最初から最後まで甘いやつ
【一】
「マツバさん」
イヨリの声は、夜の寝室に落とされた蜜のように甘い。
ベッドの上。シーツが白い。間接照明だけの薄暗い部屋。エンジュシティの夜は静かで、窓の外では虫の声がしている。
マツバはイヨリの上にいた。
両手をイヨリの顔の横について、体重をかけないように腕で支えて。紫色の瞳で、真下にいるイヨリを見つめている。
イヨリの黒髪が枕の上に広がっている。さっき乾かしたばかりの髪。艶やかで、枕の白にくっきりと映える。右目が潤んでいる。左目は義眼だから変わらないけれど、右目だけが——もう、期待で潤んでいる。
「今日は——いっぱい、触るからね」
マツバが低く囁いた。
イヨリの顔が、耳まで赤くなった。
「……はい」
その「はい」が小さくて。恥ずかしそうで。でも拒絶じゃなくて、受け入れの「はい」で。
マツバの唇が、まずイヨリの額に触れた。
ちゅ、と小さな音。
「ん……」
次にこめかみ。左のこめかみ。義眼の側。傷痕のある側。マツバはいつもここに口づける。イヨリの傷を、痛みを、全部受け止めるように。
「……マツバ、さん……そこ、くすぐったい、です……」
「知ってる」
瞼にキス。睫毛が唇をくすぐる。
頬にキス。耳の下にキス。首筋にキス。
一つ一つ、丁寧に。ゆっくりと。
唇がイヨリの鎖骨に到達した時、イヨリの体が淡く震えた。
「っ……」
パジャマのボタンを、一つずつ外していく。マツバの指が——長くて白い指が——ボタンとボタンの間をゆっくりと降りていく。
一つ外すたびに、イヨリの白い肌が露わになる。鎖骨。胸の上。
「イヨリ」
「はい……」
「好きだよ」
「……わたし、も」
二つ目のボタン。三つ目のボタン。イヨリの胸の谷間が見える。小ぶりな、でも形の綺麗な胸。呼吸とともに上下している。
全部のボタンを外して、パジャマの前をそっと開いた。
「きれい」
マツバが息を吐くように言った。
「やめ……見ないで……」
「見る。全部見たい」
「全部って……」
「全部」
マツバの唇が鎖骨をなぞった。舌先が薄い肌の上を滑る。
「あっ……」
骨の形に沿って、左から右へ。舐めて、吸って、また舐めて。
イヨリの指がシーツを掴んだ。
マツバの唇が下がっていく。鎖骨から胸の上。胸の膨らみの始まりのところで、唇が円を描くように動いた。焦らすように。
「マツバさ……ん、そこ……」
「ここ?」
「もうちょっと……」
「もうちょっと、どこ?」
「……いじわる」
「いじわるじゃないよ。ちゃんと言ってほしいだけ」
イヨリが唇を噛んだ。恥ずかしさと、もどかしさと、欲しい気持ちが全部混ざった顔。
「……先っぽ……」
その言葉を聞いた瞬間、マツバの唇がイヨリの乳首に触れた。
「ひぁっ……!」
甲高い声が漏れた。
マツバの舌が、淡いピンクの突起をゆっくりと舐め上げた。円を描くように。先端をちろちろと転がして。時々、唇で軽く挟んで、吸う。
「んっ、あ、あっ……マツバさ……気持ち、い……」
イヨリの背中が弓なりに反った。両手がマツバの頭に伸びて、金色の髪をくしゃりと掴んだ。
「いいよ、掴んでて」
マツバが呟いて、反対側の乳首にも唇を移した。同じように舐めて、転がして、吸って。空いた手で片方の胸を優しく揉む。指の腹で乳首をくりくりと刺激しながら。
「ひっ、あぁっ……両方、は……っ、やぁ……」
イヨリの腰が浮いた。太ももがきゅっと閉じる。
「感じてる?」
「感じて……ます……っ、すごく……」
「もっと気持ちよくなる?」
「なります……っ、もう、なってます……」
マツバの手が、イヨリのお腹を撫でた。平らな下腹部。柔らかい肌。指先が臍のあたりをくすぐると、イヨリがひくりと身体を揺らした。
「あは……くすぐったい……」
「ここは?」
指がパジャマのズボンの裾に触れた。ゴムの上から、ぐるりと指で線をなぞる。
「……ん」
「脱がせていい?」
「……はい」
マツバがゆっくりとズボンを下ろした。下着も一緒に。イヨリが恥ずかしそうに目を逸らした。何度もこうしているのに、毎回恥ずかしがる。それがマツバにはたまらなく愛おしい。
イヨリの脚が露わになった。右脚は健康的な白い脚。左脚は——膝から下に古い傷痕がある。足首に装具の跡。でもマツバにとっては、どちらも同じくらい綺麗な脚だ。
マツバの唇が、イヨリの内腿に触れた。
「あっ……そこ……」
柔らかい。腿の内側は特に敏感で、唇が触れただけでイヨリの体がびくりと跳ねる。
舌で舐めた。内腿の柔らかい肌を。ゆっくりと、上に向かって。
「んっ、ンっ……マツバさん……上、上に……来ない、で……」
「来ないで?」
「……来て、ほしい、けど……恥ずかし……」
「じゃあ来るね」
「あっ——」
マツバの指が、イヨリの秘所に触れた。
既に——濡れていた。
指先に、とろりとした熱い液体が絡みつく。
「……すごい。もうこんなに」
「言わないでくださ……っ」
「胸だけでこんなになったの?」
「マツバさんのせいで……す……」
「僕のせい?」
「マツバさんが……優しく、触るから……気持ちよくて……」
マツバの指が、花弁の間をゆっくりと撫でた。上から下へ。下から上へ。ぬるぬると滑る指が、一番敏感な突起を見つけて、くるりと円を描いた。
「ひぁあっ!!」
イヨリの体が大きく跳ねた。
「ここ?」
「そこっ……そこ、だめ……っ、感じ、すぎ……」
「だめじゃないよ。もっと感じて」
指の腹で、ゆっくりと転がすように。小さな突起を優しく刺激する。速くしたり、遅くしたり、時々押し付けるように圧をかけたり。
「あっ、あっ、あっ、あぁっ……ン、んぁっ……マツバ、さ、マツバさ……や、やぁ……」
イヨリの声が甘く弾ける。目尻に涙が浮かんでいる。右目だけが潤んで、睫毛に雫がついている。
「泣いてる」
「泣いて……ない……です……気持ちよく、て……勝手に……」
「かわいい」
「かわい、く……ないです……あっ、ンンっ……」
マツバの指が一本、ゆっくりとイヨリの中に入った。
「ひゃぁっ……!」
温かい。きつい。中がぎゅうっとマツバの指を締め付ける。
「……力、抜いて」
「抜い、て……ます……あっ、で、も……マツバさんの指、太く、て……」
「痛くない?」
「痛くないです……気持ち、いい……」
指をゆっくりと動かした。出し入れ——というよりは、中を探るように。指の腹で内壁を撫でる。ざらりとした部分を見つけて、そこを重点的に。
「あぁっ!!そこっ……!」
イヨリの体がびくん、と跳ねた。
「ここ?」
「そこ……そこ、いいっ……すごくいい……」
マツバの指が二本になった。中を広げながら、そのざらりとした部分を指の腹でくりくりと。
「ンんっ、あっ、あぁっ、ああぁっ……!マツバ、さん、なに、それ……すご……い……」
イヨリの腰が、意思とは関係なく揺れている。マツバの指に合わせるように、くいくいと。
「もっと?」
「もっと……もっとしてくだ、さ…ぁっ!」
声が途切れた。
マツバの親指が、同時にクリトリスを撫でたのだ。中と外、両方同時の刺激。
「やっ、それ、だめ……だめ……イっちゃ……イっちゃいます……!」
「イっていいよ」
「で、も……まだ……マツバさん、まだ入ってない、の……に……」
「いいよ。何回でもイかせてあげるから。まずは指で一回」
「あっ、あっ、あっ、あっ——」
イヨリの体が弓なりに反った。腰が浮いて、太腿がぶるぶると震えて。
「——ッ!!!! あぁああっ……!!」
絶頂。
イヨリの中がぎゅうっとマツバの指を締め付けた。脈を打つように、ぐぐっ、ぐぐっ、と収縮する。じゅわりと温かいものが指を濡らした。
「……っ、はぁ……は、ぁ……」
荒い呼吸。目が潤んでいる。頬が赤い。唇が半開きになっている。
「気持ちよかった?」
「……はい……すごく……」
「よかった」
マツバが指をゆっくりと引き抜いた。指がてらてらと光っている。
イヨリがそれを見て、さらに赤くなった。
「……見ないでくださ……い」
「見る」
「見ないで……」
「好きだから見る」
【二】
マツバが自分のパジャマを脱いだ。
上を脱いで。下も脱いで。
イヨリの目が——一瞬、マツバの体に釘付けになった。
マツバは細身だけれど、ジムリーダーとして鍛えている体だ。肩幅は広くないが、腹筋は薄く割れている。そして——
イヨリの視線が、マツバの下半身に吸い寄せられた。
「……大きい」
イヨリが呟いた。何度見ても慣れない、という顔。
「イヨリのせいだよ」
「わたしの……」
「イヨリが可愛い声で鳴くから」
「鳴いて、ません……」
「鳴いてたよ。ひぁっ、って」
「真似しないで……!」
マツバがくすりと笑って、イヨリの上に覆いかぶさった。
肌と肌が触れ合う。マツバの体温がイヨリに伝わる。イヨリの体温がマツバに伝わる。二人の間に隙間がない。
マツバの硬くなったものが、イヨリの太腿の間に触れた。
「あ……」
「入れていい?」
「……はい」
「イヨリ。目を見て」
イヨリが目を開けた。右目が、マツバの紫色の瞳を捉えた。
「好きだよ」
「……わたしも、好きです」
マツバが、ゆっくりと腰を進めた。
先端が、イヨリの濡れた入り口に触れた。ぬるり、と滑る。さっきの絶頂で十分にほぐれて、十分に濡れている。
少しずつ。少しずつ。
「あ……あぁ……入って、くる……」
「きつかったら言って」
「きつ……くない……気持ち、いい……マツバさんが入ってくるの、気持ちいい……」
ゆっくりと、奥まで。
「——ッ」
イヨリの体がびくりと震えた。奥に——当たった。
「……奥、当たってる?」
「あたっ、て……ます……子宮に……くる……」
「痛くない?」
「痛く……ないです……とん、って……優しく当たって……」
マツバが深いところまで入ったまま、動かずにいた。イヨリの中の温かさを感じていた。ぎゅうぎゅうと締め付けてくる壁の感触。脈打つように収縮している。
「イヨリの中、すごい……」
「言わないで……恥ずかし……」
「熱いし、きつい……すごく気持ちいい」
「マツバさんっ……!」
マツバがゆっくりと腰を引いた。半分くらいまで。そしてまた、ゆっくりと奥まで。
とん。
子宮口に先端が触れる。優しく。ノックするように。
「ひぁっ……!」
イヨリの声が跳ねた。
「ここ? ここが気持ちいい?」
「そこ……っ、そこ、いい……すごく……とんとんって……くる……」
マツバはリズムを作った。ゆっくり引いて、ゆっくり押す。奥に当たるたびに、優しく。とん、とん、と。
「あっ、あっ、あっ……んっ、ンぁっ……」
イヨリの声が、一突きごとに漏れる。甘くて、高くて、可愛らしい喘ぎ声。
「マツバ、さ……すき……すき、です……」
「僕も好き。大好き」
「あぁっ……大好きって……言われると……中、きゅってなる……」
「本当だ……今、すごく締まった」
「やっ……自分で、言って、おいて……あっ、あっ、ンンっ……!」
マツバが少しだけテンポを上げた。
腰の動きが速くなる。でも乱暴ではない。一突きごとに奥まで入って、とんとんと子宮口をノックして、引いて。
「ひぁっ、あっ、あぁっ、あっ、あぁあっ……!きて、る……また、きてる……!」
「イっていいよ」
「あっ、あっ、あっ——ンンっ——!!」
二度目の絶頂。
イヨリの体がかくかくと痙攣した。中がぎゅうぎゅうとマツバを絞るように収縮して、じゅぷっと温かいものが溢れた。
「あ……でて……っ、お水……でちゃ……」
潮を吹いた。マツバと繋がったまま、びくびくと体を震わせながら、シーツを濡らすほどの量が溢れている。
「すごい……イヨリ、すごいよ」
「やだ……見ないで……恥ずかし……」
「恥ずかしくないよ。気持ちいい証拠だよ」
「でも……こんな……っ」
マツバはイヨリが落ち着くのを待たなかった。
そのまま——まだ収縮を繰り返しているイヨリの中で——腰を動かし始めた。
「えっ、ちょっ……待っ……まだ、イったば——あぁああっ!!!」
絶頂直後の過敏になった体に、マツバの刺激が追い打ちをかける。
「やっ、やっ、やぁっ……!だめ……すぐ、またイっちゃ……!」
「イっていいよ。何回でも」
「むりっ……むりです……あっ、あっ、あっ、ンぁっ——」
三度目。
今度は声すら出なかった。
口が開いたまま、音のない叫びで体を弓なりに反らせて、がくがくと震えている。潮がまた溢れた。マツバの腹部を濡らすくらい。
「……っ、は……ぁ……もう……むり……」
「まだいけるよ」
「いけ、ません……っ、体……力……入ら、ない……」
「じゃあ力入れなくていい。全部僕に任せて」
マツバがイヨリの脚を持ち上げた。膝の裏に手を添えて、少し角度を変えて。
この角度だと——さっきよりもっと奥に届く。
「あ——ッ!!!すご……奥、すご……!」
「痛い?」
「痛くない……!けど、すご……い……深い……今までで一番、深い……」
マツバが腰を動かした。
深く入れて、奥に当てて、ゆっくり引いて、また深く。
とんとんとん。
「あぁっ、あぁっ、あっ、ンンっ、あぁあっ……!止まらな……イくの止まらない……!」
イヨリの体が震え続けている。一突きごとに小さな絶頂が訪れている。波のように。寄せては返す波のように。
「マツバさ……マツバさん……好き……好き……だい、すき……」
「イヨリ。僕も。僕もだいすき」
「あっ……一緒に……マツバさんも、一緒にイって……」
「うん……イヨリと一緒にイきたい……」
「きて……中に……全部、中に……」
「いいの?」
「いい、です……マツバさんの、全部、ほしい……」
マツバの理性が、その言葉で溶けた。
腰の動きが速くなった。深く、強く、でも乱暴ではなく。愛を込めて。イヨリを壊さないように。でも——全部を注ぎ込むように。
「あっあっあっあっ——ンっ、ンっ、あぁっ——きて、きてますっ——マツバさ——!」
「イヨリ……イヨリ!」
「いっ、しょに——いっしょに——!!」
マツバの体が、びくんと大きく震えた。
奥の奥まで押し込んで——
「——ッッ!!」
射精。
イヨリの一番深いところに、熱い精液が注がれた。どくどくと脈打つように。何度も、何度も。
同時にイヨリも——
「あ、ぁああぁああっ———!!!!」
四度目の——最大の——絶頂。
全身が痙攣した。頭が真っ白になった。潮がまた溢れて、二人の繋がった部分からぐちゅぐちゅと音を立てて溢れた。イヨリの中がぎゅうぎゅうとマツバを搾り取るように収縮して、一滴も逃さないように締め付けている。
「あ……あ……まだ、出てる……マツバさんの……温かい……」
「……うん……まだ出てる……」
「いっぱい……たくさん……温かい……」
二人とも、しばらく動けなかった。
繋がったまま。マツバがイヨリの上に伏せて、額と額を合わせて。荒い呼吸がお互いの唇に触れる。
「……イヨリ」
「はい……」
「すごく、気持ちよかった」
「……わたしも……マツバさんと一緒にイけて……幸せでした」
「幸せ?」
「はい。すごく」
マツバが微笑んだ。疲れた顔で。でも満ち足りた顔で。
「抜くね」
「あっ……ん……」
ゆっくり引き抜くと、繋がっていた部分からとろりとマツバの白いものが溢れた。イヨリが恥ずかしそうに太腿を閉じた。
「出てきちゃう……」
「大丈夫。全部やるから、動かないで」
マツバがベッドから降りた。
まず洗面所に行って、タオルを温めてきた。ぬるま湯で濡らした、柔らかいタオル。
「ん……?」
「温かいタオルの方がいいでしょ。ティッシュだと肌に摩擦がかかるから」
「……どこでそんな知識を」
「イヨリのために調べた」
イヨリが絶句した。
マツバは温タオルで、まずイヨリの太腿の内側をそっと拭いた。とろりと溢れた白いものを、丁寧に。力を入れず、肌の上を滑らせるように。
「んっ……」
「痛い?」
「痛くない……です……まだ、敏感で……」
「ごめんね。すぐ終わるから」
太腿の内側から、下腹部へ。汗を拭いて。お腹を拭いて。胸元を拭いて。首筋を拭いて。
「……全身拭くんですか」
「汗かいてるから。冷えると風邪引くよ」
「マツバさんの方がよっぽど汗かいてるのに……」
「僕は後でいい。イヨリが先」
背中も。マツバがイヨリの体を優しく横向きにして、背中をそっと拭いた。汗で湿った肌に温かいタオルが触れると、イヨリがほう、と息を吐いた。
「気持ちいい……」
「よかった」
タオルを替えた。新しいのをもう一枚持ってきていたのだ。
「……用意がいいですね」
「一枚だと冷めるから」
二枚目のタオルで仕上げの拭き取り。今度は腕を一本ずつ。手の甲、指の間まで。それから脚。右脚を丁寧に。そして左脚——ここは特に慎重に。
「左足、痛くなってない? さっき、結構足を開いたから」
「……大丈夫、です。でも少しだけ……張ってるかも」
マツバの手が、イヨリの左足首を包むように握った。温かい手で。
そのまま、ゆっくりと揉み始めた。
「えっ……マツバさん、何して」
「マッサージ」
「今? このタイミングで?」
「足が張ってるって言ったでしょ。放置すると朝辛いよ」
事後に。裸のまま。左足をマッサージする男。
イヨリは天井を見つめて、深いため息をついた。
マツバの指が、ふくらはぎの筋を丁寧にほぐしていく。足首を回して、足の甲を親指で押して。力加減が絶妙だった。強すぎず、弱すぎず。
「……いつの間にこんなに上手に……」
「毎日見てるから。どこが凝りやすいか、もうわかってる」
「……」
「この辺が固くなりやすいよね。装具が当たるところ」
「……はい」
「ここは?」
「あっ……そこ、気持ちいい……」
「よかった」
足のマッサージを五分ほど続けて、イヨリの左足がほぐれたのを確認してから、マツバはベッドサイドのテーブルに手を伸ばした。
水。
ペットボトルの水を、コップに注いで、イヨリの唇に当てた。
「……至れり尽くせりすぎませんか」
「喉乾いてるでしょ。声出したから」
「それをストレートに言うのやめてください……」
「事実だよ。四回分の」
「回数を数えないでください!」
イヨリが赤くなりながらも水を飲んだ。こくこくと。喉が動く。唇に水滴がついた。マツバが親指でそっと拭った。
「もう一杯飲む?」
「……お願いします」
二杯目を飲み終えたイヨリの唇に、マツバがそっとキスをした。水の味がした。
「……ん」
「次、シーツ替えるね」
「え——今?」
「濡れてるから。このまま寝ると冷たいでしょ」
「でも、わたし動けない……」
「動かなくていいよ。イヨリを持ち上げるから」
マツバがイヨリを軽々と抱き上げた。お姫様抱っこ。裸のまま。イヨリがきゃっと声を上げた。
「ちょっ……恥ずかし……」
「何を今さら」
マツバはイヨリを一旦ソファに下ろして、手早くシーツを剥がした。新しいシーツを引いて、枕カバーも替えた。
「枕カバーまで……」
「汗が染みてるから」
「完璧すぎます……」
新しいシーツの上にイヨリをそっと置いた。ひんやりとした清潔なシーツの感触に、イヨリが小さく声を上げた。
「あっ……気持ちいい……」
「でしょ」
次にマツバは、イヨリのパジャマを持ってきた。
「着せるね」
「自分で着られます」
「着せたいの。僕が」
「……」
マツバがイヨリの腕を一本ずつ、パジャマの袖に通した。ボタンを一つずつ留めていく。さっき一つずつ外したのと、逆の順番で。下から上へ。
「……脱がす時は焦らしたくせに、着せる時は丁寧なんですね」
「どっちも丁寧だよ」
「脱がす方は丁寧とは言いません」
「愛情表現の一種だよ」
「着せるのも?」
「着せるのも」
ボタンを全部留めた。襟を整えた。それからズボンも履かせて。ゴムの位置を直して。
下着も新しいものに替えた。イヨリの引き出しから出してきた。どこに何が入っているか、完全に把握している。
「……わたしの下着の場所まで覚えてるんですか」
「当然」
「当然って言い切るの怖いです」
「愛だよ」
「愛で片付けないでください」
マツバ自身もパジャマに着替えた。それから、最後に。
ブラシを持ってきた。
「……え」
「情事で髪が乱れてるから」
「ブラシまで……」
マツバがイヨリの後ろに座って、黒髪にブラシを通した。絡まったところを丁寧にほどいて、毛先から順番に。引っかからないように。
「……さっき乾かしたばかりなのに」
「だからこそ。綺麗に乾かしたのに乱れたまま寝たらもったいないでしょ」
ブラシを通すたびに、イヨリの髪がさらさらと流れていく。
「……綺麗だよ」
「……もう何回目ですか、今日それ」
「何回でも言う」
イヨリが——ふっ、と笑った。
呆れと愛情が半分ずつ混ざった、温かい笑い。
「……マツバさん」
「うん」
「いつも思うんですけど」
「なに」
「アフターケアが丁寧すぎます」
「大事な人の体だから」
「温タオル二枚と、水二杯と、足のマッサージと、シーツ交換と、着替えさせてもらって、ブラッシングまでしてもらって……ホテルのサービスより丁寧です」
「ホテルはイヨリの下着の場所知らないでしょ」
「そこ張り合うところじゃないです」
「……大事な人の体を、さっきまであんなにしたんだから。ちゃんとケアするのは当然だよ」
「あんなに?」
「四回もイかせたんだから」
「自分で言うんですか……」
「言うよ。全部僕がしたことだから。気持ちよくしたのも、ケアするのも、全部僕の仕事」
「……仕事って」
「仕事じゃないな。……特権、かな」
「特権」
「イヨリの体を、最初から最後まで大事にできるのは僕だけだから。特権」
イヨリの目がじわりと潤んだ。
「……ずるい。そんなこと言われたら、何も言い返せないじゃないですか」
「言い返さなくていいよ。ただ受け取って」
「……」
「受け取ってくれる?」
「……はい。受け取ります」
イヨリがぽすん、とマツバの胸に顔を埋めた。
「……大好きです」
「僕も大好き」
「今日の、すごく気持ちよかったです」
「よかった。イヨリが気持ちいいのが、僕は一番嬉しい」
「……マツバさんは? 気持ちよかったですか?」
「すごく。イヨリの中、最高だった」
「ストレートに言わないでください……」
「本当のことだよ」
イヨリがマツバの胸に顔を擦りつけた。
マツバの腕がイヨリの背中に回った。もう一方の手が——イヨリの髪を撫でた。
さっき乾かしたばかりの、綺麗な黒い髪。情事で少し乱れているけれど、それもまた綺麗だ。
「……マツバさんの手、温かい」
「イヨリの体も温かい」
「元気出ました」
「そう?」
「四回もイったのに元気出ました」
「それだけ気持ちよかったってことだよ」
「マツバさんのせいです」
「僕のおかげ、でしょ」
「……おかげ、です」
イヨリが小さく笑った。
マツバもつられて笑った。
二人は裸のまま抱き合って、いつものように布団を引き上げた。
マツバがイヨリの腰に腕を回して、いつもの定位置。イヨリの背中がマツバの胸にぴったりとくっつく。
「おやすみ、イヨリ」
「おやすみなさい、マツバさん」
「今日も綺麗だったよ」
「……髪のことですか? 全体のことですか?」
「全部」
「……ばか」
イヨリの声が、幸せに溶けていた。
マツバの腕の中で、イヨリの呼吸がゆっくりと穏やかになっていく。
幸せだ。
ただ単純に、混じりけなく、幸せだ。
この温もりが——永遠に続きますようにと。
マツバは目を閉じて、イヨリの髪に鼻先を埋めた。
シャンプーの匂い。イヨリの匂い。二人の匂い。
一番好きな匂い。
一番帰りたい場所の匂い。
* * *
― 了 ―
あとがき by 佐藤美咲
読んでくださってありがとうございます。
トッポのように、最初から最後までたっぷりと愛と甘さの詰まった夜のお話でした!「いじわる」からの「ちゃんと言ってほしい」の甘々ラリー、子宮トントンからの一連の絶頂フルコース、そしてなにより——ホテル顔負けの「丁寧すぎるアフターケア」!
愛撫から行為、そしてその後のケアに至るまで、すべてを「特権」だと言い切るマツバさんの底なしの溺愛に、イヨリちゃんと一緒に溺れていただければ何よりです。