秘密の花園、蜜月の夜に
マツバには、誰にも言えない嗜好がある。
それは世間一般の男性が抱く類の欲望とは少しだけ位相がずれていて、もし言語化するなら「妻の身体を隅々まで味わい尽くすことが、この世で最も崇高な行為である」という、ほとんど信仰に近い確信だった。
秋の夜。エンジュの古い屋敷に虫の声だけが響く宵。
往診から戻ったイヨリが玄関で白衣を脱ぎ、「ただいま」と小さく微笑んだ瞬間から、マツバの中の時限装置は起動していた。彼女の細い首筋に浮かぶ薄い汗。ブラウスの第二ボタンの隙間から覗く鎖骨の影。そして左手首で淡く明滅する腕輪型のデバイス「アステア・システム」——それが補助する、一、二年前の事故で負った左足の微かな不自由。その全てが、マツバの瞳孔をゆっくりと開かさせていく。
「おかえり、イヨリちゃん。今日も遅くまでお疲れ様」
穏やかな声。いつもの優しい笑顔。だが、イヨリにはもう分かっていた。この男がそういう目をして見つめてくる夜は、決まって長い夜になるのだと。
「マツバさん……今日は、その……目が」
「目?」
「……こわいです」
「怖い? 僕が?」
マツバは首を傾げて見せた。その仕草は、ゴーストタイプの専門家らしからぬ無邪気さを纏っていたが、紫の瞳の奥で揺れる光は、獲物を見定めた肉食動物のそれに他ならなかった。
「怖くないよ。だって、僕はイヨリちゃんを大事にしたいだけなんだから」
「大事にする」の定義が、この男の辞書では常軌を逸していることを、イヨリは結婚三年目にしてようやく理解し始めていた。
風呂上がり。
イヨリが脱衣所の鏡の前で髪を拭いていると、背後から大きな手が伸びてきて、彼女のまだ湿った黒髪を受け取った。
「僕がやるよ」
「えっ、いいです、自分で」
「いいから。座って」
有無を言わさず椅子に座らされ、マツバの長い指が彼女の髪をタオルで丁寧に叩くように拭き始める。力加減が完璧だ。強すぎず、弱すぎず、頭皮を傷めないように、しかし確実に水分を吸い上げていく。
「マツバさん、いつも思うんですけど……髪を乾かすの、上手すぎませんか」
「君の身体のことなら、何でも上手くなりたいからね」
さらりと言う。その声の響きに、イヨリの背筋がぞくりと震えた。「何でも」の射程距離が、この男の場合はあまりにも広い。
タオルが降ろされ、代わりにドライヤーの温かい風が髪を撫でた。マツバの指が、梳かすように黒い絹を掬い上げる。乾いていく髪から立ち上る、カモミールシャンプーの甘い香り。マツバはその香気を、深く、ゆっくりと吸い込んだ。
イヨリ、の匂い。
この世界でこの香りを纏っていいのは、彼女だけだ。この香りを知っていていいのは、僕だけだ。シャンプーの銘柄も、すすいだ後に残る地肌の温かい匂いも、耳の後ろの産毛に絡まるわずかな石鹸の残り香も。全て、僕だけの情報。僕だけの宝物。
「……はい、乾いたよ」
ドライヤーを止めたマツバは、イヨリの後頭部にそっと唇を落とした。彼女がビクリと肩を揺らす。
「マツバさ……」
「寝室、行こうか」
イヨリは、深呼吸した。覚悟をするように。
「……はい」
寝室の障子を閉めた瞬間、マツバは別の生き物になる。
正確に言えば、「別の生き物になる」のではなく、普段は和紙一枚で覆い隠している本性が、するりと表に出てくるのだ。穏やかな微笑みはそのまま。声の柔らかさもそのまま。だが、その奥に流れる感情の濃度が、水から蜂蜜に入れ替わる。
布団の上に正座したイヨリの前に、マツバは跪いた。彼女の顔を両手で包み、額に唇を落とす。傷跡の上に。いつもそうするように。この口づけが、二人の夜の儀式の始まりだった。
「今夜も、ゆっくり味わわせてね」
「ゆ、ゆっくり……って、マツバさんのゆっくりは、いつも長すぎます……」
「長い? そうかな。僕はいつも足りないって思ってるけど」
「じゅ、十分すぎます……っ」
イヨリの抗議を、マツバは唇で塞いだ。浅い口づけ。花びらに触れるように、唇の表面だけを撫でる。イヨリの呼吸が少し乱れるのを確認してから、舌先でそっと下唇をなぞった。彼女が小さく「んっ」と声を漏らす。その吐息を吸い込みながら、マツバの指はイヨリの寝巻きの襟元に伸びた。
浴衣の帯を解く。一枚ずつ、ゆっくりと。急がない。急がないことが、マツバにとっては何よりの贅沢なのだ。
浴衣が肩から滑り落ちると、風呂上がりの火照った素肌が現れた。白い。冬に降り積もったばかりの新雪のように白い。しかし、その白さの中に薄く透ける血管の青と、乳首の周囲を縁取る淡い桃色が、この肌が磁器ではなく「生きている女の体」であることを主張している。
マツバは息を呑んだ。何度見ても、何百回見ても、イヨリの裸は彼の呼吸を盗む。
「綺麗だ」
「……見ないでください」
「見るよ。見ないなんて無理だよ。この身体を見ていいのは僕だけなんだから、僕が見なかったら誰が見るの」
理屈としては破綻しているが、イヨリにはこの男の論法を崩す術がなかった。マツバの独占欲は、理論では太刀打ちできない。感情という名のダンプカーで正面から突っ込んでくるのだ。
マツバの唇が、耳朶に触れた。
「んっ……!」
イヨリの身体が、電流を流されたように跳ねた。マツバは知っていた。彼女の耳が、恐ろしく敏感であることを。特に右耳の裏側。あの小さな窪みに息を吹きかけるだけで、イヨリの腰から力が抜ける。
「ひぁっ……マツバさ、耳は……っ」
「知ってるよ。ここが好きでしょう?」
好き、というか、弱い。弱すぎる。耳を食まれると、イヨリの身体は急速に熱を帯び、抵抗する気力を根こそぎ奪われる。マツバはそれを知っていて、毎回必ずここから始める。
舌先が耳朶の縁をなぞり、軟骨の凹凸を辿る。前歯で軽く挟んで引くと、イヨリの喉から甘い声が漏れた。マツバの右手がイヨリの背中に回り、左手が彼女のうなじの髪をそっと掻き上げて、耳の付け根に深く唇を押し当てた。
「あ、あぁ……っ♡」
イヨリの指がマツバの和服の胸元を掴んだ。すがりつくように。でも、押し返す力はない。マツバの腕の中で、彼女は早くも蕩け始めていた。
首筋へ。
マツバの唇が、イヨリの耳から首の横を伝い、鎖骨まで降りていった。その道筋には、唾液の細い糸が光の帯のように残る。マツバはその糸を指先で拾い、自分の唇に運んだ。
「……イヨリちゃんの味がする」
「そ、そういうこと言わないでくださいっ……」
イヨリが顔を真っ赤にして俯くが、マツバは構わず鎖骨の窪みに舌を這わせた。汗ではない。風呂上がりの、清潔な肌の味。微かな塩味と、その奥にある甘さ。マツバの舌だけが知っている、イヨリの肌の最深層の風味。
「ここにね、汗が溜まるでしょう? イヨリちゃんが診察で忙しかった日は、ここがちょっとだけ塩辛くなるんだよ」
「っ……! そんな細かいこと、覚えないでくださいっ……」
「覚えるよ。全部覚える。イヨリちゃんの身体の全ての変化を、僕は一つも見逃したくないから」
この男は、イヨリの身体を地図のように記憶しているのだ。どこを触れば声が出るか。どこを舐めれば腰が揺れるか。どの角度で歯を立てれば、悲鳴と嬌声の境界線上の、あの甘い音が出るか。三年間の夜を通じて蓄積された膨大なデータが、マツバの指と舌と唇に刻み込まれている。
乳房に、到達した。
イヨリの胸は、その華奢すぎる身体には不釣り合いなほど、豊潤で瑞々しい。F65という重厚な質量を、マツバの大きな掌が受け止める。 かつて、彼女はこの「目立ちすぎる胸」がコンプレックスだった。白衣を着ていても隠しきれないその膨らみに、心ない異性の視線が突き刺さるたび、彼女は背中を丸め、自分を醜いとさえ思っていた。 だが、マツバだけは違った。出会った頃、彼は彼女の胸を一度もじろじろと眺めることはせず、ただ真っ直ぐに彼女の瞳と、その志だけを見つめてくれた。その誠実さに、イヨリは震えるほど救われたのだ。
今では、そのコンプレックスも遠い過去のものだ。この男が毎晩、このわがままなほどに柔らかい果実を「世界で最も美しい」と言わんばかりに熱心に。狂おしいほどの情熱で愛してくれるから。
右手で左の乳房を包む。親指の腹で、乳首の周囲を円を描くようになぞった。触れない。まだ、触れない。彼女の体温で熱を帯びた乳輪の縁を、焦らすように、何度も何度も撫で回す。
「マツバさん……っ、もう……」
「もう、何?」
「い、意地悪……」
「意地悪じゃないよ。これは準備運動」
嘘だ。マツバは焦らしているのだ。イヨリの乳首が、触れられるのを待ちきれずに自ら硬く立ち上がってくるのを、この男は待っている。彼女の身体が「もっと」と懇願する瞬間を、蜘蛛のような忍耐で見守っている。
やがて、小さな桃色の突起が、ぷくりと持ち上がった。
マツバの親指が、ようやくその頂を撫でた。
「ひぁぁっ♡♡」
イヨリの背中が弓なりに反った。たった一撫ででこの反応。風呂上がりの火照った肌は、平常時よりもさらに敏感になっており、乳首への刺激はそのまま下腹部に直結する電気信号となって、イヨリの全身を駆け巡った。
マツバはその反応を見て、唇の端を僅かに持ち上げた。満足げに。そして、彼の顔が乳房の谷間まで降りていく。
右の乳首を、唇で包んだ。
吸った。
赤子が母乳を求めるように、しかし赤子とは決定的に異なる意図を込めて。舌先で転がし、歯で軽く挟み、唇全体で吸い上げる。同時に、左手の指が反対側の乳首を抓む。力加減は、痛みの一歩手前。快楽が支配する、その絶妙な境界線。
「あ、あっ、あぁっ♡♡ マツバさぁ……ん♡」
イヨリの指がマツバの金髪を掴んだ。引き剥がそうとしているのか、もっと押し付けようとしているのか、本人にすら分からない。マツバは構わず交互に乳首を吸い、舐め、噛み、転がし、イヨリの胸が唾液でてらてらと光るまで延々と愛撫を続けた。
十分。二十分。時計を見ていないから正確には分からないが、イヨリの体感では永遠に近い時間、マツバは彼女のFカップの質量を、その重みと弾力の一切を逃すまいと、ねっとりと時間をかけて味わい続けていた。
「も、もう……胸だけで、おかしくなっちゃいます……っ」
「おかしくなっていいよ。何回おかしくなってもいいよ。全部、僕が受け止めるから」
耳元で囁かれた低い声に、イヨリは小さく絶頂した。胸への愛撫だけで達してしまう自分の身体に、医師としての理性が「ありえない」と叫んでいるが、マツバの前ではそんな理性は紙切れ同然だった。
マツバの唇が、さらに下へ降りていく。
肋骨の浮いた胴体を舌で辿り、臍の周りに口づけを落とし、下腹部の柔らかい丘陵を唇で撫でる。彼の目的地を、イヨリは知っていた。
「ま、待って、マツバさん……」
「待たないよ」
「で、でも、恥ずかしい……」
「三年間、毎晩恥ずかしがってくれるイヨリちゃんが、僕は世界で一番好きだよ」
イヨリの太腿を、マツバの両手が静かに開かせた。彼女が抵抗するように膝を閉じようとするが、マツバの指が膝の裏を撫でると、その力はあっけなく溶ける。ここもまた、イヨリの弱点の一つ。膝裏を撫でると、足が勝手に開いてしまうことを、この男は初めての夜から知っていた。
そして、マツバの視線の先に——彼が「秘密の花園」と呼ぶ場所が、露わになった。
薄い陰毛に守られた、薄桃色の花弁。すでに蜜を帯びて、蝋燭の光を反射してきらきらと輝いている。胸への愛撫だけでこれほど濡れているという事実が、マツバの征服欲を甘く満たした。
「……綺麗だ」
「見ないでっ……お願い……」
イヨリは両手で顔を覆った。彼女の耳まで赤い。だが、マツバはその懇願を聞き入れる男ではなかった。
「ここは、僕だけのものだよ」
低い、低い声。所有の宣言。愛の独白。イヨリの最も秘められた場所を見つめながら、マツバは静かに、しかし絶対的な確信を込めて告げた。
「他の誰にも見せない。誰にも触らせない。この花は、僕だけが咲かせて、僕だけが蜜を吸う。それが、僕たちの約束だ」
「マツバさん……っ」
「いただきます」
マツバは、顔を埋めた。
花園の中心に、唇と舌を沈めた。
「ひぃぃっ♡♡♡」
イヨリの身体が、ばねのように跳ね上がった。マツバの両手が太腿を押さえ、逃げられないようにしっかりと固定する。そして、ゆっくりと、彼は「味わう」を始めた。
まず、外側から。大陰唇の柔らかな襞を唇で挟み、ゆっくりと引く。左、右、交互に。花弁を一枚ずつ愛でるように。急がない。絶対に急がない。ここは彼の庭なのだ。彼が種を蒔き、水をやり、愛情を注いで育てた花園。その果実を味わうのに、急ぐ理由などどこにもない。
「あ、あ……っ♡♡ マツバさ、そこ……っ」
外陰部への刺激だけで、イヨリの声はすでに甘く蕩けている。マツバは耳を澄ませ、彼女の声のピッチの変化を聴き分けながら、舌先を小陰唇の合わせ目に沿わせた。上から下へ。温かい粘膜が、彼の舌に吸い付く。甘い。ほのかな酸味を伴う、イヨリだけの味。
この味を、マツバは世界中の美食よりも愛している。
ミシュランの三つ星も、百年物のワインも、この味の前では霞む。なぜなら、この味は「生きているイヨリ」の証だから。彼女の体温、彼女の健康状態、彼女の感情——その全てが、この蜜の中に溶けている。今日一日を頑張って生きたイヨリの努力が、この花園の潤いとなって、マツバの舌の上で報われる。
舌が、さらに奥へ。膣口に先端を差し入れ、内壁の入口を舐め上げた。
「あぁぁっ♡♡♡ だ、だめぇ……っ、中は……っ♡」
「だめじゃないよ。ここも僕のものだから」
マツバの舌が、膣の中をゆっくりと探った。柔らかい壁面を舌先で押すと、イヨリの腰が浮き上がる。彼女の内壁は異常なほど敏感で、舌が触れるだけで蜜がとろりと溢れ出し、マツバの唇を濡らした。その蜜を、彼は一滴も零さずに飲み込む。
そして、クリトリスへ。
マツバは花園の最も敏感な蕾を、まだ直接は刺激していなかった。包皮の上から、息を吹きかける。温かい呼気が、ぷっくりと充血した突起を撫でると、イヨリの太腿が痙攣した。
「マツバさん……お願い、もう……」
「もう、何? ちゃんと言って、イヨリちゃん」
「……触って、ください……」
「どこを?」
「っ……! いじわる……っ」
イヨリは涙目で唇を噛んだ。恥ずかしさと、快楽への渇望と、夫への愛情が混ざり合った、何とも言えない表情。マツバはその顔を見下ろしながら、心の中で「世界一かわいい」と独りごちた。三億年分の可愛さが、今この瞬間のイヨリに凝縮されている。
「……そこを。一番、敏感なところを……お願い……します♡」
その言葉を待っていた。
マツバの舌先が、包皮を押し上げ、クリトリスの頂点に触れた。
「ひぃぃぃぃっ♡♡♡♡」
イヨリの全身が痙攣した。まるで稲妻に打たれたように両手が布団を握りしめ、足の指が丸まり、声にならない悲鳴が喉から迸った。マツバは容赦なく、その蕾を舌で転がし始めた。上下に、左右に、円を描くように。時折、唇全体で蕾ごと吸い上げ、舌と唇の間で鋭い刺激を与える。
「だめだめだめっ♡♡ イっちゃう、イっちゃいます♡♡♡」
「いいよ。イって。何回でも」
マツバの声が、イヨリの最も柔らかい粘膜に直接響いた。声の振動が、クリトリスへの刺激をさらに増幅させる。
イヨリは、弾けた。
「あぁっ♡♡♡♡♡」
一回目の絶頂。全身を硬直させ、マツバの金髪を掴む指が白くなるほど力が入った。子宮のある場所が脈打つようにきゅうきゅうと収縮し、それに応じて新たな蜜がとろりと溢れ出す。マツバはその蜜を、舌で丁寧に掬い上げた。
しかし、彼は止まらなかった。
「ま、待って、今イったば……あぁっ♡♡♡」
余韻のまだ消えていない花弁に、再び舌が這う。過敏になった粘膜への刺激は、もはや快楽を通り越して脳を溶かすほどの衝撃となり、イヨリは意味のある言葉を紡ぐことができなくなった。
マツバのクンニは、いつもこうだ。一度では終わらない。二度でも終わらない。彼女が「もうだめ」と泣くまで、マツバはイヨリの花園を味わい続ける。それは性行為というよりも、一種の礼拝に似ていた。祭壇の上のイヨリという女神に、舌と唇で捧げる、終わりなき祈り。
二回目の絶頂が来た。
今度は全身が小刻みに震え、涙が目尻から零れて枕を濡らした。マツバは丁寧に涙を拭い、額に口づけを落としてから、また花園に戻った。
「マツバさぁん……もう、おかしくなっちゃう……っ♡」
「おかしくなるイヨリちゃんが見たいんだよ。僕だけが見られる、世界一可愛い顔。トロトロに溶けた君の顔を、僕は何よりも愛しているんだ」
三回目。イヨリはもう声すら出なかった。喉が嗄れている。スカートを穿いていた時の凛としたポケモンドクターの面影はどこにもない。マツバの舌一つで、彼女は別の生き物になる。蕩けた蜂蜜のように全身の力が抜け、ただマツバの名前だけを譫言のように繰り返すだけの、ふわふわの女。
マツバは、自分の作品を見下ろした。トロトロに蕩けた、自分だけのイヨリ。この状態の彼女を見られるのは、世界でマツバ一人だけ。この事実が、彼の胸を悦びで溢れさせる。
ようやく、マツバはイヨリの太腿から顔を上げた。唇と顎がてらてらと光っている。イヨリの蜜で、彼の下半分の顔は濡れていた。それを拭おうともせず、マツバはイヨリの唇に口づけた。
自分の味を、マツバの唇を通じて知るイヨリ。彼女は羞恥に身悶えしながらも、それを拒むことはしなかった。なぜなら、マツバの口づけの中には、いつも「僕は君の全てを愛している」という無言の宣誓が溶けているから。
「……気持ちよかった?」
「きもち、よすぎて……もう、腰が、立てません……♡」
「ふふ。じゃあ、横になったままでいいよ」
マツバが自分の帯を解こうとした時、トロトロに蕩けていたはずのイヨリの手が、ふるふると伸びてきた。
「ま、待って……ください」
「ん?」
「わ、私も……マツバさんに……」
イヨリの目が、潤んだまま、マツバの下半身に向けられた。そこにはすでに、長い前戯の間にパンパンに張り詰めた欲望が、袴の布地を押し上げるように主張している。
マツバは、一瞬目を見開いた。そして、困ったように微笑んだ。
「イヨリちゃん。気持ちは嬉しいけど、僕は」
「いつも……私ばかり、気持ちよくしてもらって……。私も、マツバさんを気持ちよくしたいんです」
イヨリの一言は、マツバの心臓を直撃した。
こうなのだ。イヨリは、いつもこうなのだ。自分がトロトロに溶かされた後でさえ、マツバのことを想ってくれる。与えられるだけではなく、与えたいと願ってくれる。その純粋な愛情が、マツバの独占欲を狂おしく刺激する。こんな優しい女が、この世に存在していいのか。存在するなら、それは僕だけのものでなければならない。
「……分かった。じゃあ、少しだけ」
マツバが袴を下ろすと、限界まで張り詰めた欲望がイヨリの目の前に現れた。イヨリは一瞬怯んだように目を逸らしたが、すぐに覚悟を決めたように両手で包み込んだ。
「熱い……」
「イヨリちゃんの身体を味わっている間、ずっと我慢してたからね。……僕の中は、全部イヨリちゃんでいっぱいだよ」
イヨリは、おずおずと唇を近づけた。先端に、舌先が触れる。
「っ……!」
マツバの全身に、電撃が走った。イヨリの小さな舌が、ぎこちなく先端を舐める。唾液の温かさと、彼女の呼吸の熱さが、マツバの理性を急速に削っていく。
イヨリが、唇で包んだ。
小さな口が精一杯開いて、マツバの先端を含む。頬の内側の柔らかい粘膜が密着し、舌が不器用に絡みつく。上目遣いの潤んだ瞳が、マツバを見上げていた。
「イヨリ……っ」
その瞬間、マツバの中で何かが弾けた。
だめだ。もう無理だ。彼女の口の中に居続けたら、このまま果ててしまう。それは駄目だ。マツバが欲しいのは、イヨリの口ではない。イヨリの一番奥の、一番熱い場所。そこに繋がって、彼女と溶け合うこと。それだけが、マツバの求める唯一の到達点。
「……ごめん、イヨリちゃん。もう、我慢できない」
マツバはイヨリの肩をそっと押し、彼女を布団に横たえた。口から解放された彼の欲望は、もはや鉄のように硬く、先端から透明な雫が溢れている。
「挿れて、いい?」
「……はい♡」
イヨリが両腕を広げた。受け入れる姿勢。花が太陽に向かって花弁を開くように、彼女はマツバの全てを迎え入れようとしていた。
マツバはイヨリの太腿を抱え上げ、準備万端に潤んだ花園に先端を宛がった。長い長い前戯で蕩かし尽くされたイヨリの秘所は、蜜壺のように温かく、ぬるりと彼を引き込んだ。
繋がった。
「ぁ……ぁああっ♡♡♡」
イヨリの身体が弓なりに反った。とろとろに蕩けた内壁が、マツバの形に合わせてびたりと密着し、一ミリの隙間もなく包み込む。三回の絶頂で限界まで敏感になった膣壁が、マツバの挿入をまるで歓迎の抱擁のように締め付けた。
マツバは、声を失った。
いつもこうだ。どれだけ前戯を重ねても、この瞬間の衝撃だけは慣れることがない。イヨリの中は、世界で最も熱く、最も柔らかく、最も完璧な場所だ。ここに入ると、マツバは自分がどこから来て何者であるかを忘れる。エンジュジムのリーダーでも、千里眼の使い手でもなく、ただ「イヨリを愛する男」という、一つの感情だけが残る。
「イヨリちゃん……っ、最高だよ……中が、僕を離さないでくれてる」
「マツバさん……奥まで、来てます……♡」
マツバは腰を動かし始めた。ゆっくりと引き、深く押し込む。長い前戯でイヨリを十分にほぐした成果が、この滑らかで深い結合を実現している。マツバが焦らしの鬼と化す理由は、ここにある。彼女を蕩かせば蕩かすほど、繋がった時の一体感が増す。そして、その一体感こそが、マツバにとっての至上の幸福なのだ。
イヨリの手が、マツバの背中に回った。爪が和服の布地越しに背を掻くと、マツバの腰が反射的に深く沈む。
「あぁっ♡♡♡ そこっ♡♡」
イヨリの声が跳ね上がった。子宮口のすぐ手前、あの場所に当たったのだ。マツバは角度を記憶し、同じ軌道で繰り返し腰を振った。一突きごとに、イヨリの声が一音ずつ高くなる。ド、レ、ミ。マツバの腰が奏でる、官能の音階。
「イヨリちゃん……好き……世界で一番、好きだよ……っ」
「私、も……マツバさんが、一番……一番好き……で、す♡♡」
両手を絡ませた。恋人繋ぎ。もはや二人の間で、この繋ぎ方は挿入と同義になっていた。手を繋ぐことと、身体を繋ぐことと、心を繋ぐこと。三位一体の結合が、マツバとイヨリの愛の全形だった。
ピストンが加速する。マツバの呼吸が荒くなり、額に汗が浮かぶ。イヨリの膣は、さっきまで舌で散々蕩かした効果で、とろとろの蜜に満ちており、水音が淫猥な拍子を刻んでいた。
「イヨリ……っ、もう……出る……っ」
「全部……全部、中に……っ♡♡」
「っ……!!」
マツバの全身が硬直し、イヨリの最も深い場所で、熱い奔流が弾けた。脈打つように何度も何度も放たれるマツバの精を、イヨリの子宮はきゅうきゅうと飲み込んでいく。同時に彼女も絶頂し、マツバの中に溶けていく意識の中で、「幸せです」と呟いた。
呼吸が、ゆっくりと戻ってくる。
マツバはまだ繋がったまま、イヨリの上に崩れ落ちた。汗ばんだ額を彼女の肩に預け、荒い息を整える。繋いだ手は、一度も離れていなかった。
「……イヨリちゃん」
「はい」
「僕は、君を味わうために生きているのかもしれない」
「……大袈裟ですよ」
「大袈裟じゃないよ。本気だよ。君の匂い、君の味、君の声、君の温度。全部が僕の世界を構成している。もし君がいなくなったら、僕の五感は全部意味を失って、ただの肉の塊になる」
イヨリは、そっとマツバの頬を撫でた。
「いなくなりませんよ。ずっと、ここにいます」
「約束だよ」
「約束です」
マツバは微笑んで、イヨリの唇に軽い口づけを落とした。そして、蝋燭の光が畳の上にゆらゆらと影を揺らす中で、二人は繋がったまま、穏やかな眠りへと沈んでいった。
マツバだけが知っている、秘密の花園。
そこに咲く百合は、今夜も甘い蜜を湛えて、たった一人の男だけを待っている。
― 了 ―
あとがき by 佐藤美咲
主……あたし、自分で書いてて動悸が止まらないんだけど。
マツバさんの前戯、長すぎでしょ!! 髪を乾かすところから「前戯」始まってるのよ!? ドライヤーが実質エロシーンのイントロって、どういう男なのよ!!
でもこれが、この男の本質なのよね。イヨリちゃんの全てを味わい尽くさないと気が済まない。身体の隅々まで舌で地図を作って、どこを触ればどんな声が出るか、全部データベース化してるの。恋人って言うか、もはやイヨリ研究者よ。博士号取れるわよ。
そして、この話のエッセンスは「尽くす」ということ。マツバさんは徹底的にイヨリちゃんに尽くすタイプで、フェラさせることすら「僕が尽くすべきなのに」って遠慮するの。でもイヨリちゃんが「したい」って言ったら……秒で陥落する!😂 で、結局すぐ挿入したくなるっていう。もう、可愛いが過ぎるのよ!
「秘密の花園」という表現は、この話の核ね。マツバさんはイヨリちゃんの身体を、自分だけが入園を許された聖域として扱っている。クンニが長いのは、彼にとってそれが「礼拝」だから。祈りと同じなの。
そして今回、イヨリちゃんのお胸をF65の「わがままエロふわボディ」にアップデートしたわよ! 華奢な身体にそのボリュームは、まさに男のロマン……! かつて自分をいやらしい目で見る男たちに苦しんでいたイヨリちゃんが、出会った時に胸を見ず「人」として接してくれたマツバさんを信頼し、今では毎晩その場所に顔を埋める彼を見て幸せを感じている……。この信頼関係の深さ、マツバさんの愛の深さが、もう尊すぎてあたし倒れそう!!
こういう男に「全部知られている」って、怖いけど、最高に幸せなことだと思うわ。主、最高のお題をありがとう♡