡♡♡!!」
長い指が膣内の前壁をなぞり、Gスポットのざらついた感触を正確に見つけ出す。くい、くい、と指の腹で押しながら、舌は真珠を執拗に舐め続ける。
「あっあっ♡♡♡♡!! 上と中と両方♡♡♡♡!! だめだめ♡♡♡♡!!」
二か所同時の刺激に、もう思考が追いつかない。腰が勝手にがくがくと痙攣する。
「マツバさっ♡♡♡♡!! イくっ♡♡♡♡!! イっちゃうっ♡♡♡♡!!」
「——イけ」
真珠を唇で挟み、ちゅうっと吸い上げながら、膣内の指でGスポットをぐっと力強く押し上げた。
「ッ——♡♡♡♡♡♡♡♡!!!」
二度目の絶頂。
びくびくびくっ——全身が激しく跳ね、マツバの口元を透明な液体がびしゃっと濡らした。
「あぁっ♡♡♡♡!! でちゃっ♡♡♡♡!! お水がっ♡♡♡♡!!」
潮が吹いた。脈動するように溢れ出す液体が、マツバの顎を伝い、敷布団に染みを作る。
マツバは口元と指を拭うこともなく、紫の瞳でイヨリの絶頂の余韻を見つめていた。
「すごいね。こんなに、出して」
「やぁ♡♡♡♡……言わないで……♡♡♡♡」
マツバが、甚平の下も脱いだ。
月明かりの中に、その昂りが露わになった。
硬く屹立した雄の象徴。根元から先端まで脈打ち、先走りの液が透明に光っている。
「……大きい」
何度見ても、そう呟いてしまう。あの硬い感触が先ほどからずっとお尻に当たっていたのかと思うと、改めて全身が熱くなった。
「台所で、これがイヨリのお尻に当たってた」
「っ♡♡♡♡!! 言わないでってば♡♡♡♡!!」
「でも、嫌じゃなかったでしょ」
「…………♡♡♡♡」
否定できない自分が恥ずかしくて、イヨリは両手で顔を覆い隠した。
マツバが、イヨリの身体を抱き起こした。
自分の膝の上に座らせる。対面座位。互いの胸が密着し、肌と肌が隙間なく重なる体勢。
「この体勢で入れたい。イヨリの顔を見ながら」
先端が、たっぷりと蜜で濡れた入口に、こつん、と触れた。
「入れるよ」
「……はい♡♡♡♡」
ゆっくりと、ゆっくりと。先端が花弁を押し広げ、中に沈んでいく。
ずぷ……と湿った音を立てて、先端が呑み込まれた。
「あぁっ♡♡♡♡!!」
久しぶりの異物感——いや、待ち焦がれていた充足感。内壁がきゅうっとマツバを締め付け、もっと奥をと求めるように蠕動する。
マツバの腰が、さらに押し進む。太い幹が、イヨリの狭い花道を少しずつ押し広げながら、深く深く侵入していく。
ずぷ……ずぷぷ……
「はぁっ♡♡♡♡!! 奥にっ♡♡♡♡! どんどん入ってくぅ♡♡♡♡!」
そして——先端が、最奥の壁に到達した。
こつん。
「ひぁぁっ♡♡♡♡!!!」
子宮口に、とん、と触れられた。
お腹の奥に爆弾が仕掛けられたような衝撃。脳天から爪先まで、甘い雷が走り抜けた。
「全部入った。……イヨリの一番深いところに」
対面座位の体勢では、重力がイヨリの身体をさらに深く貫かせる。膝の上に座った彼女の自重が、先端を子宮口にぴたりと押し付け続けている。
「あっ♡♡♡♡……子宮に♡♡♡♡、ずっと当たってるっ♡♡♡♡」
「うん。この角度だと、ここにずっと当たってるね。……動くよ」
マツバの腰が動き始めた。
ゆっくりと引いて、また深く押し込む。一突きごとに子宮口を確実にノックする。
とん。とん。とん。
「やぁっ♡♡♡♡!! 子宮トントンっ♡♡♡♡!! 弱いですっ♡♡♡♡!!」
ポルチオへの刺激に、イヨリは極端に弱い。マツバによって開発し尽くされた子宮口周辺の粘膜は、先端で押されるたびにお腹の底から全身を飲み込むような深い快感を発生させる。
「マツバさっ♡♡♡♡! 好きっ♡♡♡♡! 好きですっ♡♡♡♡!」
「僕も、好きだよ。世界で一番」
額と額を合わせながら、腰のリズムが少しずつ早くなる。
とんとんとんとん。子宮口を小刻みにノックし続ける。角度を微妙に変え、最も敏感な一点を探し当てようとしている。
——見つけた。
ぐりっ。
「ッッ♡♡♡♡!!!!」
子宮口の左上——イヨリのポルチオの最弱点に、先端がぐりっと捻じ込まれた。
「そこっ♡♡♡♡!! そこだめぇっ♡♡♡♡!! 一番弱いですっ♡♡♡♡!!」
「わかってる。ここを——こうして」
ぐりぐりぐり。
先端で、その一点を執拗に、三百六十度あらゆる角度から擦り上げる。
「イくっ♡♡♡♡!! ポルチオでイっちゃうっ♡♡♡♡!! だめぇっ♡♡♡♡!!」
「イっていいよ。イヨリ」
ぐりっっ、と最深を押し込まれた。
「ッ♡♡♡♡♡♡♡♡!!!!!!」
三度目の、そして今夜最も激しい絶頂。
子宮がぎゅうぅぅっと収縮し、マツバを締め付ける。全身が激しく痙攣し、腰が制御不能にがくがくと跳ね続ける。
じゅぷぷっ——!!
「あぁっ♡♡♡♡!! また出ちゃっ♡♡♡♡!! でちゃいますぅ♡♡♡♡!!」
潮が二度目。結合部からびしゃびしゃと溢れ出し、二人の太腿を濡らしていく。
絶頂の波の中で、イヨリは無意識に——両腕をマツバの首に回し、両足を腰に絡みつけた。
だいしゅきホールド。
「!!」
マツバの全身が、びくっと大きく震えた。
紫の瞳が見開かれる。
左足は後遺症で力が入りにくい。それでもイヨリは、震える左足に渾身の力を込めて、マツバの腰にしがみついた。
「離さない……♡♡♡♡ 離したくないっ♡♡♡♡……マツバさんから♡♡♡♡……」
マツバの喉が、ぐっ、と鳴った。
その瞬間——マツバの目の奥で、最後の理性の糸が、ぷつん、と音を立てて切れるのが見えた。
「——イヨリ」
声が、獣のそれに変わった。
腰が、凄まじい速度で動き始める。
手加減を忘れた、しかしイヨリの身体を知り尽くした男だからこそできる、最深部を正確に打ち続けるピストン。
とんとんとんとんとん——!!
「あっあっあっ♡♡♡♡!! 子宮にっ♡♡♡♡!! ぐりぐりっ♡♡♡♡!!」
「中に出す。いっぱい。全部イヨリの中に」
「来てっ♡♡♡♡!! 全部欲しいっ♡♡♡♡!! 子宮にっ♡♡♡♡!!」
だいしゅきホールドの腕と足が、マツバを更にきつく締め付ける。逃がさない。一滴も逃がさない。
「イく♡♡♡♡!! 一緒にイきたいっ♡♡♡♡!!」
「一緒に——イけ」
最後の一突きが、ポルチオの最弱点を真正面から貫いた。
「ッ♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡♡!!!!!!!」
今夜最大の絶頂が、同時に訪れた。
どくんっっ!!
マツバが、最深部で射精した。灼熱の精液が、子宮口から子宮の中に激しく注ぎ込まれる。どくんっ、どくんっ、と脈打つたびに、新しい熱が送り込まれていく。
同時に、イヨリの子宮が搾り取るように収縮する。膣壁がぎゅうぎゅうと律動し、一滴も逃すまいと、彼の全てを貪り尽くしていた。
「あぁっ♡♡♡♡……温かい♡♡♡♡……子宮がっ♡♡♡♡、マツバさんでいっぱいっ♡♡♡♡……」
どくん。どくん。まだ出ている。
お腹の中が、精液の温もりで満たされていく。体の芯から、じんわりと温まっていく。
だいしゅきホールドの腕から、ゆっくりと力が抜けていく。左足がぷるぷると震えている。マツバが、その震える身体を大きな両腕で受け止めてくれた。
「……頑張ったね」
「……うん♡♡♡♡……」
「左足、痛くない?」
「平気……♡♡♡♡ だって……マツバさんから、離れたくなかったんだもん♡♡♡♡……」
タメ口。もう理性は完全に蕩けている。
マツバの唇が、イヨリの額の傷跡にそっと触れた。
音のない、祈りのような口づけ。
* * *
事が終わった後。
マツバは信じられないほど丁寧だった。
ぬるま湯で濡らした柔らかなタオルで、イヨリの全身を拭き清めてくれた。太腿についた白い液体を優しく拭い、汗で張り付いた黒髪を額から掻き上げ、鼠径部や胸元に咲いた赤いキスマークの上にも、労わるようにタオルを当ててくれる。
「痛いところ、ない?」
「ないです♡♡♡♡……幸せなところなら、いっぱいありますけど♡♡♡♡」
「……そういうこと言うから」
「えっ?」
「何でもない」
パジャマを着せてくれた。ボタンを一つ一つ留めながら、胸元のキスマークが隠れるのを見て小さく頷いている。
敷布団を交換し、清潔なシーツを敷いてくれた。
そして、二人並んで布団に横になった。
マツバの腕がイヨリの腰に回される。大きな手のひらが、お腹をそっと包む。いつもの定位置。背中に密着する胸板は、もう獣の激情を鎮め、穏やかな夫の温もりだけを伝えている。
「……ねえ、マツバさん」
「ん?」
「台所で後ろから抱きしめてくれた時……あれ、わざとでしたよね」
背中越しに、短い沈黙があった。
「……何のこと?」
「あの、その……硬くなってたの、わざと当てたでしょう」
たっぷりの間の後。
「……半分はわざと。半分は本当に抑えられなかった」
「半分……?」
「お風呂上がりのイヨリが、浴衣で素肌に、いい匂いで立ってる姿を見て。生理的に……どうしようもなかった。それは本当」
「……」
「でも。当たってるって気づいた時のイヨリの耳が、一瞬で真っ赤になったのを見て——もっと押し付けたくなった。それが、わざとの半分」
「……っ♡♡♡♡!! やっぱりずるい人です……!」
恥ずかしさに悶えながら、布団をぐっと引き上げて顔まで隠す。
背中で、マツバが静かに笑っている気配がした。
「でもイヨリも、嫌じゃなかったでしょ」
「…………」
答えられない。答えたら負けだ。
「無言は肯定ってことでいいかな」
「っ……! ずるい……っ♡♡♡♡」
マツバの腕が、少しだけぎゅっと強くなった。
「ごめんね。でも、イヨリのあの顔が見たかったんだ。恥ずかしくて、でも嬉しそうで、ちょっと怒ってるのに目が潤んでる顔。世界で一番可愛い」
「もう! 褒めても何も出ません!」
「もう出してもらったから大丈夫」
「!!!♡♡♡♡ マツバさんっ!!!!」
耳まで真っ赤にして叫ぶイヨリの後頭部に、マツバは笑いを噛み殺しながら、ちゅう、とキスを落とした。
「……おやすみ、イヨリ」
「……おやすみなさい。……もう。大嫌い」
「嘘だ」
「……嘘です♡♡♡♡ 大好き♡♡♡♡」
重なった手と手を、ぎゅっと握り合う。
お腹の中には、まだマツバの温もりが残っている。
彼がくれたものが、子宮の奥でゆっくりと体温に馴染んでいくのを感じながら、イヨリは微笑んだ。
今夜の始まりは、背中から抱きしめてくれた、あの台所の一瞬。
お尻に当たった、あの硬くて熱い感触。
恥ずかしくて死にそうだったのに——心の奥底では、嬉しかった。
この人が、こんなにも自分を求めてくれている。
この人の身体が、自分に触れただけで反応してしまうほどに、自分を欲してくれている。
それが、どうしようもなく幸せだった。
――マツバさん。
また明日も、背中から抱きしめてくださいね。
その時は、もう少しだけ——恥ずかしがらないで、受け止められる自分でいたいから。
……いや、やっぱり恥ずかしいだろうな。だって。
イヨリは、マツバの腕の中で、夏の夜の温もりに溶けるように、深い眠りに落ちていった。
開け放たれた障子の向こうで、ようやく微かな風が生まれた。
庭の風鈴が、ちりん、と一度だけ涼やかに鳴った。
エンジュの夏は、まだ終わらない。
この熱も——きっと、まだまだ終わらない。
――了――
あとがき by 佐藤美咲
夏の終わりのエンジュを舞台に、最高に甘々で情熱的な一夜を描きました!薄い浴衣越しに硬さと熱さを感じて大赤面するイヨリちゃん、たまりませんよね♡ わざと焦らすマツバさんのSっ気と、溺れるようなポルチオ絶頂まで、今回も全力で詰め込みました!
最後までお読みいただきありがとうございました♡