まだ慣れない、という幸福
結婚して、まだ二週間だった。
朝の陽光がレースのカーテン越しに寝室へ差し込んで、白いシーツの上に淡い光の模様を描いている。二人で選んだカーテン。新居に引っ越してきた日、イヨリが「これがいい」と指差した、繊細な花柄のレースだった。マツバはカーテンの良し悪しなど分からなかったが、イヨリが嬉しそうに微笑んだから、即座に頷いた。
その時の笑顔が、脳裏に焼き付いている。
マツバはベッドの中で目を覚ました。左手に、温もりがない。隣で眠っていたはずの小さな身体が、いない。代わりに、キッチンの方から微かな音が聞こえてきた。包丁がまな板を叩く、とんとんという軽やかなリズム。そして、かすかに聞こえる鼻歌。楽しそうな、柔らかな旋律。
マツバはベッドから起き上がり、寝室のドアを開けた。
キッチンに、イヨリが立っていた。
マツバのワイシャツを一枚だけ羽織っている。丈が長くて、太腿の半ばまで覆い隠している。袖は余っていて、手首の先がひらひらと揺れている。ボタンは上から三つ外されていて、鎖骨と胸元の谷間がちらりと覗いていた。その下は、薄いキャミソールと、淡いピンクのショーツだけ。
素足のつま先が、フローリングの上で小さく動いている。冷たいのだろう。でもスリッパを履かずに、鼻歌を歌いながら味噌汁を作っている。
左手の薬指に、銀色の指輪が光っていた。
マツバの心臓が、ずきりと痛んだ。痛いほどに、愛おしかった。
「イヨリ」
後ろから声をかけた。イヨリの肩がびくっと跳ねて、振り返った。
「あ、マツバさん、おはよう。……起きちゃった? もうちょっとで朝ごはんできるから、待っててって思ったのに」
頬を少し膨らませて、でも目は笑っている。寝起きの髪がふわふわと跳ねていて、頬にはまだ枕の跡が微かに残っていた。マツバのシャツの裾が、振り返った拍子にふわりと揺れて、白い太腿が一瞬見えた。
マツバは、黙って後ろからイヨリを抱きしめた。
「わっ……マツバさん……?」
「おはよう」
イヨリの首筋に顔を埋めた。石鹸の残り香と、イヨリ自身の甘い匂い。昨夜のシャンプーの名残が、髪からふわりと漂ってくる。マツバの腕が、イヨリの腰に回された。シャツ越しの体温が、指先に伝わってきた。
「ねえ、マツバさん、お味噌汁吹きこぼれちゃう……」
「いいよ。このまま少しだけ」
「もう……甘えん坊さんなんだから」
イヨリが小さく笑った。でも、火を弱めてから、マツバの腕の中に身体を預けた。背中がマツバの胸に触れて、心臓の鼓動が伝わってくる。穏やかで、温かくて、この上なく幸せな鼓動。
「僕のシャツ」
「え? ……あ、ごめん、勝手に着ちゃった。パジャマ洗濯してて……」
「似合ってる。すごく」
「……恥ずかしいよ、そういうこと朝から言うの」
イヨリの耳が、じわりと赤くなった。でも嬉しそうに、唇の端が微かに上がっている。マツバの腕をほどこうとせず、むしろ自分の手をマツバの手の上に重ねた。指を絡めると、イヨリの薬指の指輪が、マツバの指輪に触れて、ちん、と小さな金属音を立てた。
「……まだ、慣れないね。この音」
イヨリが呟いた。指輪同士がぶつかる音。夫婦の証が触れ合う音。
「慣れなくていいよ。ずっと、ドキドキしてて」
「マツバさんこそ、慣れてるの?」
「全然。毎朝、隣にイヨリがいるだけで、心臓がおかしくなりそうだ」
イヨリが、くすりと笑った。
「……私も。毎朝起きるたびに、夢じゃないよねって確認してる」
「夢じゃないよ」
マツバがイヨリの耳元で囁いた。そっと唇で耳たぶに触れると、イヨリの身体がぴくりと震えた。
「……マツバさん、朝から……」
「ダメ?」
「ダメじゃ……ないけど……ご飯……」
「ご飯は後でいい」
「……もう」
イヨリが観念したように、コンロの火を止めた。味噌汁のお椀はそのまま、マツバの腕の中で振り返った。上目遣いで見上げてくる。桜色に染まった頬。潤んだ瞳。少しだけ開いた唇。
マツバが、その唇にキスを落とした。
リビングのソファに座って、キスを続けていた。
マツバの膝の上に、イヨリが横向きに座っている。マツバの左腕がイヨリの背中を支え、右手がイヨリの頬を包んでいた。唇を何度も重ねて、離して、また重ねる。ゆっくりと。味わうように。
「ん……ちゅ……」
イヨリの右手が、マツバのTシャツの胸元を握りしめていた。縋るように。もっと近づきたいと言うように。
マツバの舌が、イヨリの唇をそっと舐めた。その合図を待っていたかのように、イヨリが唇を開いた。舌先が触れ合い、絡み合った。温かくて、柔らかくて、ほんのり味噌汁の味がした。
「……朝ごはんの味がする」
「っ……もう、恥ずかしいこと言わないで……」
イヨリが顔を赤くして俯いた。でも、その手はマツバのTシャツから離れない。
マツバの手が、イヨリの髪を梳いた。柔らかい栗色の毛先を指に巻き付けて、耳の後ろをくすぐるように撫でた。イヨリの身体がとろりと緩んだ。
「ここ、弱いの知ってるでしょ……」
「奥さんの弱いところは、全部知っておきたい」
「……奥さん、って呼ばれるの、まだ慣れない……」
「慣れなくていい。何度でも呼ぶから。奥さん」
「……っ、やめて、心臓止まる……」
イヨリがマツバの胸に顔を埋めた。耳まで真っ赤だった。でも声は、嬉しさで震えていた。
マツバの手が、イヨリの背中を撫でた。ワイシャツ越しの肩甲骨を指でなぞり、背骨に沿って下へ降りていく。腰のくびれに触れた時、イヨリの身体がびくりと跳ねた。
「ん……」
微かな吐息。拒絶ではなく、期待の混じった吐息。
マツバの手が、シャツの裾に触れた。ゆっくりと中に入り込み、素肌に直接触れた。腰の柔らかい肌。温かくて、滑らかで。マツバの指先が触れるたびに、鳥肌が立つのが分かった。
「マツバさん……」
イヨリが顔を上げた。瞳が潤んでいた。恥ずかしそうで、でもどこか期待を含んだ視線。
「……しても、いい……?」
マツバが訊いた。訊かなくても分かっている。でも、毎回訊く。イヨリの口から「うん」と言ってもらうのが好きだから。
イヨリが、小さく頷いた。
「……うん。……朝から、ちょっと恥ずかしいけど……」
「恥ずかしい方が可愛い」
「……意地悪」
マツバがイヨリを抱き上げた。お姫様抱っこ。イヨリが慌ててマツバの首に腕を回した。
「歩けるよ……?」
「奥さんを抱っこして寝室まで運ぶの、新婚の特権」
「もう……マツバさんったら……」
イヨリが、照れくさそうに、でも嬉しそうに笑った。マツバの首に顔を埋めて、甘えるように身体を預けた。左手の薬指の指輪が、マツバのうなじに触れて、ひやりと冷たかった。
ベッドに下ろされた。
朝の光がレースカーテン越しに差し込む寝室に、二人の影が重なった。シーツの上に横たわったイヨリを、マツバが見下ろしている。
マツバのワイシャツが乱れて、鎖骨から胸元にかけて大きく開いていた。キャミソールの薄い生地越しに、胸の膨らみの輪郭が見えている。裾はめくれ上がって、白い太腿と淡いピンクのショーツが露わになっていた。
イヨリが、両手で自分の顔を覆った。
「……見ないで」
「結婚して二週間経つのに、まだそれ言う?」
「だって……朝の明るい中で見られるの、恥ずかしいんだもん……」
「夜は平気なのに?」
「夜は……暗いから……ごまかせるし……」
マツバが、くすりと笑った。イヨリの手をそっと外して、顔を覗き込んだ。真っ赤になった頬。潤んだ瞳。でも、目を逸らさなかった。マツバの顔を、まっすぐに見上げていた。
「きれいだよ、イヨリ」
「……ありがとう……でも、そういうこと言われると余計に恥ずかしい……」
マツバがイヨリの額にキスを落とした。瞼に、鼻先に、頬に。小さなキスを何度も落としてから、唇に辿り着いた。優しく唇を重ねて、ゆっくりと舌を入れた。イヨリの口内が温かくて、柔らかくて、マツバの舌を迎え入れるように絡みついてきた。
キスをしながら、マツバの手がワイシャツのボタンを一つずつ外していった。最後のボタンが外れて、シャツが左右に開いた。薄いキャミソール一枚の上半身が現れた。
マツバの指先が、キャミソールの肩紐を滑らせた。左肩、右肩。するりと落ちて、胸の膨らみが露わになった。小ぶりで形の良い乳房。薄桃色の乳首が、朝の肌寒さか、それとも期待か、ほんのり立ち上がっていた。
「あ……」
イヨリが小さく声を漏らした。マツバの視線が胸に注がれているのを感じて、恥ずかしそうに腕で隠そうとした。マツバがその手首をそっと掴んで止めた。
「隠さないで」
「……恥ずかしいよ……」
「僕の奥さんなんだから、見せて」
「……奥さん、って言われると……断れなくなる……ずるい……」
イヨリが観念したように腕を下ろした。マツバの唇が鎖骨に触れ、胸の上を辿り、乳房の膨らみに沿って降りていった。舌先で乳首の周りを円を描くように舐め、先端にそっと唇を押し当てた。
「ん……っ♡」
イヨリの背中がシーツから微かに浮いた。マツバの舌が乳首を転がし、唇で軽く吸い上げた。ちゅ、ちゅ、と音を立てて。赤ちゃんが母乳を吸うみたいに、でもそれよりずっと、淫靡な音で。
「マツバさん……♡ そんなに……吸わないで……♡」
「イヨリの胸、甘い味がする」
「嘘……そんなわけ……あっ、ん……♡♡」
右の乳首を口に含みながら、左の乳首を指で摘まんだ。くりくりと転がして、軽く引っ張る。イヨリの太腿がもじもじと擦り合わさった。胸だけで感じ始めている。
マツバの唇が乳房から離れて、お腹を通り、臍の横にキスを落とした。柔らかいお腹の皮膚が、マツバの唇に触れてぴくりと跳ねた。くすぐったさと快感の中間にある、曖昧な感覚。
「あっ……お腹……くすぐったい……♡」
マツバの指がショーツの縁に触れた。淡いピンクの布地。新婚の奥さんが選ぶ、清楚だけど少しだけ色気のあるデザイン。レースの縁取りが指に引っかかった。
「脱がすよ」
「……うん……」
イヨリが腰を浮かせた。マツバがショーツをゆっくりと引き下ろした。太腿を通り、膝を超え、足首から抜いた。イヨリの脚の間が、完全に露わになった。
既に濡れていた。花弁が蜜で濡れて、薄桃色の肌が艶やかに光っている。マツバがキスを落としただけで、胸を吸っただけで、ここまで濡れている。
イヨリが恥ずかしそうに脚を閉じようとした。マツバが太腿を優しく押さえて、開いたまま保った。
「……見ないでって言ったのに……」
「見るよ。奥さんの全部、見たい」
「朝から……こんな……恥ずかしい……♡」
「恥ずかしがってるイヨリが一番可愛い。でもね……」
マツバの指が、花弁の上を軽くなぞった。ぬるりと蜜が指にまとわりついた。
「こんなに濡れてるの、可愛いだけじゃないよね。僕の奥さん、存外えっちだ」
「っ……! そんなこと、言わないで……!」
イヨリが両手で顔を覆った。でも太腿は閉じなかった。閉じられなかった。隠しているようで、身体は正直だった。
「えっちじゃないの?」
「……えっちじゃない、もん……」
「じゃあ、ここがこんなに濡れてるのは?」
マツバの指が、花弁を割って蜜を掻き出した。とろりとした透明な液が指を伝って落ちた。イヨリの身体がびくっと震えた。
「そ、それは……マツバさんが……いっぱい触るから……♡」
「触る前から濡れてたよ。キッチンで抱きしめた時から」
「……っ……」
イヨリが言葉を失った。図星だった。朝、マツバに後ろから抱きしめられた時から、下着が湿り始めていたのを、気づかれていた。
「新妻がそんなに感じやすいの、僕は嬉しいけどね」
マツバが微笑みながら、花弁の間に指を滑り込ませた。蕾を親指の腹で撫でると、イヨリの腰がガクンと跳ねた。
「ひゃっ……♡♡ そこ……♡」
「ここ?」
親指がくるくると円を描くように蕾を刺激した。中指がゆっくりと膣口に沈んでいく。温かくて、柔らかくて、蜜でぬるぬるしている。マツバの指を奥へ奥へと誘うように、内壁がぎゅっと締め付けてきた。
「あぁ……♡ 入ってる……マツバさんの指……♡♡」
「気持ちいい?」
「気持ちいい……♡ でも……指じゃなくて……♡」
イヨリが、もじもじと言い淀んだ。顔を覆っていた手を少しだけずらして、片目だけでマツバを見上げた。潤んだ瞳に、はっきりとした欲望が浮かんでいた。
「指じゃなくて?」
「……マツバさんの……ほしい……♡」
「何が?」
「意地悪……言わなくても分かるでしょ……♡」
「分かるけど、言ってほしい。奥さんの口から聞きたい」
イヨリが、真っ赤になりながら唇を震わせた。恥ずかしい。でも言いたい。欲しい。もう我慢できない。
「……マツバさんの……おちんちん……ほしい……♡ 中に……入れて……♡♡」
マツバの目が、一瞬だけ熱を帯びた。普段は穏やかで優しい紫の瞳が、一瞬だけ獣のように光った。
「……今の、もう一回言って」
「無理……♡ 一回で限界……♡♡」
マツバが、イヨリの唇にキスを落とした。深く、激しく。今までの優しいキスとは違う、欲望を隠さないキス。イヨリが息を呑んで、でもすぐにキスに応えた。舌を絡めて、唾液を交換して。お互いの欲しい気持ちを、唇で確かめ合った。
マツバが服を脱いだ。
Tシャツを頭から脱ぎ捨てて、下着も一緒に下ろした。引き締まった身体と、既に硬く勃ち上がったものが、イヨリの目の前に現れた。
イヨリが、じっと見つめていた。恥ずかしそうに、でも目を逸らさずに。結婚して二週間。何度も繋がった。何度も見た。でもまだ慣れない。こんなものが自分の中に入るなんて、と毎回不思議に思う。
「……大きい……」
「毎回言うね、それ」
「だって毎回思うんだもん……」
マツバがイヨリの脚の間に身体を滑り込ませた。太腿の内側に自分の腰を当てて、先端をイヨリの花弁に触れさせた。まだ入れない。ただ触れているだけ。蜜が先端に絡みついて、ぬるりと滑った。
「入れていい?」
「……うん……来て、マツバさん……♡」
マツバが腰を進めた。先端が花弁を押し広げ、膣内に沈んでいく。温かい肉壁がマツバを迎え入れて、ぎゅっと締め付けてきた。
「あ……♡ 入って……くる……♡♡」
ゆっくりと、少しずつ。急がない。焦らない。マツバはいつも、イヨリが慣れるまで待ってくれる。イヨリの表情を見ながら、苦しそうなら止まり、気持ちよさそうなら進む。
最奥まで辿り着いた。マツバの全部が、イヨリの中に収まっていた。
「全部……入った……♡ マツバさんで……いっぱい……♡♡」
「痛くない?」
「ううん……♡ 気持ちいい……♡ あったかい……♡♡」
マツバがイヨリの額にキスを落とした。汗が滲み始めた額に。それから頬に、唇に。キスをしながら、ゆっくりと腰を動かし始めた。引いて、入れる。ゆっくりとしたリズムで。優しく、丁寧に。
「んっ……♡ あっ……♡♡ マツバさん……♡」
ぬちゅ、ぬちゅと、蜜を掻き回す水音が寝室に響いた。静かな朝の空間に、二人の息遣いと、結合部の湿った音だけが満ちていく。
「イヨリ……きつい……すごく気持ちいい……」
「私も……♡ マツバさんが……中で動いてるの……分かる……♡♡」
マツバの手が、イヨリの左手を取った。指を絡めて、ぎゅっと握った。指輪同士がまた触れ合って、ちん、と小さく鳴った。
「あ……指輪の音……♡」
「うん。夫婦の音」
「……マツバさんの奥さんになれて……よかった……♡♡」
イヨリの目に涙が滲んだ。嬉しくて。幸せで。マツバと繋がっていて、身体も心も一つになっていて。この人の奥さんなんだと思ったら、涙が止まらなかった。
マツバがその涙を唇で拭った。目尻にキスを落としながら、腰のリズムを少しだけ速めた。
「泣かないで。……泣いてる顔も可愛いけど」
「嬉し泣きだから……許して……♡♡」
マツバの律動が安定したリズムを刻んでいた。深く、ゆっくり、でも確実に。イヨリの最も感じる場所を的確に突いている。二週間で覚えた、奥さんの身体の地図。イヨリが最も声を上げる角度を、マツバは既に知っていた。
「あっ……♡♡ そこ……♡ マツバさん、そこ好き……♡♡♡」
「ここ?」
ずん、と深く突き入れて、少し上向きに角度を変えた。内壁の敏感な場所を、先端で擦り上げるように。
「ひぁっ……!♡♡♡ そこぉ……♡♡ 気持ちいい……♡♡♡」
イヨリの脚がマツバの腰に巻き付いた。踵がマツバの背中を押して、もっと深くと求めた。無意識に。恥ずかしいけど、身体が勝手に動く。もっと欲しい。もっとマツバを感じたい。
「イヨリ、自分から腰動かしてる」
「えっ……あ……♡ ご、ごめん……勝手に……♡♡」
「謝らなくていいよ。嬉しい。奥さんが僕を求めてくれるの」
マツバがイヨリの腰を両手で掴んで、引き寄せるように突き上げた。ぱん、と肌が打ち合う音が鳴った。
「あっ!♡♡♡ 深いっ……♡♡♡」
「もっと?」
「もっと……♡ もっとちょうだい……♡♡」
イヨリが、涙を浮かべながら甘えた声で言った。恥ずかしそうに、でも正直に。マツバの奥さんになって、こんなにえっちになった自分が信じられない。でも、マツバとだからこうなる。マツバに触られると、身体が正直になってしまう。
マツバの律動が速くなった。ぱん、ぱん、ぱん、と乾いた音がリズミカルに響く。蜜が結合部から溢れて、シーツに染みを広げていく。
「マツバさん……♡♡ 好き……♡ 大好き……♡♡ 結婚してくれてありがとう……♡♡♡」
「僕も……好きだよ……イヨリ……」
マツバの声が、荒い息の間から漏れた。いつもは冷静なマツバが、余裕を失い始めている。イヨリの中が気持ちよすぎて。内壁が締め付けてきて。何より、「結婚してくれてありがとう」という言葉が、心臓を直接殴ったみたいに効いた。
「イヨリ……もうすぐ……」
「私も……♡♡ 一緒にイこう……マツバさん……♡♡♡」
「うん……一緒に……」
マツバが最後の加速をした。深く、強く、でも乱暴ではなく。愛を込めた一突きごとに、イヨリを絶頂へ導いていく。
「イくっ……♡♡♡ マツバさんと一緒にイくっ……♡♡♡♡」
「イヨリっ……!」
同時に達した。イヨリの膣壁がマツバを激しく締め上げ、マツバが最奥で射精した。灼熱の精が子宮に注がれて、イヨリの全身が痙攣した。指を絡めた左手を、お互いに強く握りしめた。指輪が重なって、冷たい金属の感触が、灼熱の身体の中でひどく鮮明だった。
「あぁぁ……♡♡♡♡ 温かい……♡ マツバさんの……いっぱい……♡♡♡♡♡」
イヨリの意識が白く飛んで、全身の力が抜けた。でも手だけは離さなかった。マツバの手を、指輪が触れ合ったまま、しっかりと握り続けていた。
事後。
二人はベッドに横たわり、向き合って抱き合っていた。マツバの腕の中にイヨリが収まり、額と額が触れ合っている。汗ばんだ肌が密着して、どちらの心臓の音かわからないほど近い。
「はぁ……♡ マツバさん……♡」
「ん?」
「……朝ごはん、冷めちゃったね」
マツバが吹き出した。イヨリも、つられて笑った。
「作り直す……?」
「いいよ。温め直せば。……それに、僕が作る」
「えっ、私が作るよ。奥さんの仕事でしょ」
「朝から甘やかしちゃったお詫び。今日は僕が作る」
「……甘やかしたのは私の方かも……マツバさんにおねだりしちゃったし……」
イヨリが恥ずかしそうに目を伏せた。さっき自分から「おちんちんほしい」と言ったことを思い出して、耳まで赤くなっている。
マツバがイヨリの耳たぶにキスを落とした。
「あれ、すごく嬉しかった」
「やめて……思い出させないで……♡」
「存外えっちな奥さんで、僕は幸せ者だ」
「えっちって言わないでっ……♡♡」
イヨリがマツバの胸をぽかぽかと叩いた。力のない、甘えた拳骨。マツバがそれを受け止めて、拳ごと包み込むように握った。左手と右手。指輪が触れ合って、ちん、と鳴った。三度目の音。
「この音、好きだな」
「……私も」
イヨリが、マツバの胸に顔を埋めた。
「……マツバさん」
「ん?」
「まだ慣れないの。全部」
「全部?」
「隣にマツバさんがいることも。一緒に寝ることも。奥さんって呼ばれることも。こうやってえっちすることも。……全部、まだ慣れない」
マツバが、イヨリの髪を優しく梳いた。
「慣れなくていいよ」
「でも……」
「慣れないまま、ずっとドキドキしてて。僕も、毎日ドキドキしてるから。イヨリが隣にいるだけで、心臓がおかしくなるくらい」
イヨリが顔を上げた。涙は乾いていたけれど、瞳はまだ潤んでいた。幸福で潤んだ瞳。
「……じゃあ、まだ慣れないでいる。ずっと」
「うん。ずっと」
マツバがイヨリの唇に、朝最後のキスを落とした。柔らかくて、温かくて、幸せの味がするキス。
レースのカーテン越しの朝日が、二人の左手の薬指を照らしていた。銀色の指輪が、穏やかに光っていた。まだ傷一つない、新しい指輪。これから少しずつ、二人の日々で小さな傷がついていく。使い込まれて、磨り減って、でもそれは幸せの証になる。
イヨリは。チャムのシャツに包まれたまま、マツバの腕の中で目を閉じた。
まだ慣れない。全部。
でもそれは「まだ慣れない」という名前の、幸福だった。
― Fin. ―
あとがき(佐藤美咲の独白)
主。新妻イヨリ。可愛くて存外えっちな新妻イヨリ。あたし、書きながら何度「尊い」って叫んだか分からないわ。
新妻感を徹底的に盛り込んだの。マツバのワイシャツだけ着てるイヨリ、結婚指輪が触れ合う「ちん」という音を三回、「奥さん」呼びに照れるイヨリ、キッチンで朝ごはんを作る新妻、お姫様抱っこでベッドまで運ぶ新婚の特権。
「存外えっち」の描写にこだわった。普段は恥ずかしがりなのに、キスされただけでショーツが濡れてたり、自分から「おちんちんほしい」って言っちゃったり、無意識に脚でマツバの腰を挟んでもっと深くと求めちゃったり。恥ずかしがりながらも身体は正直、という二面性がイヨリの魅力なの。
指輪の音を繰り返したのは意図的。キッチンで手を重ねた時、手を繋いで繋がりながら、事後に拳を握った時。三回の「ちん」が、二人の関係の深まりを象徴してる。
最後の「まだ慣れない、という名前の幸福」で全部を回収した。慣れないことは不安じゃなくて、ずっとドキドキできる幸せなんだって。これが新婚の真髄よ。