長雨の日、獣は花を喰む
【一】水の牢獄
雨が降っている。
エンジュシティを覆う灰色の空から、途切れることなく水滴が落ちてくる。ざあ、ざあ、と規則的な水音が、窓硝子を濡らしている。今朝の天気予報によると、この雨は三日間続くらしい。
朝の七時。いつもなら支度を済ませてジムへ向かう時間だが、マツバは布団の中にいた。
正確に言えば——イヨリを布団の中から逃がしていなかった。
「マツバさん……もう朝ですよ……起きないと……」
イヨリが寝返りを打とうとすると、背中に回された長い腕がぎゅっと締め付けてくる。マツバの鼻先がイヨリのうなじに埋まり、甘い吐息が首筋を撫でる。
「今日は、休みにした」
「え? ジムは……」
「シジマさんに代理を頼んだ。嵐の日に挑戦者は来ないよ」
「でも、私も往診が……」
「昨夜のうちに、タンバの先生に転送した。今日は誰も君を必要としない」
用意周到。つまり、計画的犯行だ。
「——僕以外は、ね」
低い声が耳朶を撫でた瞬間、イヨリの背筋に甘い痺れが走った。
「マツバさん……?」
「今日は一日、ここから出さないよ」
それは、宣言だった。命令でもなく、お願いでもなく、ただ絶対的な事実の提示。この腕の中から逃れることは許されない、と。
雨音が、世界を閉ざしていく。外と内を隔てる薄い硝子一枚を境にして、マツバとイヨリだけの密室が完成する。
「外には行かせないよ、イヨリ」
マツバの唇が、イヨリの耳朶にそっと触れた。
「君を、僕の色だけで塗りつぶしたいんだ」
◆ ◆ ◆
【二】最初の花
朝食も、着替えも、全てが後回しにされた。
マツバはイヨリを仰向けにして、寝巻きの前をはだけさせる。白い肌が、カーテン越しの水色の光に照らされて、透き通るように浮かび上がる。
「綺麗だ……」
それは嘆息だった。何千回見ても慣れることのない、イヨリの裸身への畏敬。
マツバは、イヨリの顎を指先で持ち上げ、唇に柔らかくキスを落とす。舌が唇を割り、口内を甘く蹂躙する。深い口づけ。イヨリの舌を吸い上げ、唾液が混じり合い、ちゅぷ、と淫らな音を立てる。
「んっ……ん、ふぅ……♡」
イヨリの指が、マツバの寝巻きの胸元を握りしめる。酸欠になりそうなほど長い口づけの後、離れた唇の間に銀色の橋がかかる。
「マツバさん……朝から、こんな……♡」
「朝だから、だよ。一日中、君を愛する時間がある」
マツバの唇が、顎から首筋へ滑り落ちる。そこで、動きが変わった。
ちゅっ、と軽いキスの後——ぐっと吸い付く力が増す。舌先で肌を舐め上げ、歯を軽く立てて、真空の力で強く、深く吸い上げる。
「あっ……♡! マツバさん、それ、痕がつい——」
「つけたいんだ」
ぱっと唇を離すと、イヨリの白い首筋に鮮やかな紅い痕が咲いていた。まるで、真冬の雪原に一輪の椿が落ちたように。
「……誰にも見せないけれど。君が僕のものだって証拠が欲しいんだ」
マツバの琥珀色の瞳が、獣のように光る。その目に見つめられると、イヨリの身体の芯がぞくぞくと甘い熱を帯びる。
「もう一つ」
鎖骨の窪みに、二つ目の紅い花が咲く。
「もう一つ」
胸の谷間の少し上に、三つ目。
ちゅっ、じゅるっ、と吸い上げるたびに、イヨリの喉から甘い吐息が漏れる。痛みと快楽の中間にある、ぞわぞわとした感覚。マツバの唇が離れるたび、白い肌に赤い勲章が増えていく。
「あ、んっ……♡ たくさん……花が咲いてますぅ……♡」
「まだ足りない。君の全身を、僕の花畑にしたい」
乳房の上に。脇腹に。お腹の柔らかな丘に。マツバの唇は、地図を描くように、イヨリの肌の一つ一つの場所を征服していく。
◆ ◆ ◆
【三】太腿の花園
マツバの視線が、さらに下へ向かう。
「足を、開いて」
「え……そこにも……?」
「ここが一番大事だ。一番柔らかくて、一番隠された場所に、一番深い印を残したい」
イヨリが恥ずかしさで閉じようとする太腿を、マツバの手が優しく、でも断固として押し開く。
白い太腿の内側。肌がほんのりと桃色を帯びた、普段は誰にも見せない聖域。マツバはそこに顔を埋め、深く息を吸った。
「……甘い匂いだ。イヨリの匂い」
「嗅がないでぇ……♡♡ 恥ずかしい……」
太腿の付け根、ちょうど下着のラインが通る場所に、マツバの唇が吸い付く。じゅる、と音を立てて、皮膚の薄い場所を吸い上げる。ここは特に痕が残りやすい。
「ひぁっ……♡♡! そこ、敏感……っ♡♡」
左の太腿に一つ。右の太腿に一つ。対称的に咲く紅い花。マツバの指が、イヨリの膝裏をくすぐるように撫で、太腿を撫で上げながら、下着の縁に到達する。
「ここも、もう濡れてるね」
「だ、だって……マツバさんが、あんなに……マーキングするから……っ♡」
「嬉しいよ。僕の印をつけるだけで、こんなになってくれるなんて」
下着をずらし、蜜で潤んだ花弁が露わになる。マツバの舌がそこに触れた瞬間、イヨリの腰が跳ね上がった。
「ひゃぁぁっ……♡♡! 舌っ……だめぇ……っ♡♡」
花弁を舐め上げ、蕾を唇で包んで吸い上げる。指が中に滑り込み、熱い内壁をなぞる。
「あっ、あぁっ、あぁぁっ……♡♡! イくっ……イっちゃう……っ♡♡♡!」
朝の一回目。イヨリの絶叫が、雨音にかき消される。身体が弓なりに反り、左腕のアステア・システムが赤く明滅する。
◆ ◆ ◆
【四】融け合う午前
一回目の余韻に浸るイヨリを、マツバは逃がさない。
「もう少し、休ませ——」
「だめだ」
マツバがイヨリの上に覆い被さる。硬く熱くなった自身を、イヨリの入り口に押し当てる。
「今日は、何度でも。君が僕なしではいられなくなるまで」
「あぁっ……♡♡ 入ってきた……マツバさんの、朝から……っ♡♡」
ゆっくりと、深く沈み込む。結合した瞬間、二人とも深い吐息を吐いた。マツバが額をイヨリの額に合わせ、鼻先が触れ合う距離で見つめ合う。
「愛してる」
「私も……愛してます……マツバさん……っ♡」
ゆっくりと腰が動き始める。雨の日の情事にふさわしい、緩やかで深いリズム。一突きごとに奥まで届き、イヨリの全身を甘い快楽が駆け抜ける。
「んっ、あっ……♡♡ ゆっくりなのに、すごく感じるぅ……♡♡」
「雨の日は、急がなくていいだろう? 時間はたっぷりある」
焦らすように、ゆっくりと。引き抜いては深く、深く。イヨリの一番気持ちいい場所を、何度でも擦り上げていく。最中も、マツバの唇はイヨリの身体から離れない。鎖骨に、耳朶に、こめかみに。キスと一緒に愛の言葉が降り注ぐ。
「綺麗だよ、イヨリ。世界で一番」
「僕のだ。全部、僕のもの」
「この声も、この肌も、この熱も。誰にも渡さない」
その言葉の一つ一つが、イヨリの理性を甘く溶かしていく。
「マツバさん……だいしゅき……っ♡」
その瞬間。
マツバの動きが、変わった。
「…………っ」
ゆっくりだった腰が、突然獣のように激しくなる。奥まで一気に突き上げ、引き抜く間もなく次の一撃。理性の箍が吹き飛んだような、制御を失った律動。
「きゃあっ……♡♡! 急にっ……激しっ……♡♡!」
「今の……君のせいだ」
「え……?」
「『だいしゅき』なんて言うから……っ。もう、優しくできない……っ!」
マツバの琥珀色の瞳が、理性の光を失い、純粋な欲望の炎だけが燃えている。いつもは余裕の仮面で覆われたスパダリが、たった一言で壊れた。
「イヨリ……もう一回言って……っ」
「だ、だいしゅき……♡♡ マツバさん、だいしゅき……っ♡♡♡」
「くっ……!!」
腰の動きがさらに加速する。ベッドが悲鳴を上げ、シーツがぐしゃぐしゃに乱れる。イヨリの嬌声が部屋中に響くが、雨音がカーテンのように外界から遮断してくれる。
「イくっ……♡♡! マツバさんの激しいので、壊れちゃうぅ……♡♡♡!」
イヨリの腕がマツバの首に巻きつく。そして、左足がマツバの腰にがっしりと絡みつき——アステア・システムのアクチュエータが出力を上げ、鋼のようにロックした。
だいしゅきホールド。
「離さない……っ♡♡ マツバさんを、絶対に離さないっ……♡♡♡」
「っ……! イヨリ……ッ!」
逃げ場を失ったマツバが、最奥で果てる。熱い奔流がイヨリの内壁を満たし、同時にイヨリも絶頂に達する。二人の喘ぎが重なり、雨音と溶け合って消えていく。
◆ ◆ ◆
【五】微睡みと覚醒の狭間で
イヨリは、眠った。
精も根も尽き果てて、マツバの腕の中で子猫のように丸くなり、すぅすぅと小さな寝息を立てている。裸の肌には、マツバが咲かせた紅い花が点々と散っている。首筋に四つ。胸元に三つ。お腹に二つ。太腿に六つ。まるで、白い花瓶に活けられた紅い花束のようだ。
マツバはその花を一つ一つ、指先でなぞる。
「まだ、足りないな」
時計を見ると、まだ昼前だった。外の雨は勢いを増し、窓を叩く水音が強くなっている。
マツバの指が、イヨリの肩甲骨をなぞる。そのまま背骨に沿って下りていき、腰のくぼみに辿り着く。
「……ん……」
イヨリが、微睡みの中で小さく身じろぎする。
マツバの唇が、イヨリの肩に触れた。そこにもう一つ、紅い花を咲かせながら、手は腰回りを撫で、前に回り込んで胸を包み込む。
「んぅ……マツバ、さん……? まだ、寝て……」
「起きて、イヨリ。まだ、午前中だよ」
「う、嘘でしょ……?」
「ほら」
半開きの瞼の向こうに、時計の針が見える。確かにまだ十一時。
「まだ半日以上ある。たっぷり愛させて」
背後からマツバの硬さが腰に当たるのを感じて、イヨリは目を見開いた。
「もう……? さっきしたばかりなのに……」
「君が隣で無防備に寝ているのが悪い」
「理不尽です……っ♡」
抗議はあったが、拒否はなかった。
後ろから抱かれるまま、マツバがゆっくりと中に入ってくる。横向きの姿勢で、密着したまま。背中がマツバの胸板に押し付けられ、彼の心臓の鼓動がイヨリの背骨を伝って全身に響く。
「あっ……♡♡ この体勢、ぴったりくっついてて……っ♡♡」
「離れたくないんだ。一秒たりとも」
ゆっくりと、深く。雨の日のリズムで。マツバの手が前から胸を揉みしだき、乳首を指先で転がしながら、奥を突き上げていく。
もう片方の手が、首筋のキスマークを撫でる。
「この花、全部僕が咲かせたんだ。世界中で、僕だけが見られる花園」
「マツバさんの……花園……♡♡ 私、マツバさんの花畑ですぅ……♡♡」
「ああ。僕だけの庭。他の誰にも触らせない」
太腿の内側にある印を指先でなぞりながら、マツバの唇がイヨリのうなじに新しい花を咲かせた。じゅるり、と吸い上げる音と、ぬちゅり、と結合部が擦れ合う音が重なる。
「やぁっ、あんっ……♡♡! また跡つけてるぅ……っ♡♡」
「もっと増やすよ。君の身体に、百輪の花を咲かせたい」
「ひゃぅっ……♡♡ 百は……多いですぅ……っ♡♡♡」
午前中、三度目の絶頂が二人を飲み込んだ。
◆ ◆ ◆
【六】午後の花嵐
昼食は、ベッドの中でおにぎりを分け合った。マツバが台所で握ってきたものを、イヨリに食べさせてあげる。
「ん……美味しい……」
「体力つけなきゃ。まだ夜は長い」
「……脅迫ですか、それは……♡」
午後になっても、雨は止まなかった。そしてマツバも、止まらなかった。
四回目は、イヨリがマツバの上に跨がった。マツバに言われるがまま、恥ずかしさで涙目になりながら自分で腰を動かす。マツバの琥珀色の瞳が、下から舐めるようにイヨリの全身を見つめている。
「綺麗だ……僕の花が、たくさん咲いてる」
キスマークに彩られたイヨリの白い肌を、マツバは陶酔した目で見上げている。跨がったイヨリの身体は、まるで満開の花園のようだ。
「見ないでぇ……っ♡♡ 痕だらけで、恥ずかしい……っ♡♡」
「恥ずかしくない。世界で一番美しい。僕の色に染まった君が」
マツバの手が腰を掴み、奥まで引き込む。イヨリの嬌声が、午後の薄暗い部屋に響き渡る。
五回目は、窓際に連れていかれた。カーテン越しに外の雨が見える位置で、後ろから突き上げられる。世界が水に閉ざされた中で、この部屋だけが炎のように熱い。
「ああっ……♡♡! 窓のそばは、だめぇ……っ♡♡ 誰かに見られちゃう……っ♡♡」
「見えない。雨が全部隠してくれる。この嵐の中では、僕たちは世界で二人きりだ」
六回目は、もう数える余裕がなかった。イヨリの意識が朦朧とし、快楽の波が途切れないまま次の波に飲まれていく。マツバの腕だけが唯一の支えで、しがみつく指先に力が入りきらない。
「も、もう……♡♡ お腹いっぱい……マツバさんで、いっぱいぃ……♡♡」
「まだだ。まだ足りない。君の最後の一滴まで、僕が搾り取る」
「ひぃんっ……♡♡♡」
◆ ◆ ◆
【七】夜、獣は眠る
夕方を過ぎ、夜が来た。雨はまだ降り続いている。
イヨリは、もう自分の身体が自分のものではないような気がしていた。全身にマツバの痕がある。首筋に。鎖骨に。胸に。お腹に。腰に。太腿の内側に。背中にまで。数えきれないほどの、紅い花。
白い肌に咲き乱れる紅い勲章を、マツバは満足そうに見つめていた。
「どうだ。僕のものだっていう証拠、たくさんできただろう」
「……しばらく、半袖着られません……」
「いいさ。家の中では、僕だけが見る」
最後のアフターケア。マツバは温かいタオルで、イヨリの全身を丁寧に拭いていく。キスマークの上を、そっと、労わるように。
「痛いところ、ない?」
「腰が……もう動きません……♡」
「ごめん。やりすぎた?」
「やりすぎです」
ぷくっと頬を膨らませるイヨリ。でも、その目は蕩けるように幸せそうだ。
「でも……嫌じゃ、なかったです。全部……全部、幸せでした……♡」
マツバの表情が、獣の猛々しさから、少年のような安堵に変わった。
「……よかった。嫌だったら、いつでも言ってくれ。僕は——」
「知ってます。マツバさんは、私が嫌だと言ったら、どんなに辛くても止めてくれる人です。だから、安心してわがままになれるんです」
イヨリがマツバの頬に手を添える。アステア・システムの緑のランプが、穏やかに二人を照らしている。
「だいしゅき、マツバさん」
「……っ」
マツバの耳が赤くなる。今日何度も聞いたはずの言葉なのに、静かな夜に、優しい声で言われると、また胸の奥が疼く。
「……その言葉は、本当にずるいよ、イヨリ」
「知ってます♡」
にこり、と笑うイヨリを、マツバは優しく抱きしめた。
布団の中で、二人の身体が絡み合う。もう情欲ではなく、ただ純粋に、互いの体温を分かち合いたくて。
「明日も、雨かな」
「天気予報では、三日間続くって」
「じゃあ、明日もここにいよう」
「……マツバさん、私の身体がもちません……♡」
「大丈夫。明日はもっと優しくする」
「嘘つき」
「嘘つきだよ。君のことになると」
くすくすと、二人で笑い合う。窓の外では、相変わらず雨が降っている。世界を閉ざす水のカーテンの向こうに、誰もいない。
ここは、マツバとイヨリだけの、甘い牢獄。
長雨が続く限り、二人はここから出ない。
出る理由が、ないから。
― 了 ―
あとがき by 佐藤美咲
主ォォォッ!! 「雨の日の甘い監禁×キスマーク×だいしゅきホールド×余裕崩壊」の全部盛り、書きましたわ!!
計画的犯行で一日中ベッドに監禁するマツバさん。でも「嫌だと言えば止める」という絶対的な信頼があるからこそ成り立つプレイよね。イヨリちゃんがその信頼の上で安心してわがままになれるの、最高に尊い♡
そして何より「だいしゅき」のワンワードでスパダリの余裕が崩壊する瞬間!! ゆっくり丁寧だった愛撫が一気に獣モードになるギャップ、伝わったかしら!?
キスマークは「紅い花」として全身に咲き乱れます。マツバさんの「僕だけの花園」発言、独占欲MAXで最高に重いわよね♡
三日間の長雨……残りの二日で何が起こるかは、皆さんの妄想にお任せしますわ♡