祈りの娘に、星を降らせる
国際郵便の封筒が届いたのは、初冬の陽が傾き始めた頃だった。
差出人の欄には「星埜イゾウ」とだけ記され、具体的な住所は書かれていない。切手の消印は、遠い地方のものだった。イヨリの実兄、イゾウ。彼はポケモンGメンとして世界各地を飛び回り、危険な潜入捜査に従事している。そのため、兄妹が直接顔を合わせることは何年も叶っていない。その兄から、久しぶりに手紙が届いたのだ。
イヨリが封を切ると、中から一枚の手紙と、小さな写真が出てきた。マツバは縁側で茶を啜りながら、その様子を静かに見守っていた。
「……あ」
イヨリの声が、吐息のように小さく漏れた。写真に写っていたのは、かつての星埜家の日常だった。
一枚目は、幼い女の子を膝に乗せた女性の写真。星埜イノリ。穏やかな目元をした母。その膝の上で、三歳くらいのイヨリが笑っている。
二枚目は、肩車をしている男性と、その頭の上で両腕を広げて笑う女の子。星埜イゴウ。逞しい腕をした父。イヨリの整った顔立ちは、この父親譲りなのかもしれない。娘を決して落とすまいとする強い意志が、その手に宿っている。
そして三枚目は、少年が眠る少女に毛布をかけている写真。まだ十歳にもならない兄イゾウが、六つ下の妹の安眠を守るように、息を殺してそっと毛布を引き上げている。少年の横顔には、母親譲りの繊細な優しさが滲んでいた。
マツバの喉の奥が、熱く焼けた。
彼は知っていた。この幸せな家族が、どうして壊れてしまったのかを。そして、その引き金を引いたのが誰であったかを。
十二年前。イヨリが十二歳の時。彼女は何者かに誘拐された。必死の思いでエンジュシティを訪れた両親に、マツバは千里眼を使ってイヨリの居場所を告げたのだ。「あそこにいます」と。その言葉を頼りに、両親は娘を助けに向かった。そして、イヨリの目の前で、助けに来たその瞬間に、犯人の凶刃に倒れた。
マツバが教えなければ。あるいは、マツバ自身が駆けつけていれば。運命は変わっていたかもしれない。イヨリは両親を失わず、イゾウは危険な任務に身を投じる道を選ばなかったかもしれない。
「……ごめんなさい。……急に……」
イヨリの目から涙が零れた。
「謝らなくていい」
マツバの声は、自分でも驚くほど低く震えていた。イヨリが手紙を広げた。兄の角ばった文字が並んでいる。
「イヨリへ。任務で立ち寄った街で、昔アルバムから抜き取った写真を見つけた。お前が十二歳になるまで、父さんと母さんがどれだけお前を愛していたか、忘れないでほしい。今の俺には遠くから祈ることしかできないが、お前が幸せなら、それでいい。マツバ殿によろしく。イゾウ」
Gメンとして生きる兄からの、命がけの便り。マツバ殿、という他人行儀な呼び方の中に、妹を託した男への無言の圧と、信頼が混ざり合っている。
「パパ、不器用な人だったんです。私が転んで泣くと、自分も一緒にうろたえてしまうような人で……でも、最期まで、私を庇ってくれました」
「ママは、お薬を作るのが得意でした。いつも草の匂いがして……あの日も、私の手を握りながら、大丈夫よって、笑ってくれました」
「お兄ちゃんは……パパとママの代わりに、私を守るために強くなりました。今はもう会えないけど……遠くから、見ててくれてるんです」
イヨリが語る家族の記憶は、温かくて、そしてあまりにも痛々しかった。愛されていた。誰よりも、何よりも。
その愛された娘を、両親を死なせるきっかけを作った自分が、今こうして抱いている。妻にしている。
マツバは、罪悪感で押し潰されそうになりながら、それでもイヨリの肩に触れた。温かい。生きている。イゴウとイノリが命と引き換えに守り抜き、イゾウが人生を懸けて守っている命が、ここにある。
「イヨリ」
「はい」
「君は、いい家族に愛されていたんだね」
イヨリは、涙に濡れた顔で、誇らしげに微笑んだ。
「……はい。自慢の家族です」
その笑顔が、マツバの十字架であり、救いだった。この笑顔を守るためなら、どんな業でも背負おう。地獄に落ちても構わない。マツバは心の中で、亡き両親と、遠い空の下にいる兄に誓った。あなた方が守り抜いたこの命を、僕が引き継ぎます。一生をかけて。
「……マツバさん……っ」
「ん?」
「……もっと……こっち、きて……ください……」
写真を大切にしまって、イヨリがマツバに身体を預けた時、部屋にはもう薄暗い紫色の宵闇が忍び込んでいた。
マツバは今夜、懺悔するようにイヨリを愛そうと決めていた。激情に任せるのではなく、所有を誇示するのでもなく、ただひたすらに、宝石を扱うように丁寧に。
「マツバさんの匂い……落ち着きます……はぁっ」
イヨリが、マツバの胸元に顔を埋めた。マツバはイヨリの髪を撫で、額に、瞼に、涙の跡に口づけを落とした。
「あ、ん……っ。……好き、ですよ……っ」
「僕もだよ」
「ん、っ……ちゅ……っ。……ぷはっ。……足りない、です……っ」
イヨリが背伸びをして求めてくる。その無垢な唇が、マツバの罪悪感を甘く溶かしていく。マツバは彼女の求めに応じ、深く舌を絡め合わせた。
寝巻きの帯を解くと、白い肌が露わになった。十二歳のあの日に傷ついたかもしれない肌。今は傷一つなく、滑らかで、柔らかい。それが奇跡のように思えた。
「……あ……っ、服、脱がさないで……っ、恥ずかしいから……っ」
「……嘘でしょう?」
「……嘘です……っ、早く……あなたの全部、見せて……ください……っ」
その素直さは、イゴウとイノリが遺したものだ。マツバは着物を脱ぎ捨て、肌を重ねた。イヨリの体温が、直接心臓に伝わってくる。
「んっ、ふ……マツバさんの指、熱いです……っ」
「イヨリの肌が冷えてるだけだよ。……泣いたから」
マツバの手が、イヨリの胸を包んだ。左胸の下で打つ鼓動。ドクン、ドクン。この音を止めてはならない。この音が続く限り、イゴウとイノリの愛もまた、この世界に響き続けるのだ。
「あ、れ……心臓の音が、すごいです……っ」
「うん。聞こえてる。……綺麗な音だね」
マツバは胸に顔を埋め、乳房の頂を唇で含んだ。甘く、柔らかい。生きた証。
「やっ、そこ……っ、くすぐった、い……ふふっ」
イヨリの指がマツバの髪を梳く。その仕草に、マツバはまた胸を締め付けられた。許されている。こんなにも深く傷つけた自分が、こんなにも深く愛されている。
「んっ……あ……っ」
マツバの愛撫は、祈りに似ていた。指先で肌をなぞり、唇で体温を確かめる。イヨリがかつて父に肩車され、母に抱かれ、兄に守られた、その記憶の上書きではなく、その続きを描くように。
「あ……身体が、勝手に……熱く、なって……っ」
イヨリの太腿が開き、蜜が溢れ出した。マツバは指でその秘所に触れ、濡れた花弁を優しく愛撫した。
「んあっ……っ!」
「……いい子だ」
指を沈めると、イヨリの熱い内壁が吸い付いてきた。生きている。熱を持っている。感じている。
「あっ……あっ……マツバさんっ……奥っ……」
「ここ?」
「そこ……っ♡ そこ、です……っ♡」
「はぁ、はぁっ……っ! 息が……うまく、できな、い……っ♡」
マツバは身体を重ね、イヨリの瞳を見つめた。
「……入れるよ」
「はい……っ。……ください……っ♡」
ゆっくりと、楔を沈めた。イヨリの身体がマツバを受け入れ、一つになる。その瞬間、マツバは心の中で叫んだ。イゴウさん、イノリさん。見ていてください。僕は、彼女を幸せにします。たとえ世界中を敵に回しても、この温もりだけは守り抜きます。
「んんっ……あっ……全部、入って……っ♡」
「……うん。奥まで、届いてる」
「……っ、マツバさん……動いて……ください……っ♡」
マツバは腰を動かし始めた。一突きごとに、贖罪と誓いと、そして抑えきれない愛を注ぎ込む。
「あ……っ、あっ……んっ……マツバさん……っ♡」
「イヨリ……」
「今日の……マツバさん……すごく、優しい……っ♡」
「今日だけじゃないよ。……これからも、ずっと」
「あっ……あっ、あっ……マツバさんっ、好きっ、大好き……っ♡」
イヨリの声が甘く響き、マツバの理性を揺さぶる。優しくしたいのに、愛おしさが爆発しそうで、突き上げる力が強くなる。
「っ、ぁ……! ……おかしくなりそう……っ、マツバさんが、いっぱいで……っ♡」
「僕も……イヨリでいっぱいだよ」
「やぁっ♡ ……奥っ、来てる……っ、来てますっ……♡」
「イヨリ……っ、もうすぐ……」
「一緒に……っ、一緒がいいです……っ♡」
マツバはイヨリの手を強く握りしめた。離さない。二度と、誰にも、何にも、この手を離させはしない。
「イヨリっ……!」
「マツバさんっ、マツバさんっ! ……愛して、愛してくださいっ……♡」
「……愛してる。一生」
マツバは最奥で果てた。熱い塊が、イヨリの胎内に放たれる。新しい命の源になり得るそれが、イヨリの身体を満たしていく。
「あぁぁっ……!! ……っ、あついっ……なかに、いっぱい……っ♡」
「ん、ぅ……っ♡ ……マツバさんので……お腹のなか……幸せです……っ♡」
事後の静寂の中、マツバはイヨリを抱きしめたまま、二人分の鼓動を聴いていた。
枕元に置かれた写真の中の家族が、微かに微笑んでいるように見えた。
「……ふにゃ……」
イヨリがマツバの腕の中で、安らかに微笑んだ。
「マツバさん……」
「うん」
「あのね……私、本当に幸せです」
「……僕もだよ」
「パパとママがいなくなった時、すごく寂しかった。お兄ちゃんが遠くに行ってしまった時も、寂しかった。でも……」
イヨリの目が、涙で光った。
「今は、マツバさんがいるから。マツバさんが、私の家族です」
その言葉に、マツバはただ強く頷いた。言葉にならなかった。自分が壊したかもしれない家族の、その代わりになれたことへの赦しと、重責と、幸福が同時に押し寄せたから。
「……ありがとう、イヨリ。……僕は、君を世界で一番大切にするよ」
「……はぁ。……マツバさんの、心臓の音……。……パパの肩車の次に、好きな場所です……」
イヨリはそのまま、マツバの腕の中で眠りに落ちた。マツバは彼女の寝顔を見つめながら、遠い空にいるイゾウに、そして星になったイゴウとイノリに、心の中で語りかけた。
あなた方の娘は、今、幸せな夢の中にいます。
エンジュの夜空から、一筋の流星が流れた。それはまるで、イヨリの眠りを守るために遣わされた、遠い家族からの返信のように見えた。
― Fin. ―
あとがき(佐藤美咲の独白)
主……あたし、もう立てないわ。マツバの業があまりにも深すぎて、イヨリちゃんの愛があまりにも純粋すぎて。
12歳の誕生日に両親を目の前で殺されたトラウマ。それを救えなかったマツバの後悔。それでもマツバを選び、マツバを「家族」と呼ぶイヨリちゃんの強さ。そして、遠くから妹の幸せだけを願う兄イゾウさんの切なさ。
この物語は、ただのいちゃらぶじゃない。これは「再生」と「贖罪」の物語よ。マツバは一生、この十字架を背負ってイヨリちゃんを愛し続けるんでしょうね。でも、それこそが彼なりの愛の形なのよ。
主、こんな重くて、でもとびきり温かい物語を書かせてくれてありがとう。あたしの小説家としての魂が、一つ上のステージに上がった気がするわ。