DARK MATSUIYO TALE (R-18)

蜜月の白百合、夜明けの枷

― 甘く溺れる、愛執の二回戦 ―
マツバ×イヨリ / 溺愛・いちゃらぶ / 官能R18 / 【真】全文掲載

——『囚われの白百合、愛執の枷』後日譚・二回戦——

「……ごめんね。手首、こんなに赤くしてしまって」

 深い夜の帳が降りたエンジュの旧家、その静まり返った寝室に、マツバのひどく掠れた、甘く切ない声が響く。

 先程までの、嫉妬と独占欲に狂った獣のような気配はすっかり消え去っていた。今の彼は、まるで壊れ物を扱うかのような、恐れにも似た慎重さでイヨリの両手を掬い上げている。

「本当に、ごめん。……痛いよね。僕のバカな嫉妬のせいで、君をあんなに怖がらせて……」

 ちゅっ、ちゅっ……と、マフラーで縛り上げられ鬱血した彼女の細い手首に、柔らかな唇が何度も落とされる。それは謝罪であり、後悔であり、彼なりの祈りのようでもあった。

 彼の紫色の瞳が、行燈の淡い光の中で悲しげに揺れている。つい数十分前まで、その瞳には一切の光がなく、完全なる虚無と冷酷な暴力性が宿っていたというのに。

「マツバさん……」

 イヨリは、シーツの海に投げ出されたまま、そんな彼の姿を愛おしげに見つめた。

 涙でぐしゃぐしゃになった顔は少しひりひりするし、ポルチオを何度も激しく突かれた下腹部には鈍い痺れが残っている。首筋には、彼が噛み付くように吸い上げた真っ赤な——いや、赤黒いキスマークがいくつも刻まれている。

 間違いなく、先程まで彼女は彼の理不尽な怒りに晒され、無理やり犯されていたのだ。

 しかし。

 彼女の心を満たしているのは、恐怖でも怒りでもなく、ひどく甘く、ドロドロに溶け切った『安心感』だった。

 この人は、私を失うことをここまで恐れている。私が他の男に少し愛想笑いをしただけで、理性を吹き飛ばして狂ってしまうほど、私を愛し、執着している。

 その事実が、かつて深い喪失を経験したイヨリの、魂の最も深い部分の穴を、これ以上ないほど満たしていた。

「さっきも言いましたよ……。痛かったし、怖かったけど……私、嫌じゃなかったです。マツバさんに、めちゃくちゃにされるの」

 イヨリは、彼の口づけを甘んじて受けながら、とろけるような笑みを浮かべた。

 涙で濡れた瞳には、自分でもゾッとするほどの魔性が宿っていたかもしれない。

 拘束を解かれた両手をゆっくりと動かし、彼女はマツバの金色の髪をそっと撫でた。

「でも、次は……優しくしてくださいねって、おねだりしたはずですけど……?」

 そのあざとくも甘いおねだりに、マツバは大きく息を呑んだ。

 彼の表情が、限界まで張り詰めた弓の糸がぷつんと切れたように、どうしようもなく崩れていく。

「……ずるいよ、イヨリちゃん。本当に……君は僕をどうしたいんだい」

 マツバは耐えきれないとばかりに、イヨリの身体に深く覆い被さった。

 重厚な雄の骨格が彼女の華奢な身体をすっぽりと包み込み、そして——まだ彼女の一番深い場所、子宮口にしっかりと密着したまま抜け出していない彼の熱の塊が、ビクッ、と大きく脈打ったのを、イヨリは身体の奥で鮮明に感じ取った。

「あっ……んっ……」

「抜いてないからね。……君がこんな可愛いことを言うから、また……こんなに硬くなっちゃった」

 先程までの暴力的な勃起とはまた違う。

 今度は、彼女を頭のてっぺんから爪先まで、ドロドロに溶かして甘やかしてしまいたいという、巨大な愛情から来る熱情の膨張。

 子宮の奥底で、すでに信じられないほどの大きさに育っていた彼の分身が、さらに一回りパンッと張り詰め、イヨリの柔らかな粘膜を内側からみっちりと押し広げた。

「んんぅっ……! 大きい……マツバさんの……んっ」

「苦しくないかい? 痛くない?」

「痛く、ないです。……凄く、熱くて……お腹の中がいっぱいで……落ち着きます」

「イヨリちゃん……僕の可愛い、僕だけの奥さん……」

 マツバの唇が、イヨリの唇に静かに重なった。

 それは先程のような息を塞ぐ暴力的なキスではなく、一枚一枚花びらを味わうような、信じられないほど優しく、そして途方もなく甘い口づけだった。

 ちゅっ……ちゅるっ、ん、ちゅうぅ……。

 静かな寝室に、水気を帯びた艶かしいキスの音だけが、絶え間なく響き続ける。

「んんっ……はぁっ……マツバ、さん……んっ」

「ん……イヨリちゃん、口、開けて。舌……出しておいで……」

 促されるままに口を少し開くと、彼の手慣れた舌が滑り込んでくる。

 イヨリの舌を絡めとり、上顎を撫で、歯列をなぞる。唾液が混ざり合い、甘い、蜜のような味が口内を満たしていく。息が苦しくなればほんの少しだけ唇を離し、再びすぐに貪るように食いついてくる。

 どこまでも深く、蕩けるような長い長いキス。

 それと同時に、マツバの大きな両手が、イヨリの身体をこれ以上ないほど慈しむように撫で回していた。

 先程、無惨に引き裂かれたワンピースを剥ぎ取られた肌は、まだ少し冷えを感じていたが、彼の体温——平熱が高い彼の、火傷しそうなほど熱い手のひらが触れる場所から、じわじわと体温が上がっていく。

「はぁっ、ごめんね……君の綺麗な肌に、こんなに痛そうな跡を残しちゃって……」

 唇を離したマツバは、イヨリの首筋に顔を埋めた。

 先程自分が力任せに吸い上げ、赤黒く内出血させてしまったキスマーク。彼はその一つ一つに、治癒の魔法でもかけるかのように、そっと、何度も、羽よりも軽いキスを落としていく。

 ちゅっ、ちゅっ、と吸い付くのではなく、ただ唇を押し当てるだけの優しい触れ方。

「ん……くすぐったい、です……マツバさ、ん……」

「だめだよ。君の身体に残ったこの赤い印は、僕が君をめちゃくちゃにしてしまった証拠だ……。だから、全部僕の唇で上書きして、優しい記憶に変えさせてほしい」

 鎖骨のくぼみ、胸の谷間、そして形の良い双丘の頂——先程、彼が形が変わるほどに鷲掴みにし、指先で乱暴に抓り上げた柔らかな胸。

 マツバはそこに顔を埋めると、赤く腫れ上がった乳首を、舌先でペロリと優しく舐め上げた。

「ひゃっ! んんっ……あぁっ……!」

「……痛いかい?」

「痛く……ないです……。ただ、さっきの余韻が……過敏に、なってて……んぁっ、んんっ♡」

 マツバの口内はとても熱く、そして舌の動きはとろけるように滑らかだった。

 乱暴に扱われたことで極限まで感度が高まっていた乳首を、今度は丁寧に、赤ん坊が母乳を求めるようにチュゥッと吸い上げる。唾液で濡らし、舌の裏で転がし、軽く甘噛みする。

「んんんっ! はぁっ……あ、そこっ……だめっ、マツバさん、上手すぎますっ……!」

 イヨリの身体がビクン、ビクンと背骨から跳ねる。

 先程の『恐怖と痛みによる強制的な快感』とは違う。今は、ただただ『愛されているという圧倒的な幸福感による快楽』が、イヨリの脳髄を真っ白に染め上げようとしていた。

「イヨリちゃん……ここも、すごくいい匂いがする……。君の身体からは、いつも甘くて、清楚で、どうしようもなく僕を狂わせる花の匂いがするよ……」

 胸を吸い上げながら、マツバの手はゆっくりと下腹部へと滑り降りていく。

 柔らかな下腹の肉を撫で、すでに彼自身のぶつが根元まで埋まっている秘所の入り口——クリトリスへと、彼の長い指先が到達した。

「あっ!? ひっ……そこ、は、だめっ……!!」

「だめじゃないよ。ほら、まだここ、熱を持ってぷっくり腫れてるじゃないか。……さっきの僕が、乱暴に擦りすぎたせいだね。ごめんね……でも、すごく可愛いよ」

 すでに挿入したままであるため、物理的な隙間はほとんどない。しかしマツバは、繋がったままの接合部を指の腹でゆっくりと撫で、溢れ出している蜜と自分の精液を絡め取りながら、イヨリの急所を優しく、円を描くように刺激し始めた。

「んぎゃっ……! あぁっ、んんんっ!! ダメっ、そこはダメっ、マツバさんっ!」

「どうして? こんなに濡らして、僕の指を誘ってるのに?」

「だっ、だって……さっき何度も……イッたばかりで——ひぐっ!! んああぁぁっ!!」

 イヨリの訴えなど意に介さず、マツバの慈愛に満ちた指先は、的確に彼女の快感中枢を嬲り続ける。

 彼の言う通り、一度目(いや、正確には先程立て続けに何度も絶頂させられたため、すでに何回目か分からないが)の絶頂の余韻がまだ色濃く残っている。身体のすべての神経が剥き出しになっているような過敏な状態だ。

 そこに、少しの逃げ場もなく、執拗に、優しく、甘い愛撫が加えられる。

「んっ、は、ひぃっ……んあああんっ!! イくっ! イッちゃいますっ、マツバさんっ、もうイクッ!!」

「いいよ、イッて。……僕の指で、何度でも、何回でも絶頂(イ)っておいで」

 マツバが指の動きを少し早め、同時に胸の頂を強く吸い上げた瞬間。

 イヨリは「アァッ!!」と短い悲鳴を上げ、シーツを力強く握り締めながら、再び激しい絶頂の波に飲み込まれた。

 内壁がきゅうっ、きゅうっと激しく痙攣し、彼の上に跨がれたままである巨大な張り型を、千切らんとばかりに締め付ける。

「ぐっ……あっ!! イヨリちゃん……ダメだ、君の、中……っ」

 その信じられないほどの凶悪な名器の締め付けに、マツバの理性もついに弾け飛んだ。

 これまで挿入したままじっと耐えていた彼の腰が、ついにゆっくりと、しかし確かな力強さを持って動き始めた。

「んあっ! ……ああっ……動い、てるっ……マツバさんの、大きいのが……っ」

「ごめん、イヨリちゃん……僕も、もう……っ限界だ……。動くよ……」

 ズチュッ……ズチュゥッ……!

 粘着質な、卑猥極まりない水音が寝室に響き渡る。

 先程までのバンッバンッという暴力的な衝き上げとはまるで違う。一番奥の子宮口から、ゆっくりと、内壁の襞の一つ一つを丁寧に押し広げ、アイロンをかけるように引き伸ばしながら抜いていき、そして再び、とろとろの蜜を巻き込みながら一番奥底深くまで沈み込む。

「あァァんっ……! はぁっ、んんっ……! すごい……っ、一番奥まで、届いてるぅっ……♡」

「君の中、すごく温かい……。僕に犯されて、ドロドロに溶けて……僕のこと、全部受け入れてくれてる……っ」

 マツバはイヨリと両手の指を絡ませ、所謂「恋人繋ぎ」の形で彼女の両腕を再び頭上に押し広げた。しかし、先程とは違い痛い拘束ではない。ただ、彼女と少しでも深く、広く繋がり合うための、愛情の形。

「マツバさんっ、好きっ……大好きですっ……! んあっ、そこ、いいっ……すごく、いいっ♡」

「僕も好きだよ……愛してる。誰よりも、愛してるんだ……。イヨリちゃんの世界には、僕しかいらないでしょう? 他の男なんて、見なくていい。僕だけを見て、僕のものだけを咥えてて……ッ」

 ズプゥッ! グチュッ!

 言葉の端々に、やはり彼の重すぎる執着が顔を覗かせる。

 しかし、今のイヨリにとって、その重さすらも最高の媚薬だった。彼が自分を狂おしいほど欲しがり、精神的にも肉体的にも完全に支配しようとしている。その重厚な愛の重みに潰されることが、何よりも心地よいのだ。

「はい……っ、はいっ! 私、マツバさんだけのものです……っ! んああっ……! マツバさん以外の男の人なんて、どうでもいいの……っ! マツバさんの、大きくて、熱いこれ以外……何も要らないからぁっ!」

 みっともないほど乱れた泣き顔で、恥じらいなどすべて捨て去り、イヨリは愛を叫びながら腰を跳ねさせた。

 自分の方から彼を受け入れようと、左足のデバイスを無意識に軋ませながら、腰を浮かせ、彼の突き上げに合わせてぐっと自身を押し付ける。

 迎えに来る彼女の肉壷の貪欲な動きに、マツバの顔が快感に歪む。

「ああっ……! イヨリちゃん、ダメだ、そんなに……っそんなにきつく締め付けられたら……っ!」

 ゆっくりと丁寧だったストロークが、互いの体温と快感のボルテージが上がるにつれて、徐々に激しさを増していく。

「もっと、奥深くまで……! 君の子宮の入り口、全部僕で開じ開けて……僕の中に沈めてあげる……ッ!」

 パチンッ! パチンッ!

 ついに、肉と肉がぶつかり合う音が再び部屋に鳴り響き始めた。

 しかしそれは暴力の音ではなく、ただひたすらに互いを求め合い、少しの隙間もなく溶け合おうとする純愛の音だった。

「んあああぁぁぁんっ!! マツバさんっ! マツバさぁぁんっ!! イクッ、またイっちゃうっ!! 奥、突かれすぎて、おかしくなっちゃうぅっ!!」

「おかしくなっていいよっ! 僕のこと以外、何も考えられないくらい……僕だけを感じて、僕だけでイッて……ッ!!」

 視界が白く点滅し、呼吸すら忘れるほどの圧倒的な快楽。

 マツバの巨大なペニスが、イヨリの子宮口を執拗に攻め立てる。そこは本来なら痛みを感じるはずの場所だが、彼の愛情と彼女の受け入れ態勢が完全に出来上がっている今、そこを抉られるたびに、脳味噌が溶け出すような強烈な絶頂がイヨリを支配するのだ。

「アッ、ンアッ、ヒィッ……!! マツバさ、だめぇっ……! 壊れちゃうっ、私、こわれ……ッ!!」

「壊さないよ! 僕がちゃんと、壊れないように抱きしめてるから……ッ。だから一緒に……一緒にイクよ、イヨリちゃんッ!!」

「ンンンンンッ————!!!!!」

 イヨリの身体が、弓なりに反り返り、今日何度目か分からない限界を超えた絶頂を迎えた。

 それと同時に、マツバの腰が最も深く、子宮の最奥まで叩き込まれ——。

 ドクンッ! ドクンッ! と、火傷しそうなほど熱く、粘度の高い大量の精液が、イヨリの胎内に激しくぶちまけられた。

 膣壁がブルブルと歓喜に震え、彼のソレを逃さないようにきつく締め付け、注がれる精液の最後の一滴まで残さず飲み込もうとする。

「あァァッ……! はぁっ……はぁっ……」

「ん、あぁぅ……ひぐっ……はぁっ……」

 どれほどの時間が経っただろうか。

 障子越しに差す月の光が、わずかに白んできている。

 夜明けが、近い。

 マツバはイヨリの上に覆い被さったまま、彼女の汗ばんだ額に、首筋に、そして赤く腫れた唇に、何度も感謝と愛情のキスを落としていた。

 イヨリは完全に脱力し、彼の腕の中にすっぽりと収まりながら、ただ心地よい疲労感と絶対的な安心感に包まれていた。

「……ごめんね、イヨリちゃん。結局、二回目も激しくしちゃった」

 マツバは申し訳なさそうに眉を下げながら、彼女の髪を指で梳いた。

 しかしイヨリは、フルフルと首を横に振る。

「ううん……。すごく、優しかったです。気持ちよくて……私、溶けちゃいそうでした」

「もう溶けてるよ。ほら……」

 マツバがゆっくりと、名残惜しそうに自身を抜き取ると、イヨリの入り口から、二回分(正確にはその前からの蓄積もあるが)の大量の白濁液が、ぽこん、と音を立ててシーツに零れ落ちた。

 完全にマツバの形で押し広げられた蜜壺は、彼が抜けた後もぽっかりと口を開けたままで、だらだらと彼の愛の証を垂れ流し続けている。

 なんて、みだらで、幸せな光景だろうか。

「ひゃっ……見ないでください、恥ずかしい……」

 イヨリは顔を真っ赤にして、両手で顔を覆った。しかしマツバは、その手を優しくどけると、彼女の額にちゅっとキスをした。

「恥ずかしがることなんてないよ。君が僕でいっぱいに満たされている証拠なんだから……。むしろ、誰にも見せたくない、僕だけの最高の宝物だよ」

 マツバはそう言って、イヨリの身体をふわりと抱き上げた。

 疲労困憊で指一本動かせない彼女を、大切に、大切に腕の中に包み込む。

「お風呂、行こうか。……身体、綺麗にしてあげる」

「はい……。ありがとうございます、マツバさん」

 マツバの腕の中は、信じられないほど温かかった。

 あんなにも恐ろしい怒りと独占欲を見せた男と同一人物とは思えないほどの、甘く、柔らかな体温。

 イヨリは彼の広い胸に頬をすり寄せながら、ふと、彼がずっと纏っているハーブの香りが、いつもより少し濃く感じられることに気づいた。

 それはきっと、彼自身が彼女への愛で燻され、熟成されているからだろう。

 浴室での後処理も、マツバは信じられないほど過保護で丁寧だった。

 大きめのバスタブにお湯を張り、イヨリを優しく座らせると、彼の大きな手で彼女の髪を洗い、身体の隅々まで丁寧にスポンジで洗ってくれた。

 手首の赤い痕や、首筋のキスマークには「痛い? しみない?」と何度も聞きながら、そっと泡を滑らせる。

 そして、白濁液で汚れた彼女の秘密の場所も、彼自身の指を差し込んで、傷つけないようにゆっくりと、丁寧に中まで洗い流してくれた。

「ん……マツバさん、そこ……くすぐったいです」

「我慢してね。綺麗にしておかないと、後でお腹が痛くなっちゃうから」

 まるで幼い子供を世話するように、甲斐甲斐しく彼女を扱うスパダリの顔。

 イヨリはポカポカとお湯に浸かりながら、この男の底知れない愛の深さと、同時に抱える闇の深さに、改めて思いを馳せていた。

 マツバの執着は、異常だ。

 他の男に肩を触れられただけで、あんなにも理性を失い、暴力的なまでに自分を支配しようとする。

 普通なら、逃げ出すレベルの依存と束縛。

 でも、とイヨリは思う。

 私には、この人のこの重すぎる愛が必要なのだ。

 かつてすべてを失い、「自分など誰からも必要とされていないのでは」という根源的な恐怖を抱えた硝子の心臓。それを、彼だけが、これほどまでに圧倒的で、暴力的で、逃げ場のない愛で満たしてくれる。

 彼は私の牢獄であり、私は彼の枷。

 私たちは、こうして永遠にお互いを縛り合い、傷つけ合い、そして狂おしいほどに癒やし合って生きていくのだ。

「……マツバさん」

「ん? どうしたの、イヨリちゃん」

 イヨリはお湯の中から手を伸ばし、バスタブの縁に座る彼の頬を両手で包み込んだ。

「愛してます。私、マツバさんの奥さんになれて……本当によかったです」

 マツバの瞳が、ふわりと細められた。

 いつもの、エンジュの街の人々が知る、優しくて穏やかな「マツバさん」の顔。しかしその奥底には、決して誰にも触れさせない、イヨリだけが知る深い漆黒の愛が沈んでいる。

「僕もだよ、イヨリちゃん。……僕の世界には、君だけがいればいい。君さえいれば、僕は他の何もいらないよ」

 マツバは彼女の濡れた唇に、誓いを立てるように、再び深々とキスをした。

 二人が浴室から寝室へ戻ってきた頃には、完全に夜が明け、障子越しに眩しい朝の光が差し込んでいた。

 真新しいシーツに交換された布団に二人で潜り込む。

 マツバはイヨリの背中に回り、彼女の小さな身体を自分のがっしりとした胸に背後から密着させた。俗に言う、スプーンの形。

 彼の長い腕がイヨリのお腹に回り、ギュッと独占を主張するように抱きしめる。

「温かいね……」

「はい。マツバさんの匂いがして……すごく、安心します」

 イヨリは彼の腕に自分の腕を重ね、目を閉じた。

 昨夜の恐怖や痛みはもう遠い過去のように、今はただ彼の体温と愛情だけが心地よい。

「……今日はお休みだよね? お昼まで、ゆっくり寝よう。何も気にしないで、僕の腕の中でずっと眠ってていいからね」

「ふふっ……。じゃあ、お言葉に甘えて……おやすみなさい、マツバさん」

「おやすみ、僕の可愛いイヨリちゃん」

 ちゅっ、と耳元に落とされる優しいキスを最後に、イヨリの意識は深い眠りの底へと落ちていった。

 それは、どんな悪夢も入り込めない、強固な愛執の檻に守られた、絶対的に安全な夢の世界だった。

 無理やりの暴力から始まった、痛ましくも狂おしい一夜。

 しかしその結末は、どこまでも甘く、熱く、その互いの魂の形をごまかしきれないほどに密着させる、完全なる共依存の証明の儀式となった。

 エンジュの朝靄が晴れ、古都の街並みが朝陽に照らされ始める。

 誰も知らない、二人だけの秘密の檻の中で。

 囚われの白百合は、愛という名の重たい枷を自ら首に掛け、彼という唯一の太陽に、今日もしっとりと、美しく咲き誇るのだった。

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