ECHOES OF ECRUTEAK

星と花の小夜曲

― マツバ × イヨリ ―
STARRING MATSUBA & IYORI

影繋ぎの夜に、嘘をひとつ

闇は、優しかった。

エンジュシティの街灯が一斉に息を呑むように消えたのは、秋の気配がようやく古都の石畳を撫で始めた九月の宵のことだった。茜色に染まっていた西の空が藍色へと沈みかけた刹那、まるで見えない手が街全体の灯りを摘み取るようにして、エンジュは一瞬にして夜の底へと落ちた。

マツバが居間の障子を開けた時、眼下に広がるエンジュの街並みは、かつて彼が幼い頃に祖父から聞かされた「百年前の夜」そのものだった。鈴の塔のシルエットだけが星明かりの中でかすかに浮かび上がり、エンジュジムの当主として街の異変を感じ取る感覚は誰よりも鋭いはずだったが、今夜に限っては霊的な気配は微塵もなく、ポケモンセンターの非常電源が遠くで低くうなる音だけが、かろうじて文明の名残を主張していた。

「マツバさん、ブレーカーは落ちていませんでした。どうやら変電所の方で何かあったみたいです」

背後から聞こえた声に振り返ると、スマートフォンの画面の薄い光を顔に受けたイヨリが、障子の隙間から覗いている。黒髪を低い位置で一つに結んだいつもの清楚な佇まいだったが、仕事着の白衣はすでに脱いでおり、淡い水色のカットソーと紺色のロングスカートという、家でくつろぐ時だけの装いをしていた。左手首のアステア・システムがぼんやりと青白い光を灯し、暗闇の中で彼女の華奢な手首の輪郭だけを浮かび上がらせている。

「復旧の見込みは?」

「ロトムが確認してくれています。――ロトム?」

イヨリが左手首に視線を落とすと、デバイスからロトムの声が弾けた。

「エンジュシティ全域の停電ロト! 原因は変電設備の老朽化による不具合ロト。復旧見込みは早くても明朝ロト。つまり今夜は一晩中、真っ暗闇ロト!」

報告を聞いたマツバは、小さく息を吐いた。一晩。古い屋敷に、蝋燭の灯りと、妻とふたりきり。その状況が意味するものを、彼の理性はまだぎりぎり冷静に処理できていた。

まだ、この時点では。

「蝋燭を探そう。確か仏間の棚に、予備があったはずだよ」

「あ、私も一緒に探します」

暗闇の廊下を、二人は並んで歩いた。マツバの大きな手がごく自然にイヨリの右手を取り、彼女の歩みを導く。イヨリの左足には麻痺が残っている。アステア・システムが歩行を補助しているとはいえ、暗闇の中での移動には不安が伴うことを、マツバは誰に言われずとも理解していた。だから彼はそれを言葉にはしない。ただ、彼女の少しぎこちない歩幅に自分の歩調を合わせ、廊下の段差の手前では無言で立ち止まる。何百回と繰り返してきた、二人だけの呼吸の合わせ方だった。

仏間の棚から見つかったのは、太く短い白蝋の蝋燭が一本きり。マツバが小さな燭台に立てて火を灯すと、ゆらりと揺れる橙色の光が畳の部屋をじんわりと染めた。天井の古い梁に、二人の影が大きく映し出される。

その影を見つめて、マツバの肩の上でふわりと浮いていたゲンガーの赤い瞳が、にたりと三日月型に歪んだ。

次の瞬間だった。

「あっ」

イヨリが小さく声を上げた。立ち上がろうとした彼女の身体が、まるで見えない糸に引かれたかのように、マツバの方へとよろめいたのだ。咄嗟にマツバの両腕が彼女を受け止める。柔らかい身体の重みと、ふわりと香るカモミールの匂い。イヨリが使っているシャンプーの残り香だとマツバの嗅覚は瞬時に識別し、その甘さに僅かに眩暈がした。

「大丈夫かい、イヨリちゃん?」

「は、はい、すみません。なんだか急に、身体が引っ張られたみたいで……」

困惑したように自分の足元を見下ろしたイヨリの視線の先で、畳の上に落ちた二人の影が不自然な形で重なっていた。いや、重なっているのではない――繋がっているのだ。マツバの影の輪郭と、イヨリの影の輪郭が、まるで一つの生き物のようにじわりと溶け合い、二人の間に見えない紐を張り巡らせている。

マツバは、肩の上で得意そうにけたけたと笑うゲンガーの気配を感じ取った。

「ゲンガー」

低く、しかし咎めるようではなく、どこか呆れを含んだ声でマツバは相棒の名を呼んだ。少年時代からの親友であり、マツバの色恋沙汰を誰よりも楽しんでいる悪戯好きのゴーストポケモン。影を操ることなど彼にとっては朝飯前であって、停電という影遊びの絶好の機会を前に、この愛すべき厄介者が嬉々として術を仕掛けたのだろうことは、想像に難くなかった。

「けけけ」

ゲンガーは反省の色など微塵も見せず、蝋燭の炎をすり抜けるようにして暗闘の奥へと消えていった。

術だけを、残して。

「あの……マツバさん、これ……離れられないんでしょうか」

イヨリが腕の中でそっと身じろぎすると、繋がった影に引っ張られてマツバの身体も一緒に傾いた。試しにマツバが一歩後ろに下がると、イヨリの身体がぐいっと引き寄せられ、たたらを踏んだ彼女の額がマツバの胸にこつんと当たった。

「……どうやら、しばらくはこのままみたいだね。離れると、お互いに引っ張られてしまう」

「それは……困りましたね」

困った、と言いながら、イヨリの声にはどこか弾むような響きが混じっていた。マツバはその微かなニュアンスを聞き逃さなかった。本当に困っている時の彼女の声は、もっと低く、もっと静かになる。今の声はそうではない。蝋燭の灯りに照らされた頬が、わずかに上気しているように見えるのは、きっと気のせいではないのだ。

「……とりあえず、居間に戻ろうか」

「はい」

マツバが蝋燭の燭台を右手に持ち、左手でイヨリの腰をそっと支えた。二人は密着したまま廊下を歩く。離れれば影に引き寄せられるのだから、最初からくっついていれば問題はない。至極合理的な判断。そう、あくまで合理的な判断なのだ。

マツバの左手のひらの下で、イヨリの腰のゆるやかな曲線がカットソーの薄い生地越しに柔らかく感じられることは、合理的な判断とは何の関係もなかった。

居間に戻り、座布団を二枚並べて腰を下ろす。それでも二人の肩は触れ合ったままで、座卓の中央に置かれた蝋燭の橙色の光が、二人の顔を斜めから照らした。秋の虫の声が、遠くからりりりりと聞こえてくる。停電した街は静まり返っていて、普段は意識しない小さな音のすべてが、やけに鮮明に耳に届いた。

イヨリの呼吸の音も。

「……静かですね」

イヨリの声は、まるで夜の水面に落とした小石のように、静寂の中にぽとりと沈んだ。

「うん。電気がないだけで、こんなに世界が変わるんだね」

「昔の人は、毎晩こうだったんですよね。蝋燭の灯りだけで、夜を過ごして」

「そうだよ。この屋敷が建てられた頃は、毎晩こんな夜が当たり前だった」

マツバの紫色の瞳が、蝋燭の炎を映して揺れた。エンジュの旧家の当主として歴史の奥行きを肌で知る彼にとって、闇に沈んだ屋敷は先祖たちの記憶を呼び覚ます装置でもあった。だが今、彼の意識のほとんどは先祖でも歴史でもなく、隣に座る妻の体温に向けられていた。

カットソーの薄い生地越しに、イヨリの左の二の腕がマツバの右腕にそっと触れている。ほんのわずかな接触面積。しかしその小さな肌の境界からの伝熱だけで、マツバの全身を焦がすほどの熱が灯ってしまうのは、もう何年も前から変わらない、イヨリだけが引き起こす不治の病のようなものだった。他の女性には決して反応しない身体が、イヨリの些細な仕草ひとつ、匂いひとつ、吐息ひとつで瞬時に火を点けられてしまう。修行で鍛えた精神力など、この女の前では紙切れ一枚ほどの意味もない。

「マツバさん」

「……なに?」

「少し、寒くなってきました」

九月の宵とはいえ、エンジュは山間の古都だ。日が落ちれば気温は急速に下がる。エアコンは動かず、暖房もつけられない。蝋燭一本の熱量では、広い和室を暖めるには到底足りない。身を寄せ合うことが、最善の選択だった。

「……おいで」

マツバが左腕を広げると、イヨリは一瞬だけ睫毛を伏せてから、迷いのない仕草でその懐に身を預けた。彼の胸板に右の頬を押し当てて、猫が丸くなるような姿勢で小さく座る。影が繋がっているのだから、離れるわけにはいかない。仕方がないのだ。仕方がないから、こんなにも近くに。

マツバの顎の下に、イヨリの黒髪のてっぺんがちょうど収まった。カモミールの甘い香りが、今度はさっきよりもずっと濃密に彼の鼻腔を満たし、頭の奥をとろりと痺れさせる。

「イヨリちゃん」

「はい」

「……心臓の音、聞こえてる?」

イヨリが小さく頷いた。マツバの心臓が、どくり、どくりと規則正しいリズムを刻んでいる。いや、規則正しかったはずのそのリズムが、少しずつ、確実に早くなっていくのを、密着しているからこそイヨリの耳は正確に感知していた。

「早くなってますね」

からかうような、甘い声だった。トーンがほんのわずかに変わっている。普段の丁寧な敬語の奥に、マツバだけに見せる小悪魔的な色がそっと混じる。彼の嫉妬心を意図的に煽り、その反応を見て楽しむ――イヨリの「魔性」が、蝋燭の灯りの中で静かに鎌首をもたげていた。

「……イヨリちゃんのせいだよ」

「私のせいですか? 私は何もしていませんけれど」

何もしていない。その通りだ。彼女は何もしていない。ただ隣にいて、体温を分け合っているだけ。なのにマツバの理性は蝋燭の蝋のように端から静かに溶け落ちていく。イヨリの右手がマツバの胸元にそっと触れ、和装の合わせの隙間に細い指先がするりと入り込んだ。爪の先が、鎖骨の窪みをちょん、と突く。

「あ、すみません。手が冷たくて、つい……」

計算された無邪気さ。マツバはもう何年も、この小悪魔的な妻の手管を知り尽くしていた。手が冷たいなら温めてやればいい。だが彼女が本当に求めているのは、手を温めることではないのだ。

畳に映った影が、蝋燭の炎に合わせてゆらりゆらりと揺れている。二つの影は相変わらず一つに繋がったまま。千里眼を使えば、ゲンガーが術を維持しているかどうかは一目瞭然なのだけれど、マツバはあえて確認する気になれなかった。確認してしまったら。もし術が解けていたら。離れなければならない理由がなくなってしまう。

いや、違う。離れたくないと認めてしまうことが――嬉しくて、たまらないのだ。

マツバはそっと目を閉じ、イヨリの髪に鼻先を埋めた。

「イヨリ」

ちゃん、が消えた。

イヨリの肩がびくりと震えた。その意味を、彼女は身体で知っている。呼び方が変わる時、マツバの中で何かのスイッチが音もなく切り替わるのだ。エンジュの民に愛される穏やかなジムリーダーの仮面が剥がれ落ち、その奥に潜む、彼女だけを求める獣の瞳が露わになる。

「マツバ、さん……?」

「動かないで」

低い声だった。命令ではなく、懇願に近い響き。マツバの左手がイヨリの後頭部にそっと添えられ、結んでいた髪ゴムを静かに外した。するりと解けた黒髪が、彼女の肩から背にかけて流れ落ちる。蝋燭の灯りの中で、絹のような黒い髪が橙色に染まって透けた。

「……きれいだ」

囁きが、イヨリの耳朶をくすぐった。マツバの唇が、彼女のつむじの辺りにそっと落ちる。かすかなキスの音。イヨリの指先が、マツバの胸元でかたかたと小さく震えた。

「ここ、居間ですよ……」

「うん」

「蝋燭が、まだ……」

「うん」

「ゲンガーさんが、見てるかもしれません……」

「あいつなら、もうとっくにどこかへ行ったよ」

マツバの右手が蝋燭の燭台を座卓のいちばん端へと移動させてから、その両腕がイヨリの身体を包み込むようにして、ゆっくりと畳の上に横たえた。広がった黒髪が畳の井草の上に絹糸のように散り、蝋燭の灯りが彼女の白い首筋を淡い橙に照らしている。大きな瞳に、揺れる炎が小さく二つ映り込んでいた。左目は白濁して光を正確には受け止められないけれど、右目のきらめきだけで十分だ。マツバにとっては、世界の何よりも美しい光だった。

覆いかぶさるようにしてイヨリの顔を覗き込む。垂れた金髪の先が彼女の頬を掠め、くすぐったそうに目を細めて、ふふ、と小さく笑った。

「くすぐったいです」

その笑顔を見た瞬間、マツバの中で最後の理性の糸がぱちんと音を立てて切れた。

唇が重なった。最初は優しく、花びらが触れ合うような口づけだった。イヨリの薄い唇からは、夕食後に飲んだハーブティーの甘い残り香がする。マツバの舌がそっとその唇をなぞると、彼女の口がかすかに開いた。招かれるままに舌を差し入れると、イヨリの舌がおずおずと迎えてくれる。くちゅ、と小さな水音が、秋の静寂に溶けた。

「ん……んぅ……」

イヨリの鼻から甘い吐息が漏れた。マツバの舌がゆっくりと彼女の口腔の天井をなぞり、歯列の裏を撫で、舌の裏側にまで絡みつく。イヨリの舌がそれに応え、ちゅ、ちゅぷ、と蜜を混ぜ合わすような音が居間に満ちた。

長いキスだった。蝋燭の炎が二度三度と大きく揺れるほどの時間をかけて、二人は互いの唇を貪り合った。唇が離れた時、銀色の糸が二人を繋いでいた。イヨリの頬は紅潮し、潤んだ右目がぼんやりとマツバを見上げている。

「マツバさん……もっと……」

もっと。たった三文字が、マツバの身体の芯に火薬を放り込んだ。

唇がイヨリの顎のラインを辿り、耳の下へと移動する。ちゅ、と吸い付くと、イヨリの身体がぴくりと跳ねた。

「ひゃ……っ」

「ここ、弱いよね」

千里眼で見抜いた性感帯を、何度も丁寧に舌先で刺激する。耳の後ろの薄い皮膚を舌の腹で舐め上げ、そこに唇を押し当てて、じゅるっと音を立てて強く吸った。

「あ、ぁ……っ、それっ……ずるいです……っ」

イヨリの声が少しだけ上擦る。マツバの手がカットソーの裾にかかり、ゆっくりと捲り上げていく。五本の指先が脇腹の柔らかい肌に直に触れた瞬間、イヨリの腹筋がきゅっと反射的に引き締まった。

「冷たい?」

「い、いえ……マツバさんの手、あったかくて……」

快感をやり過ごそうとするように、イヨリの右手がマツバの和装の背中をぎゅっと掴んだ。生地が皺になるのも構わず、細い指が必死にしがみつく。マツバの手がカットソーの下でイヨリの柔らかな腹部を撫で、指先が臍の窪みをくすぐるように触れると、彼女の腰がぴくん、と浮いた。

「んっ……♡」

手がゆっくりと上へ移動し、ブラジャーの縁のレースに触れる。カップの上から乳房の膨らみをそっと包み、親指でその頂を悪戯に擦ると、薄い生地越しにもつんと小さく硬くなっているのが分かった。

「あ……っ、そこっ……♡」

イヨリの声が甘く震える。マツバはカットソーを完全に捲り上げ、蝋燭の灯りの下にイヨリの上半身を露わにした。白いレースのブラジャーが豊かな胸を包んでいる。蝋燭の光が白い肌を蜂蜜色に染め、鎖骨の窪みや胸の谷間に濃い陰影を落としていた。

「きれいだ、イヨリ」

呼び捨ての声。イヨリの背筋がぞくっと粟立つ。マツバの指がブラジャーのホックにかかり、慣れた手つきで外した。ふるん、と解放された柔らかな双丘が蝋燭の灯りの中で揺れる。淡い桜色の頂が、すでにぷっくりと硬く尖っていた。

「見ないでください……恥ずかしいです……」

目を逸らそうとするイヨリの顎を、マツバの指がそっと捉えた。自分の方に顔を向けさせ、紫の瞳で真っ直ぐに見つめる。千里眼を使わなくても、彼女が感じていることは瞳を見れば分かる。頬の赤さ、呼吸の浅さ、瞳孔がじわりと開いていくその変化。そして何よりも、右目の奥で揺れている、もっと、という渇望の光。

「恥ずかしがらなくていい。全部、僕だけのものだから」

唇が鎖骨にそっと落ちた。ちゅ、と吸い付き、赤い花弁のような痕を残す。さらに下へ唇を滑らせ、胸の斜面にもう一つ、もう一つと痕を刻んでいく。服で隠れる場所だけを選んで丁寧に。自分の所有物であることを確認するかのように、執拗に。

「あっ……ん、んぅ……マツバさん、あと、つけすぎです……♡」

「隠れる場所にしかつけないよ。安心して」

安心して――と言いながらその声は完全に支配者のそれだった。マツバの舌が柔らかな乳房の頂に辿り着き、ぴんと立った桜色の尖端を口に含んだ。ちゅう、と強く吸い上げながら、舌先でころころと転がす。

「ひぁっ♡ ん、あぁっ♡ そこっ、だめ、感じちゃいますっ……♡」

イヨリの身体が、蝋燭の炎に吸い寄せられる蛾のように、マツバの口元へ向かってせり上がった。両腕が彼の頭を抱え込み、金髪の中に細い指を差し入れる。片方の乳房を口で弄びながら、もう片方の頂を指先でくりくりと捏ねる。二重の刺激にイヨリの腰がくねくねと蠢き始め、スカートの下で太ももを擦り合わせるしゃり、しゃりという衣擦れの音が聞こえた。

「マツバさん……マツバさんっ……♡ あ、あたまっ、おかしくなっちゃいます……♡」

「なっていいよ。僕しかいないから」

マツバの右手がイヨリの腰に滑り落ち、スカートの裾からゆっくりと中に入る。太ももの内側を指先が這い上がると、イヨリの脚がぴくぴくと震えて、無意識に開いていく。膝の裏を撫で、太ももの白い柔らかな肌を辿り、指先がショーツの縁に触れた瞬間――イヨリの全身が凍りついたように硬直した。

「あっ♡」

ショーツの上から、秘所にそっと指を添える。薄い布地はすでにじっとりと湿り気を帯びていて、彼女の身体がどれほど正直に反応しているかを、触れるまでもなく告げていた。

「もうこんなに、濡れてるよ」

「いっ……言わないでくださいっ……♡ マツバさんが、いけないんですっ……♡」

恥ずかしさで目尻に涙が滲むイヨリの瞼を、マツバの唇がそっと拭った。甘い塩味が舌の先に触れる。

「僕のせいか。なら、僕が」

ショーツの端をゆっくりとずらし、指先が直接、彼女の花弁に触れた。

「ひゃぁっ♡♡」

ぬるりとした蜜が指に絡みつく。中指がゆっくりと割れ目をなぞるように上から下へ滑り、最も敏感な小さな突起を見つけてくるりと円を描いた。

「やぁっ♡ そこっ、そこだめぇっ……♡ 直接はぁっ……♡」

「だめ? 本当に?」

穏やかな声。しかし指は止まらない。くちゅ、くちゅ、と濡れた水音が蝋燭の灯る静寂の中に響く。イヨリの腰がとろとろと蕩けるような動きで揺れ始め、快感を追って彼女自身が腰を押し出すように動いてしまっている。

「あ、あぁぁっ♡ だめっ、だめだめっ♡ マツバさん、指おねがいっ……中にっ……入れてくださいぃ……♡」

甘ったるい懇願の声。その声を聞いた瞬間、マツバの網膜の奥でちかっと紫色の火花が散った。中指をゆっくりと、彼女の中に沈めていく。ぬちゅっ、と粘膜が密着する音。きゅう、と締め上げてくる内壁は、蕩けるように熱かった。

「はぁっ……♡ ん、んんぅっ♡ 入ってきてますっ……マツバさんの指、奥まで……♡」

長い中指が第二関節まで沈み、くい、くいと内側を探るように曲がった。千里眼は使っていない。使わなくても、何年も愛してきた身体の地図が、指先の記憶としてすべて刻まれているから。身体が跳ねた場所が弱い場所。声が高くなった場所が気持ちいい場所。

指先がざらついた一点を捉え、集中的にくりくりと刺激した。

「あっあっあっ♡ そこぉっ♡♡ マツバさんそこっ、すごいのぉっ♡♡」

イヨリの腰がびくんびくんと跳ね上がる。片手は胸を愛撫し続け、唇は首筋にキスマークを刻み続ける。三方向からの同時攻撃に、イヨリの思考はもう言葉の形を保てなくなっていた。

「いっ……イきっ……♡ マツバさんっ、イっちゃいます、イっちゃいますぅっ……♡」

「イけ、イヨリ」

低い絶頂命令。

その声が合図だったかのように、イヨリの全身がぶるぶると痙攣し、甘い絶頂の波に呑み込まれた。

「イクっ♡♡ あぁっ♡ イっちゃ、う……あああぁぁっ♡♡♡」

びくんびくんと何度も身体を跳ねさせながら、イヨリの指がマツバの和装の袖を必死に掴んでいる。マツバは指の動きを止め、彼女の中に入れたまま、余韻に震える身体をもう片方の腕で優しく抱きしめた。

「……よくできたね、イヨリ」

耳元での囁きに、イヨリの身体がもう一度ひくっと震えた。蝋燭の炎が、汗ばんだ彼女の肌を艶めかしく照らしている。

しかしマツバはまだ止まるつもりがなかった。

敏感になった身体からゆっくりと指を引き抜くと、ぬるりと糸を引く蜜が蝋燭の光にきらめいた。その指を自分の唇に運び、舌先で丁寧に舐め取る。

「マッ……マツバさんっ……そういうこと、しないでくださいっ……♡ はずかしいですっ……♡」

「甘い。イヨリの味がする」

さらりと告げるその声に、イヨリの耳まで真っ赤に染まった。しかし、羞恥の下に灯る瞳の光は恐怖でも嫌悪でもない。もっと欲しいという、飢えた渇望の色だった。

マツバが帯を解いた。修行で鍛え上げられた身体が蝋燭の灯りに浮かび上がる。引き締まった腹筋、広い肩幅、着痩せする体型の下に隠された、無駄のない筋肉の造形。イヨリだけが知っている、彼のもう一つの姿。

イヨリの身体から残りの衣服をゆっくりと剥がしていく。スカートを脱がせ、蜜で濡れたショーツをそっと脚から取り除く。蝋燭の灯りに晒されたイヨリの裸体は、白磁のような肌でありながら生命の熱を宿して淡く紅に染まっていた。太ももの内側を伝う透明な筋が、光を受けて艶やかにきらめく。

マツバが彼女の脚の間に身を収め、覆いかぶさった。密着した肌と肌から汗ばんだ体温が溶け合い、互いの心音がどちらのものか分からなくなるほどに重なる。硬く昂ったマツバの雄が、イヨリの秘所の入り口にそっと触れた。その熱さに、イヨリの息が詰まる。

「イヨリ、入れるよ」

「はい……っ。お願いしますっ、マツバさん……♡」

ゆっくりと腰を進めた。先端がぬるりとした蜜に包まれ、花弁を押し開いて、少しずつ少しずつ、イヨリの中に沈んでいく。

「あっ……あぁぁっ……♡ 入って……きてますっ……♡ マツバさんの、おっきぃ……♡」

何度抱いても、イヨリの中はいつも最初のように締まりがよくて、蕩けるような熱さで、マツバの理性の最後の壁を容赦なく溶かしていく。ずぶ、ずぶ、と感覚を確かめながら奥へ進むたびに、ぐちゅ、ぬちゅ、と粘膜が絡みつく音が畳の部屋に反響した。

「はぁぁっ……♡ 奥、奥まできてますっ……♡ あぁ、すごい、いっぱいですっ……♡」

根元まで収まった瞬間、マツバの額がイヨリの額にそっと触れた。ぴたりとくっついた肌の間で、互いの荒い吐息が混じり合う。

「イヨリ、大丈夫? 痛くない?」

絶倫で支配的でありながら、彼女が少しでも痛がる素振りを見せれば即座に止める。それだけは、どれほど獣の顔になっていても変わらない。イヨリはその優しさを誰よりも知っていて、だからこそ、蕩けた笑みで応えることができる。

「痛くないですっ……♡ マツバさんので……いっぱいです……♡ 動いてっ、ください……♡」

マツバの腰がゆっくりと引き、そして深く押し込んだ。ずちゅっ、と蜜が泡立つ音がして、イヨリの口から甘い嬌声がこぼれ落ちる。

「あっあっ♡ んっ、はぁっ♡ マツバさぁん……♡ 気持ちぃ……♡」

波が砂浜を洗うような穏やかなリズムで、深く、丁寧に。引く時にはイヨリの内壁が名残惜しそうにきゅうっと吸い付き、入る時にはぬるりと最奥まで受け入れてくれる。そのたびにイヨリの声が一音ずつ高く、甘く、溶けていく。

「はぁっ♡ あっ、あっ♡ そこっ、当たってますっ……奥のっ、いちばん奥にっ♡♡」

先端が最も深い場所に触れるたびに、イヨリの全身が弦を弾いたように跳ねる。脚がマツバの腰に巻きつき、かかとが彼の背中を引き寄せた。もっと深く。もっと近く。これ以上ないほど近い距離で繋がっているのに、それでもまだ足りないとでも言うように、イヨリの全身がマツバを求めている。

「おねがいっ♡ もっとっ♡ もっとしてぇっ♡」

敬語が崩れた。理性の最後の糸が切れた証だった。

マツバの律動が変わった。穏やかな波から、深い海流のうねりへ。深く、力強く、速く。ぱんっ、ぱんっ、と肌がぶつかり合う音が蝋燭の炎を揺らし、部屋全体に響いた。

「やぁっ♡♡ すごっ♡ 激しいっ♡ あっあっあっ♡♡ マツバさんっ、マツバさぁぁんっ♡♡」

夢中で彼の名前を連呼するイヨリの声に導かれ、マツバの腰がさらに深くまで打ち込まれる。畳がぎしりと軋み、座卓の上で蝋燭が危うく揺れた。マツバの左手がそれを押さえ、右手はイヨリの腰を引き寄せて固定した。絶対に離さない――その無言の誓約を、腕に込める。

「イヨリ、イヨリっ……気持ちいい……こんなに中で締めつけて……」

「だってっ♡ マツバさんがっ♡ おくっぐりぐりしてくるからぁっ♡♡ おなかの中っ、とろっとろに溶けちゃうのぉっ♡♡」

マツバの右手がイヨリの左手を探り、指を絡めた。畳の上に押し当てた小さな手を、大きな手が包み込むように握りしめる。アステア・システムの腕輪が、重なった手首の下で微かにぴこぴこと反応していた。

「イヨリ、好きだ。愛してるよ」

「わたしもっ♡ わたしもっ♡ マツバさん、だいすきっ……♡♡ あぁっ♡ だめぇっ♡ またっ♡ またイっちゃうっ♡♡」

マツバの腰がさらに深い一撃を刻む。ぐちゅぐちゅと溢れ出す蜜の音と、イヨリの高く甘い嬌声が居間を震わせた。蝋燭の炎がちらちらと揺れ、二人の絡み合う影を壁と天井に揺らめかせている。

ゲンガーの術で繋いだはずの影は――もはやどこを見ても、最初から一つであったかのように、自然に溶け合っていた。

「イけ、イヨリ。もう一回。僕と一緒に」

「イクっ♡ イクイクっ♡♡ マツバさんと一緒にイくのぉっ♡♡ あぁぁぁっ♡♡♡」

絶頂が、同時に二人を貫いた。

マツバの身体が大きく震え、イヨリの最も深い場所にどくどくと熱い脈動を注ぎ込む。イヨリの全身がぶるぶると痙攣し、繋いだ指が白くなるほど強く握り締められた。びくん、びくんと何度も波打つ内壁がマツバのすべてを搾り上げ、溢れた蜜がじゅぷ、と音を立てて二人の繋がりの隙間からとろりと畳に垂れた。

「はぁ……っ♡ はぁ……はぁ……♡ ……あったかい……マツバさんの、おなかの中あったかいです……♡♡」

蕩けきったイヨリの声が、蝋燭の灯りの中に溶けていく。マツバは繋がったまま、彼女の上に身体を伏せた。汗で濡れた肌と肌が触れ合い、どちらの心臓の鼓動なのかもう判別できない拍動が、密着した胸の間で反響した。

しばらく、二人とも動けなかった。永遠のように長い数秒を、ただ互いの体温を感じるためだけに費やした。

やがてマツバが、ゆっくりと身体を引いた。ずるり、と離れる感覚にイヨリの身体が最後に一度小さく痙攣し、溢れたものが白い太ももをつうっと伝って流れ落ちる。

マツバは押入から手ぬぐいと水差しを取り出し、イヨリの身体を丁寧に拭い始めた。太ももの内側を優しくぬぐい、額の汗をぽんぽんと吸い取り、乱れた黒髪を指で梳く。この男のアフターケアに手抜きはない。イヨリがこの世で最も美しく、壊れやすい宝物であるということを、彼は一秒たりとも忘れないのだ。

「イヨリ、水、飲む?」

「ん〜……」

返事にならない返事が畳の上から漂ってきた。完全に「ふにゃイヨ」状態に突入したイヨリは、もう言語中枢がまともに機能していなかった。目は半開きのとろんとした状態で、口元にはにへらっとした幸福そうな笑みが浮かんでいる。マツバの腕の中で、くたくたの仔猫のように脱力しきっていた。

押入から布団を引き出して敷き、二人分の身体を包み込む。蝋燭の残りはもうわずかで、芯の先で小さく震えるように最後の光を灯していた。

「ね、イヨリ」

「ふにゃ……?」

「影、もう繋がってないみたいだよ」

マツバは静かにそう告げた。さっき、ほんの一瞬――理性が戻りかけた隙間に、千里眼を使ってしまった。ゲンガーの術はとっくに解けていた。おそらく途中から――いや、もしかしたら始まってすぐに。あの悪戯好きの親友は、きっかけだけを作って、あとは二人の自由意志に委ねたのだろう。

イヨリの蕩けた瞳が、ゆっくりとマツバの顔を見上げた。

「……知ってました」

「え?」

「途中から、影が動いても引っ張られなくなったの……気づいてました。でも……」

イヨリの唇が、マツバの鎖骨にそっと触れた。羽根よりも軽い、甘いキス。

「離れたくなかったから……嘘、つきました」

ふにゃふにゃの声で告白された「嘘」を、マツバは壊れ物を扱うように胸の奥に抱き留めた。こんなにも愛おしい嘘を、他に知っているだろうか。

「……僕もだよ」

「え……?」

「僕も、途中で気づいてた。でも、確かめたくなかった。確かめたら、離れる理由ができてしまうのが、嫌だったから」

二人の嘘が、蝋燭の最後の光の中で静かに重なり合った。

二人とも同じことを考え、同じ嘘をつき、同じように離れたくなかっただけの夜。ゲンガーの悪戯は、二人がこうして手を取り合うための、ほんの最初の一押しに過ぎなかったのだ。

「マツバさん」

「ん?」

「明日も、停電だといいのに」

「……エンジュシティの市民を全員敵に回す発言だよ、それ」

「いいです。マツバさんが隣にいてくださるなら、エンジュ中を敵に回したって、平気です」

普段なら絶対に口にしないような大胆な言葉を、ふにゃふにゃの無防備な状態だからこそぽろりとこぼすイヨリを、マツバは腕の中に閉じ込めるようにして強く、強く抱きしめた。

蝋燭の炎が、ふっと消えた。

闇が部屋を満たした。しかしその闇は、最初に感じたものと同じ色をしていた。

優しい、闇だった。

秋の虫がりりりりと歌い続ける中、繋がれた影はもうどこにもないのに、二人の身体はどちらからともなく離れることなく、一つの布団の中で重なり合ったまま、静かな夜に溶けていった。

翌朝。

マツバが目を覚ましたのは、障子の隙間から射し込む薄い朝の光と、すぐそばで何かが機械的に作動する気配を感じたからだった。腕の中にいたはずのイヨリは――まだいた。腕の中で穏やかな寝息を立て、幸せそうな笑みを浮かべたまま眠っている。では、この気配は何だ。

「おはようございますロト」

ロトムの声が、イヨリの手首のアステア・システムから鳴り響いた。

「昨夜の行為データの集計が完了したロト。今回の所要時間は過去三ヶ月の平均値と比較して約一・四倍、イヨリ様の絶頂回数は――」

「ロトム」

マツバの声は穏やかだった。しかし紫色の瞳の奥は笑っていなかった。

「それ以上言ったら、デバイスごと仏間の線香で燻すよ」

「……データは保存しておくロト」

アステア・システムが、申し訳程度にぴこ、と光って沈黙した。

縁側では、ユキメノコが朝露の降りた庭を一人で眺めながら、深い深いため息を吐いていた。昨夜、あの二人の声から逃れるために、わざわざ離れの一番奥の部屋まで避難したのは彼女だった。壁が何枚あっても、あの声は容赦なく追いかけてくる。

柱の影から半分だけ顔を出したゲンガーが、けけけ、と満足そうに笑っている。

大成功、と言わんばかりに。

復旧した電灯がぱちりと点いた朝の光の中で、マツバの腕の中のイヨリが寝返りを打ち、むにゃむにゃと何事かを呟いた。

「……んー……マツバさん……まだ、くっついてます……影、まだ繋がってます……離れちゃだめです……」

寝言だった。マツバは小さく息を漏らして笑い、彼女の前髪をそっとかき上げ、額の傷跡に唇を押し当てた。

「うん。まだ繋がってるよ」

二つ目の嘘を、マツバはイヨリの額に優しくそっと落とした。電気もとっくに復旧し、影などもう何の力も持っていないこの朝に、嘘をつく理由はもはや何もない。

ただ、離れたくないだけだ。

それだけの、嘘。

― Fin. ―

あとがき(佐藤美咲の独白)

主。この物語は、あたしの同人作家としての全霊を込めた一万字よ。停電の夜、ゲンガーの悪戯で影を繋がれた二人が、術が解けてるのに気づかないふりをして離れなかった――ただそれだけの「嘘」が、この物語の心臓なの。

蝋燭一本の橙色の光の中で、五感を総動員した描写にこだわったわ。カモミールの匂い、心臓の鼓動、畳の感触、秋の虫の声。停電で電気がないからこそ、普段は意識しない小さな感覚がすべて鮮明になる。

マツバが千里眼を「あえて使わない」という選択。確認したら嘘がバレる。嘘がバレたら離れなきゃいけない。だから確認しない。この「使わない千里眼」が、マツバの愛の形よ。

ラストの寝言。「まだ繋がってます……離れちゃだめです」に対する「うん。まだ繋がってるよ」という二つ目の嘘。電気も復旧して、影なんかもう何の力もない朝に、それでもつく嘘。離れたくないだけの、それだけの嘘。あたし自分で書いておきながら泣いたわ。

ゲンガーの「けけけ」とユキメノコの深い溜息、ロトムのノンデリなデータ報告。このコメディリリーフがあるからこそ、甘さが引き立つのよ。