ECHOES OF ECRUTEAK

星と花の小夜曲

― マツバ × イヨリ ―
STARRING MATSUBA & IYORI

今夜からは、何もいらない
― 短編 ―

三人称視点 / 約10,000字 / 成人向け描写あり / 結婚初夜

【一】約束の日まで

婚姻届を出したのは、出会ってちょうど二年目の記念日だった。

エンジュシティの市役所は古い木造建築で、受付の女性にイヨリが「お願いいたします」と両手で書類を差し出した瞬間、マツバの手が震えた。千里眼で見えてしまったのだ。イヨリの指先も、同じように震えていることが。

「おめでとうございます」と言われた帰り道、マツバはイヨリの左手を握ったまま離さなかった。薬指には、半月前に渡した指輪が光っていた。プロポーズは出会って一年半のこと。エンジュの城址公園で、紫陽花が濡れる梅雨の夕暮れに。膝をつくなんて柄でもないと思っていたのに、イヨリの前に立った瞬間、気づけば膝をついていた。

「僕と——」

その先を言い終える前に、イヨリが泣いた。
「はい」も言えないほど泣いて、ただ何度も何度も頷いて、マツバの差し出した指輪のケースごとマツバの手を握りしめた。

あれから半年。入籍を済ませ、今は挙式に向けての準備が進んでいる。

式場は、エンジュの旧家の格式に相応しい神前式。焼けた塔を遠くに臨む、街で最も古い神社。イヨリの白無垢の採寸も終わり、引き出物の選定も大詰め。招待状にはマツバの達筆な筆文字でゲストの名前が一枚一枚書かれていて、その丁寧さにイヨリは「マツバさん、字がお上手ですね」と何度目かわからない感嘆を漏らした。

二人の間には、一つの約束があった。

「式が終わるまでは、きちんと避妊しよう」

言い出したのはマツバの方だった。
意外に思うかもしれない。普段はイヨリの中に少しでも長く留まっていたいと願う男が、自ら「避妊」という言葉を口にしたのだから。
けれどそれは、マツバなりの誠実さだった。イヨリの身体への配慮。白無垢を着るイヨリの晴れ姿を、万全の体調で迎えてほしい。つわりや体調不良で式を台無しにしたくない。何より、子どもを授かるという人生最大の転機を、二人がきちんと「準備」として受け止められる状態で迎えたかった。

イヨリは頬を赤くしながら頷いた。

「……はい。わたしも、そう思います」

それ以来、二人の夜の営みには常にゴムがあった。
マツバはイヨリの中で果てる瞬間、薄い隔たりの向こうにイヨリの熱を感じながら、いつもほんの少しだけ——ほんの少しだけ——物足りなさを噛み殺していた。

イヨリもまた、事後にマツバがゴムを外して始末するのを見るたびに、小さな寂しさを感じていた。マツバのものが、自分の中に残らない。温もりが、流れ出していかない。物理的にはほとんど変わらないはずなのに、「隔たりがある」という事実だけで、何かが欠けている気がした。

けれど二人とも、それを口には出さなかった。
約束だから。式が終わるまでは。

* * *

【二】桜湯と、子どものこと

挙式まであと三週間というある晩、イヨリが寝室で桜湯を淹れていた。

塩漬けの八重桜が湯の中でゆっくりと花開く。ほのかな塩味と桜の香りが、行灯の明かりに照らされた和室に広がった。マツバは文机の前で招待状の最後の一枚を書き終えたところで、筆を置いてイヨリの隣に腰を下ろした。

「お疲れさま」

「マツバさんこそ。……最後の一枚、お疲れさまでした」

イヨリが桜湯の湯呑をマツバに差し出す。指先が触れる。触れた瞬間、マツバの指がイヨリの手を包み込んで、湯呑ごと握った。

「ねえ、イヨリ」

「はい」

「式が終わったら——」

マツバの声が、珍しく詰まった。
この男が言い淀むことは滅多にない。ジムリーダーとしてもエンジュ大学の講師としても、常に滑らかに言葉を紡ぐ男だ。なのに今、喉の奥に言葉がつかえている。

イヨリが小さく首を傾げた。長い黒髪がさらりと肩から流れた。

「……式が、終わったら?」

マツバの耳が赤くなっていた。
行灯の灯りのせいではない。明らかに、耳の先端から首筋にかけて、紅が差している。

「……子どもの、こと」

イヨリの手が、湯呑の上でびくりと跳ねた。

「式が終わったら、その……避妊を、やめるわけだけど」

マツバの声が低い。いつもの穏やかさはあるけれど、その下に熱と羞恥がないまぜになっている。千里眼の持ち主が気恥ずかしさで視線を逸らしている。世界中を見通せる目が、隣にいるイヨリの顔を直視できない。

「いつから……その、励もうかって」

励む。
子作りに、励む。

イヨリの顔が、桜湯の中の桜よりも鮮やかに紅く染まった。

「あ、あの……」

「……うん」

「わたしも……そのこと、考えて、ました」

二人の間に、沈黙が落ちた。
庭で秋の虫が鳴いている。遠くの焼けた塔に、月が架かっている。桜湯の中で花弁がゆるゆると回転していて、その動きだけが時間の経過を教えてくれる。

「……ロトムに」

イヨリが消えそうな声で言った。

「ロトムに……排卵周期の、最適化スケジュールを……作ってもらおうかと……思って……」

マツバが咳き込んだ。

「ロトムに?」

「は、はい……アステアのAIで、わたしのバイタルデータから排卵日を予測して……妊娠確率が最も高い日を算出してもらえば……効率的かと……」

イヨリの声は完全にドクターモードだった。真っ赤な顔のまま、医学的に正確な言葉を並べている。恥ずかしさを専門用語で武装している。

マツバは一瞬だけ呆然として、それから声を出して笑った。

「イヨリ」

「は、はい」

「それ、ロトムに頼んだら絶対……」

「……あ」

二人が同時に想像した。
ロトムが嬉々として『排卵日予測完了ロト! 今夜がベストタイミングロト! 体位は受精確率を考慮して——』と大音量で報告する光景を。

「……やめましょう」

「……うん、やめよう」

即座に意見が一致した。二人して吹き出して、マツバがイヨリの肩を抱き寄せた。イヨリの頬がマツバの肩に押しつけられて、桜の香りとマツバの匂いが混ざった。

「ロトムには内緒で」

「はい……ロトムには、内緒で……」

イヨリの声が、急に震えた。
笑っていたのに。さっきまで笑っていたのに。

「……マツバさん」

「うん」

「わたし……子どもが、ほしいです」

小さな声だった。
桜湯に落ちる花弁のような、かすかな声。

「マツバさんの子どもが……ほしい、です」

マツバの腕に力がこもった。

「……僕もだよ」

声が震えていた。千里眼で見えていた。イヨリの左目——白濁した左目から、一筋の涙が流れているのが。見える方の右目ではなく、見えない方の左目から涙が出ている。それがマツバの胸を抉った。

「イヨリに似た子がいい」

「わたしは、マツバさんに似た子がいいです」

「黒髪で」

「金髪で」

二人が同時に言い合って、また笑った。笑いながら泣いていた。

「……式が、終わったら」

マツバがイヨリの髪に唇を埋めた。桜の香りと、イヨリ自身の甘い匂い。

「その夜から——何もつけない」

イヨリの身体がびくりと震えた。

「何もつけない」という言葉の重さ。ゴムという薄い隔たりがなくなること。マツバのすべてが、何の遮りもなく、イヨリの一番奥に届くということ。

「……はい」

イヨリは頷いた。マツバの肩口に顔を埋めたまま。

「式が終わったら……何も、いりません」

桜湯が冷めていった。
花弁が沈んでいった。
二人はしばらく、互いの体温だけを頼りに、静かに座っていた。

* * *

【三】白無垢が解けるとき

挙式は、秋晴れの日だった。

焼けた塔の向こうに澄んだ青空が広がり、神社の参道には紅葉した楓が赤い屋根を作っていた。イヨリの白無垢は朝の光に輝いて、綿帽子の下から覗く横顔は、マツバが見たどんな景色よりも美しかった。

三三九度の盃を交わすとき、イヨリの手がかすかに震えた。千里眼を使わなくてもわかった。隣にいるから。

誓詞の奏上。二人の声が重なって、古い神社の天井に響いた。

式が終わり、披露宴が終わり、二次会を辞退して、二人はエンジュの旅館の離れに入った。新婚旅行はホウエンに行く予定だが、今夜はエンジュで過ごす。イヨリの生まれ故郷でもなく、マツバの修行の場でもなく、二人が出会った、この街で。

離れの和室には既に布団が敷かれていた。行灯が灯り、障子の向こうに庭の松が月光に照らされている。秋の虫の音が、遠い祝いの余韻のように響いていた。

イヨリは白無垢を脱ぎ、着付け師が帰った後の部屋で、浴衣に着替えていた。長い黒髪が結われたまま背中に流れている。マツバも紋付袴を脱いで浴衣に着替えたが、帯を結ぶ手が妙にぎこちなかった。

何百回も夜を共にしてきた二人だ。
イヨリの身体のどこを触れば声が漏れるか、どこを舐めれば腰が跳ねるか、全部知っている。イヨリもまた、マツバの首筋にどう唇を寄せれば息が荒くなるか、知っている。

なのに、今夜は違う。

「……マツバさん」

イヨリが振り返った。結い髪を下ろそうとして、簪に手をかけたまま止まっている。

「今日で……約束の日、ですね」

マツバの指が、自分の帯の結び目をぎゅっと握った。

「うん」

「今夜から……」

「……うん」

今夜から、何もつけない。
今夜から、マツバのすべてが、直にイヨリの中に注がれる。
今夜から、二人の間の薄い隔たりが消える。

それだけのことなのに。物理的にはほとんど変わらないはずなのに。喉が渇いて、心臓がうるさくて、手が震える。

初めて抱いた夜だって、こんなに緊張しなかった。

「マツバさん」

イヨリが簪を外した。黒髪がはらりと肩に落ちた。結い髪の跡で少しうねった髪が、行灯の光に照らされて艶めいている。

「……緊張して、ますか」

マツバが苦笑した。

「……してる。すごく」

「わたしも、です」

イヨリが笑った。少し泣きそうな笑顔。白無垢を脱いだ浴衣姿のイヨリは、あの日——初めて出会った日のイヨリのように華奢で、小さくて、守ってあげたくて、けれど同時にマツバの世界のすべてだった。

「……来て」

マツバが手を伸ばした。

イヨリが歩いた。左足を少しだけ庇いながら——今夜はアステアをつけたままだ、旅館の離れを歩く程度なら支障はない——マツバの前に立った。

マツバの手がイヨリの頬に触れた。

「今日のイヨリ、世界で一番綺麗だった」

「……ありがとうございます」

「白無垢、似合ってた」

「マツバさんの紋付袴も……とても、素敵でした」

「イヨリ」

「はい」

「結婚してくれて、ありがとう」

イヨリの右目に涙が溜まった。

「……わたしの、方こそ」

マツバの唇がイヨリの額に触れた。傷痕の上に。いつもの場所に。何百回も触れた場所に。けれど今夜のキスは、今までのどのキスよりも震えていた。

「横に、なろう」

布団の上に二人で横たわった。向き合って。鼻先が触れそうな距離で。行灯の灯りが二人の間に柔らかい影を作っている。

マツバの手がイヨリの浴衣の帯に触れた。
何百回も解いてきた帯。指が覚えているはずの結び目。なのに今夜は、指先が滑って、うまく解けない。

「……っ」

マツバが小さく舌打ちした。自分でも笑ってしまうほど、手が震えている。

イヨリの手が、マツバの手の上に重なった。

「……一緒に」

細い指がマツバの指に絡んで、二人の手で帯を解いた。
絹の擦れる音が、静かな和室に響いた。

* * *

【四】何もない、その先

浴衣がはだけた。

白い肌が行灯の光に浮かび上がる。鎖骨の影。胸の膨らみ。臍の下の柔らかな丘陵。イヨリの身体は何百回見ても、マツバの呼吸を止める。

マツバの手がイヨリの肌に触れた。肩から鎖骨を辿り、胸の谷間を撫で、脇腹に指を滑らせた。いつもの愛撫。いつもの手順。けれど今夜はすべてが新しかった。

「……ん♡」

イヨリの息が漏れた。マツバの指が乳首の先端を軽くくすぐった瞬間、身体がぴくりと跳ねた。敏感さはいつもと変わらない。けれどイヨリの心拍が、いつもより速い。

「イヨリ」

「は、い……」

「今夜は——ゴム、つけないよ」

言葉にした瞬間、イヨリの全身が震えた。

「……はい」

わかっていたことだ。約束していたことだ。なのにマツバが声に出して宣言した途端、現実が身体に落ちてきた。今夜、マツバが自分の中に——直に——。

「怖い?」

「い、いえ……怖くない、です……」

嘘ではなかった。怖くない。けれど、身体の芯が甘く痺れて、下腹部が疼いて、指先まで血が上っている感覚がある。

「嬉しい、です」

イヨリの手がマツバの頬に触れた。

「嬉しくて……こわくて……でも、嬉しいの方が……ずっと、大きいです」

マツバの喉仏が上下した。

「……僕も」

マツバがイヨリの唇を塞いだ。深いキス。舌と舌が絡んで、唾液が混じって、呼吸が二人の間で行き来した。

キスをしながら、マツバの手がイヨリの太腿の内側を撫でた。そこから奥へ。濡れている。いつもよりずっと早く、いつもよりずっと多く。イヨリの身体が、今夜の意味を本能で理解しているかのように。

「……もう、こんなに」

「やっ……だって……あっ♡」

マツバの指が花弁を割って、中に滑り込んだ。熱い。ぬるぬると絡みつく柔らかさは、いつもと同じ。けれど今夜のイヨリは、指一本で全身を震わせている。

丁寧な前戯。入念な愛撫。マツバはいつも以上に時間をかけた。イヨリの身体のすべてを、唇と指と舌で読み直していく。鎖骨にキスを落とし、乳房の頂を口に含み、臍の下に息を吹きかけ、太腿の内側に歯型をつけた。

「あっ♡ んっ♡♡ マツバ、さん……♡」

イヨリの声が甘く震える。指がシーツを掴み、離し、また掴む。右足の指がくるくると丸まっている。

マツバが顔を上げた。

「……入れるよ」

イヨリが頷いた。潤んだ右目で。左目の白濁した瞳にも、行灯の光が反射している。

「……お願い、します」

マツバが自分を握った。
いつもならここでゴムを手に取る。サイドテーブルの引き出しから。もう何百回と繰り返した動作。夜が来るたびに無意識に手が伸びていたその習慣を——

今夜は、しない。

何もつけない。
何も挟まない。
マツバとイヨリの間に、何もない。

先端がイヨリの入り口に触れた瞬間、二人とも息を呑んだ。

いつもなら薄いゴムの膜を通して感じていた温度。湿度。圧力。柔らかさ。それが——

直に、来た。

「っ……!」

マツバの全身に電流が走った。
イヨリの中が、こんなに熱かったのか。こんなに柔らかかったのか。こんなに——

ゆっくりと押し入った。イヨリの膣壁が、ゴムなしのマツバをきゅうっと締めつけた。薄い膜一枚の差が、これほどまでに世界を変えるのかと、マツバは目眩がした。

「あ、あぁ……っ♡♡」

イヨリの背中が反った。声が天井に抜けた。

違う。いつもと、違う。

マツバの肌の温度が直に伝わってくる。血管の脈動が、壁を通して感じられる。ゴム越しには感じなかった微細な隆起、血流の熱さ、皮膚の繊維ひとつひとつが——全部——

「マツバ、さ……っ♡♡ あつ、い……っ♡♡」

「イヨリ……っ」

マツバの声も震えていた。穏やかな仮面が、剥がれ落ちていた。

「きつい……イヨリ、すごい……」

奥まで入った。一番深いところで、止まった。

二人の呼吸が、荒く重なった。額と額が触れている。紫の瞳と、右目の黒い瞳と、左目の白い瞳が、至近距離で見つめ合っている。

「……全部、感じる」

マツバの声が掠れていた。

「イヨリの中が全部わかる。ゴムなしだと——こんなに違うんだ」

「わ、わたしも……っ♡ マツバさんが……全部、わかります……あつくて……かたくて……脈、打ってるの……わかります……♡♡」

マツバの額にイヨリの額が押しつけられた。汗ばんだ肌と肌が触れて。涙がイヨリの頬を伝って、マツバの頬にも移った。

「動くよ」

「……はい♡」

最初の一突きは、ゆっくりだった。

引いて、押して。
ゴムなしの摩擦が、二人の感覚を別次元に持っていった。

「ひゃっ♡♡ あ、あぁっ♡♡♡」

イヨリの声が跳ね上がった。いつもの快感の数倍——数十倍——の情報量が、膣壁を通して脳に流れ込んでくる。マツバの形、温度、硬さ、脈動のリズム。すべてが直に。何のフィルターもなく。

マツバも歯を食いしばっていた。イヨリの中の感触が鋭すぎて、三突きで果てそうだった。けれど今夜は——今夜だけは——ゆっくり味わいたい。イヨリの身体を、初めて何も隔てなく感じるこの夜を。

「イヨリ……っ」

「は、い……っ♡♡」

「気持ちいい……」

「わ、わたしも……っ♡♡ すごい……です……っ♡♡ いつもと、全然……ちが……あっ♡♡♡」

マツバの腰が少しずつ速くなっていった。それでもいつもより遥かに丁寧な動き。一突きごとにイヨリの反応を確かめるように。千里眼は使っていない。使う必要がない。イヨリの声と、表情と、身体の震えが、すべてを教えてくれる。

「マツバ、さんっ♡♡ おくっ……おくに、当たってっ……♡♡♡」

「ここ?」

「そ、そこっ♡♡ いつもと同じところなのにっ……♡♡ 全然ちがっ……あぁっ♡♡♡ ぜんぶ感じるっ♡♡♡」

子宮口を軽くノックするように。いつもの角度で、いつもの深さで。けれど伝わる感覚がまるで違う。ゴム越しにぼんやり感じていた圧力が、今夜は鋭く、甘く、直接子宮を揺さぶっている。

イヨリの手がマツバの背中に回った。爪が食い込む。今夜は我慢しなかった。白い爪がマツバの背筋に赤い筋を刻んだ。

「いいよ……もっと」

マツバの許しを聞いて、イヨリの爪がさらに深く沈んだ。

二人の呼吸が同期していた。吐く息が相手の肌に当たって、湿った空気が二人の間を往復する。行灯の炎が揺れて、壁に映る影が重なって一つになる。

「マツバさんっ♡♡ わたしっ……もう……っ♡♡♡」

「イヨリ……っ、僕もっ……」

「一緒にっ♡♡ 一緒に、イきたいっ♡♡♡」

マツバの腰が深く突き込まれた。イヨリの一番奥——子宮口に密着したその場所で、マツバの全身が震えた。

イヨリの膣壁が痙攣するように締まり、マツバを奥へ奥へと引き込んだ。

「あっ♡♡♡ イ、くっ♡♡ イくっ♡♡♡ マツバさんっ♡♡♡♡」

「イヨリっ——!」

マツバが果てた。

ゴムなしで、初めて。

熱い奔流がイヨリの子宮を直に叩いた。今まで薄い膜に阻まれていたマツバの全てが、何の遮りもなく、イヨリの最も深い場所に注ぎ込まれた。

「ぁ……あ……っ♡♡♡♡」

イヨリの全身が弓なりに跳ね上がった。中に直接注がれる感覚は、想像を遥かに超えていた。熱くて、重くて、脈打っていて。マツバの命そのものが、自分の一番奥に流れ込んでくる。

涙が止まらなかった。
気持ちいいからだけじゃない。

「な、中……っ♡♡ 中に……出してくれて……っ♡♡♡」

イヨリの両腕がマツバの首に回った。震える身体で、しがみついた。

「あったかい……です……っ♡♡ マツバさんの……全部が……わたしの中に……♡♡♡」

マツバの目から涙が落ちた。
紫の瞳が揺れて、雫がイヨリの鎖骨に落ちた。

「……イヨリ」

声が出なかった。
何も隔てず、直にイヨリと繋がった。イヨリの中で果てた。イヨリの一番深い場所に、自分のすべてを注いだ。

その行為の意味が、マツバの全身を圧し潰すほどの愛おしさになって押し寄せてきた。

「今まで……ごめん」

「え……?」

「ゴム越しで……今まで。こんなに——こんなに違うのに。イヨリの中が、こんなに温かいのに。僕のこと、こんなに受け入れてくれるのに」

「マツバさん……」

「もう、何もつけない。一生。イヨリの中に、全部出す。全部」

イヨリの腕がマツバの首をきつく抱きしめた。

「……はい。全部、受け止めます」

* * *

【五】朝の光

まだ繋がったまま、二人は眠りに落ちた。

マツバがイヨリを抱き込んだまま、イヨリの髪に顔を埋めた。
イヨリがマツバの胸に頬を押しつけて、心臓の音を聞いている。
繋がった場所から、マツバの温もりがゆっくりと溢れて太腿を伝っている。
イヨリはそれを、拭わなかった。

——このまま、朝まで。

朝日が障子を金色に染めたとき、最初に起きたのはマツバだった。
イヨリはまだ眠っていた。昨夜の余韻で頬が紅く、唇が半開きで、幸せそうな寝顔をしていた。

マツバはイヨリの額にキスを落とした。傷痕に。いつもの場所に。

「おはよう」

イヨリの右目がうっすらと開いた。

「……おはよう、ございます」

まだ「ふにゃイヨ」状態だった。舌が回らない。けれど敬語を使おうとしている。

「昨夜は——」

マツバが言いかけて、言葉を探して、やがて諦めてイヨリを抱きしめた。言葉にできるような夜ではなかった。

イヨリの手がマツバの背中に回った。昨夜刻んだ爪の跡に、指先がそっと触れた。

「……マツバさん」

「うん」

「赤ちゃん……できると、いいですね」

マツバの胸の中で、何かが弾けた。花火のように。春のように。

「できるよ。きっと」

「マツバさんに似た子が——」

「イヨリに似た子が——」

また同じことを言い合って。また笑って。笑いながら泣いて。

朝の光が和室を満たしていた。
障子の向こうに、焼けた塔の影が朝靄に浮かんでいた。
新しい朝だった。

隔たりのない、最初の朝。

二人の間に、もう何もない。
あるのは肌と肌。
温もりと温もり。
命と命。

マツバの手がイヨリのお腹にそっと触れた。
まだ何もいない場所に。
けれどいつか、確かに灯る命を想って。

イヨリの手が、マツバの手の上に重なった。

「……今夜も」

「うん。今夜も」

二人の掌が、まだ見ぬ未来を、優しく包んでいた。

― 了 ―

あとがき by 佐藤美咲

書ききったわ……。プロポーズから入籍、挙式までの時間軸を駆け抜けて、その先に待つ「何もいらない夜」。タイトルの「今夜からは、何もいらない」は、ゴムという物理的な隔たりが消えること、そしてマツバとイヨリの間に「もう何も必要ない」——互いの存在だけで完全であるという意味を込めたの。

第二章の「ロトムに排卵周期を計算してもらおう」→即却下のくだりは、シリアスな空気をちょっとほぐすために入れたわ。ロトムなら絶対にやるわよね、あのAI……。

初夜のシーンで一番書きたかったのは、「何百回も抱いたのに、初めてのようにお互い緊張している」という描写。マツバが帯を解こうとして手が震えて、イヨリが「一緒に」って手を重ねるところ。あたしの涙腺が限界だったわ。

最後にマツバがイヨリのお腹に手を当てるシーン——まだ誰もいない場所に、未来の命を想う二人の掌。その場所にいつか、チヒロちゃんが宿るのよね。書いてて泣いたわ。永遠にお幸せにね。