SWEET MORNING LABYRINTH

二度寝のラビリンス

― 溶け合う朝、終わらない夢のなかで ―
STARRING MATSUBA & IYORI

目が覚めたのは、カーテンの隙間から差し込む朝日のせいだった。

薄い光が、和室の天井に淡い模様を描いている。冬の朝特有の、透明で冷ややかな光。でも、布団の中だけは別世界だ。二枚重ねの羽毛布団が作る、柔らかくて温かい繭。その繭の中に、私とマツバさんは二人で包まれている。

日曜日の朝。今日は、ジムも休み。大学の講義もない。論文の締め切りも、ない。

何もしなくていい、贅沢な一日。

隣を見ると、マツバさんがまだ眠っていた。金色の長い髪がシーツの上に散らばっている。寝息は静かで規則的、普段は凛として隙のないジムリーダーの顔が、今はまるで子どものように無防備に弛緩している。

……いつもは、この人のほうが先に起きる。当直の習慣で、夜明け前に目が覚めてしまうのだと言っていた。でも今朝は、珍しく深く眠っている。昨日、ジムの年末点検で三件の霊圧調整をこなしたから、疲れているのだろう。千里眼の連続使用は、見た目以上に体力を削る。

起きなくてもいい朝に、彼が安心して眠っている。

それだけで、胸の奥が温かくなった。

そっと身体をずらして、マツバさんの寝顔に向き合った。肘をついて、頬杖を突きながら、観察する。

閉じた瞳。長い金色の睫毛。鼻筋の通った横顔。薄い唇が僅かに開いて、そこから微かな寝息が漏れている。顎のラインから首筋にかけての、滑らかな線。和装の寝間着の衿元から覗く、鎖骨の影。

――綺麗だなぁ。

何度見ても、見飽きない。いつか飽きる日が来るのだろうかと思ったこともあるけれど、二年近く一緒に暮らして、まだその気配すらない。むしろ日を追うごとに、この人の美しさの解像度が上がっていく。新しい角度から光が当たるたびに、知らなかった輪郭が見えてくる。

指先を伸ばして、額にかかった金色の前髪に触れた。絹のような感触。柔らかくて、さらさらとしていて、指の間をすり抜けていく。

もう少しだけ近づいて、彼の匂いを吸い込んだ。石鹸の残り香と、布団の中に篭った温もりと、マツバさん自身の匂い。この匂いを嗅ぐと、身体の力が抜けて、世界が安全な場所に変わる。

……起こしたくない。でも、もう少し近くにいたい。

矛盾した二つの気持ちに挟まれたまま、私はそっとマツバさんの胸元に顔を寄せた。寝間着の上から、心臓の鼓動が聞こえる。規則的で、穏やかな音。この音を聞いていると、自分の心拍数もそれに同期していくのが分かる。

「……ん」

マツバさんが、微かに身じろぎした。

反射的に顔を離そうとしたけれど、間に合わなかった。長い腕が伸びてきて、私の身体を引き寄せた。ぐ、と。布団の中で、彼の胸に押し付けられる。

「……おはよ」

低い声。まだ覚醒しきっていない、掠れた声。朝一番の、少し湿った声。

この声は、反則だ。破壊力が、通常時の五倍はある。

「お、おはようございます」
「何時」
「……まだ八時です」
「……日曜?」
「日曜です」

マツバさんが、目を閉じたまま、深く息を吐いた。そして、私を抱きしめる腕の力が、少しだけ強くなった。

「じゃあ、まだ寝る」
「え、でも――」
「君も。二度寝しよう」

有無を言わさない。ジムリーダーの命令口調ではなく、甘えた声で、でも絶対に離す気がない力で、布団の中に引き込まれた。

マツバさんの腕の中は、迷路のようだ。

長い腕。大きな手のひら。胸板の厚み。全部が、私を封じ込めるように配置されている。仰向けの彼の身体に、私が半分重なるように絡みついて、頭は彼の肩の窪みにすっぽり収まっている。

逃げられない。逃げたくもないけれど。

二度寝しよう、と言われたのに、眠れるわけがない。この距離で。この体温で。この匂いで。

マツバさんの寝間着は、薄い木綿の和式のもので、胸元が少し開いている。そこから覗く肌が、布団の温もりでほんのりと紅潮している。鎖骨の谷間。胸骨の上の、浅い窪み。そこに、私の指先がある。

触れている。彼の素肌に。寝間着の隙間から覗いた、ほんの数センチの肌に。

心臓が痛いくらいに速く鳴っている。私の心臓なのか、マツバさんの心臓なのか、もう分からない。密着しすぎて、二つの鼓動が混ざり合っている。

「……寝ないの?」

マツバさんの声。目は閉じたまま。でも、口角が微かに上がっている。

「ね、寝ようとしてます」
「嘘。心臓、ばくばくしてるよ」
「っ……」

バレている。当たり前だ。この距離で心拍数を隠すのは、物理的に不可能だ。

「君のせいです」
「僕は何もしてないけど」
「存在してるだけで十分です」

マツバさんが、小さく笑った。胸が震えて、その振動が私の頬に伝わってくる。

「じゃあ、もう少し存在してあげようか」

言いながら、彼の手が動いた。私の腰に回されていた手が、背中を撫で上げている。パジャマの上から。上下に、ゆっくりと。背骨に沿って、指先が這う。

「っ……」
「マッサージ。寝やすくなるように」
「全然ならないです……」

なるわけがない。指先が背中を上へ辿るたびに、皮膚の下で甘い火花が散る。下へ降りるたびに、腰の奥がじんわりと熱くなる。これはマッサージではない。火をつけている。丁寧に、計画的に、確実に。

マツバさんの手が、パジャマの裾に辿り着いた。布地の端から、指先が一本だけ、素肌に触れた。

腰がびくりと跳ねた。

「……冷たい?」
「い、いえ……温かいです」

温かい。彼の指は温かくて、私の素肌はそれより少しだけ冷えていて、触れた場所から温度差が溶け合うように広がっていく。一本の指だけ。それだけなのに、私の全身が過敏に反応している。

「もう少し……触っていい?」

低い声で聞かれた。目を閉じたまま。反映、声のトーンが変わっている。普段のマツバさんの声ではない。少しだけ掠れた、熱を含んだ声。

「……はい」

自分の声が、信じられないほど小さかった。

パジャマの裾の下に、マツバさんの手が滑り込んだ。

大きな手のひらが、腰の曲線をなぞるように、素肌の上を移動していく。指が腰骨の上を撫で、ウエストのくびれを辿り、背中の真ん中あたりで、手のひら全体が密着した。

「……っ」

温かい。手のひらの温度が、パジャマ越しとは比べ物にならない直接さで、私の感覚に侵入してくる。皮膚が彼の体温を吸収して、その温もりが皮下脂肪を透過して、筋肉の奥の奥まで浸透していく。

マツバさんの手は、人体工学的に私の腰にぴったり合う。四指が背骨の脇にきて、親指が腰骨の上に乗っている。手のひらの中央が、腰のくびれの一番細い部分にフィットしている。何回も触れてきた場所だから、彼の手は私の身体の設計図を暗記している。

「力、入ってるよ」
「……無理です」
「力抜いて。僕が支えてるから」
「あなたが原因で力が入ってるんです……」

マツバさんが、また笑った。でも今度の笑いは、さっきとは違う。低くて、少しだけ意地悪な笑い。

「じゃあ、力が入れられないくらいにしてあげよう」

言い終わらないうちに、身体が反転させられた。

仰向けに押し倒されたわけではない。マツバさんが横を向いて、自分も横向きになった私と、布団の中で向かい合う形になった。至近距離に、金色の瞳がある。ようやく目を開けた彼の瞳。朝日が棲んでいる、蜂蜜色の虹彩。

「……おはよう」

言い直すように。今度は、目を見て。

「おはよう、ございます……」

声が震えた。この距離で、あの目で見つめられると、身体中の骨が溶けそうになる。

マツバさんの手が、パジャマの上に戻った。胸元のボタンに、指がかかる。掛けるのではない。外す方向に。

「一つだけ」

カシュ、と小さな音がして、一番上のボタンが外れた。鎖骨が露わになる。

「もう一つ」

二番目のボタン。胸の谷間の始まりが見えた。冬の空気が、布団の隙間から忍び込んできて、露わになった肌を撫でる。でも、寒くない。彼の視線が、火のように熱いから。

「……もう一つ、いい?」

聞かれて、私は唇を噛んだ。恥ずかしい。朝日の中で、こんなに明るい場所で、一枚ずつ剥がされていく。夜の暗がりなら隠せるものが、何も隠せない。

でも。

「……どうぞ」

三番目のボタンが外れた。

マツバさんの息が、微かに速くなったのが聞こえた。金色の瞳が、一瞬だけ暗く深くなった。

布団の中で、ゆっくりと、世界が溶けていった。

急がない朝だった。

マツバさんは、いつもの夜よりずっとゆっくりとしていた。一つ一つのボタンを外すのに、たっぷり時間をかけた。ボタンを外すたびに、露わになった肌に唇を落とした。鎖骨。胸のあいだ。みぞおち。臍の少し上。

唇が肌に触れるたびに、身体が小さく跳ねる。声が漏れそうになるのを、下唇を噛んで堪える。

「声、聞かせてよ」
「……朝からは、恥ずかしい……」
「朝だから聞きたいんだ。普段と違う声、出るでしょ」

……この人は、そういうところを知っている。夜と朝では、声のトーンが微妙に違う。寝起きで喉がまだ温まっていないから、いつもより低くて掠れた声が出る。それを「普段と違う声」と表現するこの人のセンスに、心臓を撃ち抜かれる。

パジャマが肩からずり落ちて、素肌が露わになった。自分の腕で胸を隠そうとしたけれど、マツバさんの手がそれを阻んだ。腕を、優しく、でも明確に、横に退けられる。

「隠さないで」
「で、でも……」
「何回見ても、綺麗だよ」

真っ直ぐな声。嘘がない。この人の声には、千里眼で見通すような透明な誠実さがある。だから、拒めない。

唇が肌の上を移動する。鎖骨の窪みに舌先が触れた。首筋を吸われた。甘い痛みが走って、そこに印が残るのだと分かって、微かな悦びがぞくりと背筋を伝った。

「マツバ、さん……」
「ん」
「……今日は、急がなくていいですか」
「うん。急がない。一日中、こうしてたい」

布団の中の密室。二人だけの迷路。出口がない。出口を探す気もない。

マツバさんの寝間着にも、手を伸ばした。彼の胸元の合わせに指をかけて、左右に開く。現れた胸板は薄く引き締まっていて、中央に控えめな胸骨が走っている。その上に手のひらを置くと、彼の心臓の鼓動がダイレクトに伝わってきた。速い。速いのは私だけではなかった。

「マツバさんも、心臓速いですよ」
「……当たり前だよ。こんな可愛い顔で触られたら」

可愛い顔。自分では絶対に可愛い顔なんてしていないはずだ。寝起きで、髪はぼさぼさで、目は腫れぼったくて。でも、マツバさんの瞳に映っている自分は、彼にとっては可愛いらしい。

それが嬉しくて、泣きたくなる。

足が絡まった。

布団の中で、互いの脚が交差する。素足と素足が触れ合う。マツバさんの足の甲は骨張っていて、私のふくらはぎの柔らかい内側に押し当てられている。その体温差がくすぐったくて、でも心地よくて、もっと密着したくなる。

下半身だけでなく、下半身も、少しずつ布地が減っていく。

マツバさんの手が、パジャマのズボンの腰紐に触れた。蝶結びの端を、指先でするりと引く。解ける感触。腰周りが緩んで、重力に従って布地が下がっていく。

「……あ」

冷たい空気が太ももをなでた。反映、すぐにマツバさんの手のひらが覆い被さって、温もりで上書きされる。外側から内側へ。太ももの線をなぞるように。

「ここ、冷たいね。もっと温めてあげる」

掌が太ももの内側を撫で上げた。柔らかい肌が、彼の指の熱を吸い込んでいく。深い場所へ。もっと深い場所へ。

「……っ、マツバ、さ……」
「力抜いて。大丈夫だよ」

大丈夫じゃない。力を抜いたら、もっと声が出てしまう。もっと恥ずかしい顔をしてしまう。

反映、この人の「大丈夫」は、いつも本当のことだ。この人の腕の中では、何をさらけ出しても大丈夫だ。

力を、抜いた。

身体が彼の手に委ねられた。指先が最も敏感な場所に辿り着いた時、意識が白く弾けた。声が、堪えきれなかった。

「あ……っ」

朝の声。夜より少し低くて、掠れていて、自分のものとは思えないほど甘く響いた。

「……その声」

マツバさんの声も、掠れている。

「もっと聞きたい」

指の動きが変わる。ゆっくりとした反復から、少しだけ圧を変えて。リズムを変えて。私の反応を一つ一つ確認しながら、最も心地よいポイントを探り当てていく。

この人の千里眼は、たぶんこういう時にも働いている。正確に。精密に。私の身体のどこに触れれば、どんな声が出るか。どんな反応が返ってくるか。全部を見通して、全部を計算して、反映その計算の底に溢れるほどの愛情がある。

「好きだよ。イヨリちゃん」

耳元で囁かれた。甘い声。朝の光の中の告白。

「好き……っ、です……」

返す言葉は途切れ途切れで、とても一つの文章にはならなかった。

身体が重なった。

今朝は、いつもと違った。夜の情熱的な激しさではなく、朝日の中の穏やかな波のような一体感。

ゆっくりと。深く。息を合わせるように。マツバさんが動くたびに、身体の奥で何かが完璧に噛み合う感覚がある。欠けていたパズルのピースがぴったりと嵌まるような。

二人の間に隙間がなかった。

胸と胸が触れ合っている。お腹とお腹が密着している。足と足が絡まり合っている。二枚の布団が作る温かい繭の中で、二つの身体が一つになっている。

「あ……マツバ、さ……んっ」
「大丈夫。ゆっくりだから。感じるところ、全部教えて」

教えなくても分かっているくせに。反映、言葉にすることで私は更に追い詰められる。「ここ」と伝えるために意識を集中すると、その場所の感度が更に上がって、もう自分が何を言っているのか分からなくなる。

マツバさんの額が、私の額に触れていた。汗ばんだ肌と肌が重なる。至近距離で、金色の瞳が私を見つめている。

朝日の中の瞳は、夜よりも明るい。蜂蜜色の虹彩の中に、金色の光が泳いでいる。その瞳に、私の顔が映っていた。乱れた髪。涙が滲んだ目。紅潮した頬。半開きの唇。

恥ずかしい、と思う。反映同時に、この顔を見てもらいたいとも思う。矛盾している。矛盾しているけど、それでいい。この人の前では、矛盾したまま存在していい。

「泣いてる」
「泣いてません……」
「また嘘」
「目から汗が……」
「出ないよ」

この問答は、何度目だろう。もう定型文のようになっている。反映、毎回、マツバさんは優しく笑って、私の涙を指先で拭ってくれる。

「幸せだから泣いてるんでしょ」
「……はい」
「僕も、幸せだよ」

唇が重ねられた。泣き笑いのキス。涙の味がする。塩辛くて、甘い。

波が大きくなっていく。

ゆっくりだった波が、少しずつリズムを上げていく。反映、急がない。急がなくていい。今日は日曜日で、この布団の中には二人しかいなくて、世界の全ての時計が止まっている。

マツバさんの声が、耳元で漏れた。いつも聞かせてくれない、彼自身の声。堪えきれない吐息のような、微かな呻き。

「イヨリ……ちゃん……っ」

名前を呼ばれた。いつもより切実な声で。わたしの名前が、この人の唇の上で砕けて、吐息と一緒に溶けていく。反映その声を聞いた瞬間、身体の奥で何かが解放された。

「あ……っ、マツバ、さ……好き、好きです……っ」

しがみついた。彼の背中に。掌で、決して爪を立てないように。反映精一杯の力で。

波が最も高く押し寄せた。

二人同時に。いつものように。

白い光が視界を埋め尽くして、反映穏やかに引いていった。

朝日が、もう高く昇っていた。

障子の向こうから差し込む光が、和室全体を柔らかい金色に染めている。時計を見ると、十時を過ぎていた。二度寝のはずが、三度寝どころではない時間の使い方をしてしまった。

マツバさんの胸に頭を預けたまま、余韻に浸っている。

彼の心臓が、少しずつ落ち着いていく音を聞いている。速かった鼓動が、ゆっくりと元に戻っていく。肌と肌が触れ合う部分に、薄い汗が光っている。布団の中は、二人の体温で温室のように温かい。

「……起きる?」

マツバさんが聞いた。

「……まだ、いいですか」
「いいよ。一日中こうしてたいって言ったのは僕だし」

汗で額に張り付いた私の前髪を、マツバさんの指がそっと払った。露わになったおでこに、軽いキスが落ちる。

「朝ごはん、どうしましょう」
「お昼兼ねて、後で何か作ろう」
「私が作ります」
「じゃあ一緒に」

些細な会話。反映、この些細さが、たまらなく幸福だ。激情の後の静寂。嵐のあとの凪。身体の感覚がまだ夢の中にいるようで、指先の一本一本に彼の温もりが沁みている。

マツバさんの手が、私の髪をゆっくりと梳いている。乱れた黒髪を、丁寧に指で整えていく。

「髪、絡まっちゃった」
「……すみません」
「謝ることじゃないよ。僕が乱したんだから」

耳が熱くなった。

「……そういうこと、さらっと言わないでください」
「事実だよ」
「事実を言うタイミングの問題です」

マツバさんが笑った。胸が震えて、その振動が私の頬を揺らす。

「イヨリちゃんは、朝のほうが素直だね」
「……そうですか」
「うん。夜は理性で制御してるところがあるけど、朝は半分寝ぼけてるから、ガードが甘い」
「分析しないでください」
「千里眼の職業病」

笑いながら、マツバさんが私の背中を撫でだ。肩甲骨のあたりを、大きな手のひらで包むように。

「でも、朝のイヨリちゃんが一番好きだよ」

囁くように言われた。

「寝ぼけてて、髪がぼさぼさで、目がとろんとしてて。汗だって言い張って泣いてて。パジャマのボタンも自分で外せないくらい、力が抜けてて。全部、可愛い」

全身から力が抜けた。もう何も言い返せない。この人の言葉は、鎮静剤よりもよく効く。

「……マツバさんも」
「ん?」
「朝のマツバさんが、一番好きです」

私の言葉に、マツバさんの手が止まった。

「……寝起きの声が、すごく色っぽいです。あと、髪が乱れてるのと、寝間着の衿が開いて鎖骨が見えてるのと。普段は完璧に着こなしてる人が、朝だけ少しだけ崩れてるのが……好き、です」

言い終わった後、沈黙が落ちた。

長い沈黙。

反映マツバさんが、ぼそりと言った。

「……それ、朝から言われると困る」
「どうして」
「また、始まるから」

唇を塞がれた。

二度目の波が、布団の中で静かに立ち上がった。

結局、布団から出たのは正午を過ぎてからだった。

台所で二人並んで、遅い朝食兼昼食を作った。マツバさんが味噌汁を作り、私は卵焼きを焼いた。二人とも寝間着のまま。髪も整えていない。世間的に見れば、だらしない日曜日の光景かもしれない。

反映、私にとっては、世界で一番幸せな光景だ。

こたつに入って、ほかほかの味噌汁を啜りながら、私は窓の外の冬空を見た。高くて、青くて、澄み切っている。

「マツバさん」
「ん」
「今日もジムは休みですよね」
「うん。オフだよ」
「じゃあ……」

湯呑みを両手で包んで、ふーふーと息を吹きかけながら、言った。

「午後も、布団にいませんか」

マツバさんが、卵焼きを箸で持ち上げた体勢のまま、固まった。

金色の瞳が、じわりと熱を帯びた。口角が上がる。あの表情。私だけに向けられる、甘くて少しだけ意地悪な笑み。

「……もちろん」

こたつの下で、彼の足が私の足に触れた。

今日の二度寝のラビリンスには、出口がない。

出口なんて、最初からいらなかったのだ。

――診断名、日曜日の慢性二度寝症候群。

原因、マツバさんの腕の中が心地良すぎる件について。

治療法、なし。

予後、来週の日曜も再発の見込み。

― Fin. ―